奥義と助言
アンヴェレートは両腕をかざし、俺へ向ける。直後、漆黒が放出された。
それは腕から離れた瞬間俺の視界を埋め尽くし、迫ってくる――傍からは闇が俺を飲み込もうとしているように見えただろう。アンヴェレートが放つ空間を埋め尽くす攻撃……この天使の宴で掲示板に載るような存在であっても、耐えられないかもしれない。
だが、俺は真正面から迎え撃った。刀身に収束した魔力を――勢いよく振りかぶり、一閃することで放出する!
刹那、剣先から溢れたのは白い光……いや、白銀と呼べるようなもので、対極に位置する漆黒と真正面から激突する。
闇しかないこの地底で白銀の輝きは目立っていながら、それでいてか細いものに思えたかもしれない……が、徐々に漆黒を押しのけ始め、やがてアンヴェレートの力が途切れ、まともに白銀が彼女へ突き刺さった!
「――やるじゃない」
直後、光を自身の魔力か何かで弾き飛ばし呟く。しかし、それ以上の言葉を発しなかった。
原因は、間違いなく俺が次の魔法――光属性最上級魔法『ラグナレク』を発動させていたからだろう。
このまま相手に攻撃を回さないまま決着をつける……そう決意し、断罪の剣を放つ。それをまともに受けたアンヴェレートは吹き飛ばされ――俺は追撃を加えるべく走った。
相手は衝撃を殺しどうにか体勢を立て直し――その時、こちらはアンヴェレートを剣の間合いに入れる。
「間髪入れずに攻撃というわけか」
どこか感嘆するような声を聞きながら、こちらは剣を振り下ろす。次に発したのは光属性最上級魔導技の『悠久の境界』――剣が直撃した瞬間、光が球体状にアンヴェレートを取り巻いたかと思うと、全方位から攻撃を開始する――
『……やはり耐性があるのか?』
ガルクが疑問を呈した。判別はまだできないようだが、光の中でアンヴェレートが耐えているのだとわかる。
そこで俺はさらなる魔法の準備を行い――同時に光が消えアンヴェレートが姿を現した。
「次はどうするの?」
返答は魔法発動で行った。次に繰り出したのは雷属性最上級魔法の『トールハンマー』。雷撃の閃光と轟音が周囲を埋め尽くし……だがその中で相手は健在。
ならば次は……と考えていた矢先、雷撃の中から一筋の漆黒が俺に迫る。反撃が来る――
「だが、通用しない」
切って捨てるように声を発し、俺は剣で漆黒の軌道を逸らした。
弾かれ壁面を砕く漆黒の塊。直後、岩がガガガガ、と破砕音を響かせ大きく壊れていく。着弾すれば最後、漆黒が体を食い尽くし人間であった原型など跡形もなくなる……といったところか。
雷撃が途切れる。アンヴェレートは涼しい顔をしていたが……明らかに最初と比べ魔力は落ちている。
「本当、びっくりね」
どこか褒めるような口調。とはいえ先ほどまでの余裕は少なくなり、警戒の度合いが強くなっている。
「このままでは間違いなくやられてしまうわね」
「なら、退却するか?」
俺はさらに剣に魔力を集めながら問う。
「悪いが、こっちは逃がすつもりはない」
「でしょうね」
言葉の直後、アンヴェレートの体が俺から離れようとした。逃げる……いや、誘っているのか?
こちらは有無も言わせず魔法を発動する。氷属性最上級魔法の『スノウユグドラシル』だが――次の瞬間、目の前の敵の体が氷に包まれ、漆黒の中で巨大な氷の柱が生じる。
もちろんこれで決着がつくとは思っていない……俺は刀身に注ぐ魔力をさらに集中させる。多少ながら時間を稼げればいい。次の技は時間が掛かる――
パキパキと氷が割れ始める。砕けるまでそう長くはないだろう。間に合うか。
ズグン、と一回剣が鳴動した。準備が整ったと判断した俺は、氷の柱へ向け駆ける。
そして氷が砕ける。中にいたアンヴェレートの瞳が、俺とその剣に向けられた。
「……それが、切り札ということかしら?」
今までと違うのがわかったか、彼女が告げる。次いでその目線からは――とある確信が読み取れた。
すなわち、この技で滅ぼされるだろうという――
俺は氷から抜け出ようとするアンヴェレートに剣を振るった。剣先に集められた魔力が、相手の体に触れた瞬間、一気に敵へ収束する。
次に白銀の光が膨らんだかと思うと、『悠久の境界』みたいに膨らんだ。ただそれは球体に変化するのでは無くドーム状に広がり、さらに規模を増していく。
「……そうねえ、あなたに興味が湧いたわ」
アンヴェレートの声が、白銀の光の中から聞こえる。俺は自身が放った攻撃の影響を受けないよう後退しながら、轟音の中で不思議なほど聞こえる相手の声に耳を傾ける。
「もし私の本体に会いたいのなら、地底ではなく空を探しなさい。ま、その間に余計なやつまで呼び寄せてしまうことになるでしょうけれど、ね」
「……何?」
「楽しみね、あなたが私の所まで到達できるのか、それとも――」
白銀の光が一際輝く。地底が鳴動するほどの魔力が、一時周辺に存在しているはずの瘴気を全てかき消し、さらに光が膨らんでいく。
「――アイツの計画が遂行されるのか、見せてもらうわ」
何を言っている……そう問い返そうとした寸前、光がさらに咲き乱れた。
そして光は天へ昇るように噴き上がる。それは『スノウユグドラシル』によって生まれた氷の柱と比べものにならないほどの勢いを持ち、地底の天井を深く抉る。この土地自体に特殊な魔力が存在している以上、俺の攻撃で地上にまで影響が及ぶということにはならないみたいだが……それでも、他者がこの場にいたら余波によりダメージを負っていたことだろう。
『……消えたぞ』
ガルクが口を開く。俺にもわかった。白銀の光の中で、とうとうアンヴェレートの気配が、消えた。
次いで光が収まっていく。地底には残響が生じ、瘴気もはじけ飛んだのか濃い気配を何も感じない。
『ルオン殿、今のはどういう技だ?』
「開発中の……そうだな、言ってみれば創奥義みたいなものだ。ネフメイザが利用していた『彼』を倒すために、練り上げているものかな」
頭をかきながら答える。単に魔力を収束させるだけでは駄目だと考え、色々と試行錯誤している。
「俺の魔力に耐性があろうとも、この技なら一気に倒せるかな……と思って使ったわけだが、無事撃破できたな」
『それほど威力がある、というわけか』
「まだ課題はあるし、現時点では余波も大きいから地上なんかでは使えないけど……さて、耐性の謎を解明しないとまずいな」
答えながら……先ほどアンヴェレートが言っていたことを思い返す。地底ではなく空にいる、という事実から考えても彼女の正体がある程度予想できる。
そして、計画……やっぱりこの宴の裏には何かがあるというわけだ。ただ、アンヴェレートの口からそうしたことが発せられたというのは……彼女自身計画を良く思っていないため俺を利用しようと伝えたのか、それともただ面白そうだから語ったのか?
疑問は多々ある……情報集めの必要性がありそうだ。
「よし、倒したわけだし戻るとしよう」
『色々とあいつは言い残していったな』
「ああ、それについて調べないと……とはいえ、宴を管理する天使がこの事実に気付いていないはずがない。やっぱり鍵は天使だな」
今回、アンヴェレートを倒したことで武勲を得ることができた、はず。これでもし上位に入っていれば、近いうちに話をすることができるかもしれない――俺はそう考えながら、地底を後にした。




