神霊との戦い
まずは分析から――目の前の相手はゲーム上で出てきてはいない。そもそもガルクを始めとした神霊とでも呼ぶべき存在と関わることはゲームでは一度もなかったし、その住処を訪れるようなこともしなかった。
確か攻略本のインタビューか何かでは設定は考えていたが最終的にボツになったとかなんとか……そういうわけでガルクとゲーム上で戦ったことは一度もなく、どの程度の力を持っているのかわからない。
しかし高位魔族なんかよりも力があるのは明白で……俺の一撃で倒れるなんて可能性は低いと思うが、もし誤って滅したりなんかしたら取り返しがつかない。戦意を挫き話を聞いてもらう状態にする必要はあるが、絶対に滅ぼしてはいけない。
その辺りの加減をどうすればいいのか……考えつつ俺は牽制目的で魔法を使って攻撃してみる。光属性下級魔法『ホーリーショット』――ガルクは光と地の属性を司る以上、これでやられる確率はまずないだろう。
『……ほう?』
するとガルクが眉をひそめるような雰囲気。何事かと思った直後、光の弾がガルクに届く前に壁のようなものに激突し、弾けた。
魔力障壁――精霊である以上魔力の操作は自由自在であり、戦闘状態に入った今は常に障壁を発生させているといった感じだろうか。
『人間にとって下級の魔法のようだが……それでも威力があるな』
ガルクは評する。次いで僅かに目を細め、
『だが……愚かだな』
声の直後、ガルクは右前足を掲げた。足の先端にある爪で攻撃するにはあまりにも距離があり過ぎる。何をするのか――
右足が地面に叩きつけられる。直後、俺は足元に僅かな振動と濃い魔力を感じ取った。
後退しようとした矢先、その魔力が俺を中心にして取り囲んでいると理解できた。おそらく足を叩き付け地面の魔力に干渉し、攻撃――
避けられない――判断した俺は魔力を高め、自身を守る魔力障壁を強くした。
刹那、地面から光が生じる。刃のように鋭いそれらが俺の周囲から無数に生え、迫る。全方位からの攻撃。俺はガルクを見据えつつ――攻撃を、食らった。
光に包まれ衝撃が体を襲う。だが――
『なるほど、防御力も中々のものだな』
光が消える。俺は無傷であり、なおかつ障壁も破壊されていない。
俺の場合、もし魔力障壁が途切れても身に着けている装備が驚異的な防御力を有しているため全てを防ぎ切る。言わば二重の防御構造となっているのだが……もう少し魔力量が少なくても防げた雰囲気がある。
とはいえ、さすがに今のがガルクの本気ではないだろう。
『さて、次はどうするか』
警戒し、こちらの出方を窺うようなガルクの様子……で、ここで俺は改めて目の前の敵について考える。
光と地を司る神霊……先ほどガルクは魔法攻撃に対し愚かだと言った。おそらくそれは「その程度の魔法は通用しない」ということや「光属性は通用しない」といったことを言いたかったのだろう。
ここで重要なのは光属性が通用しないという点。ガルクを倒すなんてしたくないし、するべきじゃない。それじゃあ相手を滅さずにどう対処するべきか……一つ考えついたが、目論見通りにいくかは確認しなければならないことがある。まずはそれを――
『む?』
左手に魔力を収束させた直後、ガルクは声を上げた。なおも警戒は示すが、先ほどのように攻撃は仕掛けてこない。
さて、どうなるか……今収束させている魔法は光属性中級魔法『ホーリーランス』。その名の通り光の槍を対象に放つ魔法だ。
左手をかざす。その瞬間ガルクも僅かに警戒を示し――同時に海のような深い青色を持つ『ホーリーランス』が放たれた。
それと共に俺は駆ける。さらに今度は右手に魔力を集める。
『その力――やはり人間の身で、過ぎたる力』
ガルクが発した直後、槍が直撃する。それによる衝撃で障壁は一度揺らいだが、破壊には至らない。これでも駄目。ならば――
『強力だが、我の障壁は壊せんぞ』
そう評するガルクに対し、俺は間合いを詰める。そして発動した魔法は――俺のもっとも得意とする魔法である『デュランダル』だ。
光の剣が障壁に向け放たれる。一撃入ると障壁が大きく軋むような音を立てた。
『ほう? その魔法は他と違い相当練度が高いな』
さしものガルクも眉をひそめる。同時、結界の魔力が濃くなり反撃の構えも見せる。
障壁に注ぐ魔力が厚くなった――だが俺は構わず剣戟を結界へと叩きつける。刹那、俺は手応えを感じた。
いけると思いながら反撃される前に魔力を注ぎ、最大限に威力を強化した三撃目を加え――瞬間、障壁が破壊された。
『何!?』
ガルクは驚愕。さすがに押し切られるとは思っていなかった様子――俺は目を見張り隙が生じた相手の体を、光の剣で薙ぐ。ただし、念の為威力は目一杯落として――それでも衝撃のためかガルクの体が僅かにのけぞる。
周囲に存在する魔物達の気配が僅かに鋭くなる。それに構わず俺は後退し、相手を観察。
光の剣はガルクの胴体を確実に薙いだはずなのだが……やはりそこは地と光を司る精霊。傷は一切ない。
手応えはあったのだが……俺は数えきれない程こなしてきた魔物との戦いでどういう状況なのか理解できた。それは――
『我を傷つける好機だったはずだが……残念、通用せんぞ』
――ガルクの言う通り、どうやら光属性の魔法は無効化するらしい。
魔物によっては属性魔法に耐性があり、半減、無効化、吸収と色々あるわけだが……もしこれがゲームならばガルクに光の魔法を使用してもダメージゼロというわけだ。
ゲーム上はどんなに強力な魔法でも無効化なら全て無効化していた……俺はここで修行の時行ってきた魔物との戦いを思い出す。属性に対し異なる挙動を示す可能性もあったので色々と実験したことがあるのだが……ゲームで無効化の特性を持っていた魔物は、上級魔法であっても全て無効だった。ガルクも同じだ。
そして障壁の破壊。ここも重要だった。ガルク本体には光属性の魔法は通用しない。だが障壁については破壊できた。魔物によっては障壁自体にも無効化の要素が備わっている場合もあるが……ガルクの場合は障壁に無効化の力はない。その上俺なら力押しでガルクの障壁を破壊することが可能。
さらに攻撃にのけぞった。これは無効化できても攻撃による衝撃までは防げないということ……ここまで検証できれば十分。俺は次どうするかの算段を立て動こうとした――その時、
『障壁を破壊された……これは、様子見などせず一気に決着をつけた方がよさそうだな』
ガルクが言う。それと共に森がザワつくようなさらに濃密な魔力が、ガルクから漏れた。今まで光属性も魔法ばかり行使していたため、警戒と様子見が半々といった様子だったが、いよいよ本腰を入れる様子。
来る――直感した直後。俺は右腕に魔力を集めた。それもまたガルクにしてみれば人には過ぎたる力だろう。
『あくまで光にこだわるか。愚かなのかそれとも――』
ガルクは述べる。こちらの意図を察しようと俺を見据えるが――こちらは無言で魔力を収束させ、さらに相手の攻撃に備え障壁を厚くする。
ここでガルクの真正面に光が集まり始めた。魔力を凝縮した光弾か何かだと理解すると共に、それに対抗するべくこちらも魔力を集める。
使用した魔法は光属性上級魔法『グングニル』――単体に浴びせる攻撃魔法の中でもトップクラスの威力を持つ、白銀の神槍を生み出す魔法。修業時代遭遇した魔物もこれの前には全て無に消えた――果たしてガルクの本気にどこまで対抗できるのか。
一時、魔力を収束していながら沈黙が生じる。先ほど俺に敵意を見せていた周囲の魔物も慌ただしい気配を見せる。巻き添えを食らわないよう退避を始めたのかもしれない。
その中で俺とガルクは奇妙なまでに沈黙しており――やがて、ガルクが吠えた。光弾が放たれようとする直前、俺は神槍を放つべく構える。
次の瞬間、光弾と神槍――その二つが放たれ、俺と奴の中間地点で激突し、閃光と轟音が森の中を満たした――




