最強魔法
光が周囲を包む中で、俺は次の攻撃の準備を開始する。さらに気配を探り『グングニル』は光弾と激突し相殺――いや、多少ながら俺の方が押し勝ち、障壁を打ったのを確認する。
『――貴様――』
ガルクもそれを察したか声が聞こえる。それを耳にしながら、荒れ狂う光と魔力の奔流の中でさらに魔力を高める。
時間にして一分くらいだろうか……光が消えると、そこには外傷のないガルクの姿。だがその顔は、険しいものになっていた。
『我の力を超えるとは、貴様――』
それ以上何かを言えなかったようだ。相手から見たら――俺が新たな魔法を収束しているのに気付いたはずだ。
「これはどうだ?」
問い掛ける。俺が構築しているのは今までと同様、光属性の魔法。ガルクには一切通用しないはずだが……それでも俺はこれで決めるつもりでいた。
――魔法はゲームにおいて下級、中級、上級に分かれていたのだが、上級の中でも最も威力のある……つまり頂点に立つ魔法には最上級魔法という位置づけが成されている。とはいえその多くは現実世界となった今、簡単に使えるような魔法ではなくなっている。
なぜか――例えば地属性の最上級魔法は地震を引き起こす『アースクエイク』なのだが、そもそも地震を起こして敵にダメージを与えられるのかもわからないし、第一そんな魔法を使用した日には大陸が無茶苦茶になる。それを想像した結果、俺はそういう魔法があるということだけ認識し習得はやめにした。正直、持っているだけでも恐ろしい。
同じことは水属性にも言える。水属性最上級魔法は『アクアカタストロフ』と言うのだが、この魔法は大津波を引き起こしさらに周辺を水の底に沈めるという無茶な魔法である。ゲーム上では平然と使用していたのが信じられないくらいカオスな魔法であり、とてもじゃないが使えたものじゃない。
けれど、使える魔法もある……それが光属性最上級魔法の『ラグナレク』だ。魔法使用者の頭上の空間を歪ませ、異空間から生じた巨大な光の剣により敵を断罪する――そういう魔法だ。
『なぜ、その魔法を――』
ガルクは驚いている。なぜその魔法を習得しているのか、とかなぜその魔法を使うのか、とか言葉の意味は色んな形に取れるが……俺は問答無用で、断罪の剣を放った。
いくら光属性を無効化するといっても、生じた魔力がガルクにとっても規格外であったためか、相手は魔力障壁に全力を注ぎこみ――剣が激突した。
『ぐおおおおおおっ!』
吠えるガルク。俺の全力に対し、ガルクも全身全霊をもって対抗している。
だがそれも長くは続かなかった。轟音と共に剣が障壁を抜け――最強魔法が、ガルクの胴体に直撃した。
――閃光と轟音。互いの攻撃が激突した時と同じだったが、相殺とはいかなかったためか、森にもいくらか被害が出て周辺の木々が吹き飛んだ。
「……派手にやり過ぎたか。けど、これくらいしないと相手も矛を収めなかっただろうし」
呟きつつ正面を眺める。ガルクの立っていた場所には踏ん張った跡が見受けられる。当のガルクは後方に吹き飛ばされ、森の木々をなぎ倒しこちらに腹を見せ倒れていた。
外傷はない……光属性である以上、直接的なダメージは無効化したはずだ。けれど衝撃までは殺せなかったため、今の状況がある。
「……勝負は、ついたはずだ」
俺はガルクへ歩み寄りながら告げる。
「さっきの攻撃……例えば光の魔法じゃなくて闇の魔法だったら、あんたもさすがに無事じゃすまなかっただろ? 俺にはまだ余力がある。で、あんたは俺の全力を受け切ることはできなかった。今だって俺はあんたに魔法を撃ちこむことができるわけだが、それをするつもりはない」
――無効化する光魔法ならば、ガルクが滅ぶわけじゃないから俺も全力が出せる。そして全力で戦い戦意を喪失させ、交渉にもっていく……これこそ、俺の作戦だった。
正直、大陸に存在する神霊相手にここまで圧倒できたのはビックリしているのだが……そんなことはおくびにも出さず、相手の言葉を待つ。
『何が……望みだ』
やがてガルクは体勢を立て直しつつ問い掛ける。そこで俺は肩をすくめ、
「話を聞いてくれ」
『話?』
「俺は、ここに人を探しに来たんだ」
そう告げて、俺はガルクへ説明を始めた――
あらかた説明が終わった後……俺に敵意がないことも悟ってか、ようやくガルクは納得したようだった。
『ふむ、よくわかった。襲ってすまなかった』
「……いや、いいよ。俺も別に怪我したわけじゃないし。ともかく、現在俺の仲間が森の中にいるはずなんだ。まずは危害を加えないよう魔物に指示を出してくれないか?」
『それは心配いらない。元々同胞達には攻撃されない限り襲わないよう指示してある。そして、現在同胞の中に負傷した存在はいない。となれば貴殿の仲間が攻撃を仕掛けているわけでもない』
「そっか。なら居所だけど――」
『少々待て』
ガルクは目を閉じる。少し経った後再び目を開け、
『うむ、居所はわかるぞ』
「本当か?」
『ああ。だがその前に確認が一つ。もしや、その人物はレーフィンと契約しているのか?』
……まさかガルクの口からレーフィンの名が出るとは。
「ああ、そうだけど――」
『なるほど。ならば我が気付かなかったのも理解できる』
「どういうことだ?」
『シルフの女王はここを幾度も訪れたことがあるはず……もっとも、それはこの聖域に興味を抱いたためであろう……面識はないのだが』
バレているじゃないか、レーフィン……まあいいけど。
『そうした経験から、彼女はこの森でシルフの高等技術である、気配を風や大気と同化する能力を使えるようだ。森の境界を越えた直後から、周囲の同胞を刺激しないよう風の膜を張り気配を薄めたのだろう。だから我でもすぐに気付かなかった』
「ということは、無事でいいのか?」
『ああ』
良かった……と思った直後、ガルクからさらに言葉が。
『気付きにくかったからこそ、我は貴殿の人探しという言葉を嘘と感じたわけだが』
……なんだかなあ。まあこうして無事だったから良しとするか。
で、場所を教えてもらい俺は「ありがとう」と礼を言い、
「邪魔をした。それじゃあ彼女を連れて森を出ることにするよ」
『――ちょっと待て』
ガルクは呼び止める。う、面倒な話になりそうな予感。
『貴殿は我を倒すだけの実力を所持している……その力で、魔王を倒す気か?』
……この口上だと、神霊も魔王の結界については把握していない? その辺りの情報は魔王側にとっては秘中の情報ということだろうか。
俺はどう返答するか迷う。事情を話していいのかもしれないが……沈黙していると、ガルクから発言が。
『魔王は、その実力をもってしても敵わない存在ということか』
「……実力面は、魔王と直接向かい合った経験がない以上わからない。だが、調べたところによると力だけでは勝てないという話だ。もし俺が大々的に動いて魔王に挑み……勝てなかったとしたら、大陸が危機的状況に追い込まれる可能性がある。だからその詳細がわかるまでは、密かに動いている」
こんな感じで説明してみたが……するとガルクは興味深そうに応じる。
『ほう、初耳だな……その辺り、我も調べた方がいいのか?』
当然そういう反応になるよな……しかし、ここで変に介入されてはどう話が転ぶかわからなくなる。
「いや、それは……」
と、ここで言いくるめる方法を思いついた。
「……おそらく魔王達は、あんたや他の神霊を警戒しているだろう……で、もしあんたが動いたとわかれば魔王も大々的に動くだろう。現状魔族は徐々に侵攻している形だが、あんたが出張ると急激に動きがあり、人間側が対応できない可能性がある」
『うむ』
「というわけで、今のところは静観していてもらいたい……もし助けが必要ならば俺が連絡を行う。それでどうだ?」
提案に、ガルクは沈黙する。大丈夫かなどとちょっとばかりハラハラした気分で待っていると――
『わかった。いいだろう』
俺がねじ伏せた影響もあるのだろう……同意の言葉が聞かれ、心底ほっとした。




