巨獣と魔法使い
その魔物を見て、俺はよくゲームに出てくるとある名前を思い出した。
「……ベヒモス、かな?」
「え? 今なんと?」
ソフィアが尋ねてくるが、こっちは「何でもない」と答える。
うん、使い魔を通して観察するに、巨獣ベヒモスというのが似合うと思った。四本足の巨大な獣で、まるで装甲でも持っているかのように硬い皮膚で覆われている。さらに頭部には二本の角……刹那、グオオオとまたも雄叫びが。音の発生源はこいつで間違いない。
その場所は、俺達がいるところから離れてはいるが……視界に広がる渓谷の中を歩いており、やろうと思えば戦うこともできそうだ。
俺はバッジを見る。反応はしていない。まだ遠すぎるからかな?
「……あの辺に、巨大な魔物がいるな。使い魔で確認した」
指で大体の位置を示しながら俺は言う。するとソフィアは目を細め、
「戦いますか?」
「うーん、俺達なら勝てないことはないと思うけど……倒してもたぶん武勲は得られないだろうし……」
単に歩いているだけみたいだし、今のところは……そう言おうとした時、使い魔が異変に気付いた。
というか、渓谷の上側に位置する森の中から――突如、魔法使いが現れた。
しかも人数が一人や二人ではない。ざっと見て、十数名――
「放てぇ!」
誰かが叫んだ直後、魔法使い達が一斉に魔法を使用。火球、雷撃、氷の矢。あらゆるものが巨獣へ向け降り注がれる――
直後、ゴアアアア――と、凄まじい音が聞こえた。巨獣の雄叫びでもなければ振動音でもない。魔法を使ったことによる、轟音だった。
「な、何……!?」
ロミルダが驚き目を見張る。ソフィアは渓谷を注視し……やがて、煙が上がった。
とはいえ、使い魔で確認する巨獣に変化はない。無傷みたいだな。
「巨大な魔物に、上の森から魔法を放ったんだ」
説明すると、ソフィアは口元に手を当て、
「戦士達が組んでいる、ということでしょうか?」
「いや……違うかもしれないな」
よくよく見ると、魔法使い達の格好はどこか似たり寄ったり。ただ宮廷で王に仕えるような雰囲気でもない。私的な魔法使いの部隊といったところか。
たぶん、どこかの貴族か豪族辺りが天使の宴に参加し、戦力を投入して大きな魔物を倒そうということになったのだろう。それにより武功がどういうことになるのかわからないけど……いや、武功ではなくこういう宴に際し、強力な魔物を倒すことで自身の力を示す、とかだろうか? その方が理由としてはしっくりくるな。
「ルオン様、いかがしますか?」
「……巨大な魔物の方は攻撃手段があるかどうかだな。人間側は渓谷の上から魔法を使えば、少なくとも攻撃されないという心づもりのようだけど」
さらに轟音。魔法を断続的に使用し、巨獣を倒そうという考えか。
やがて、周囲の渓谷や森も騒がしくなる。どうやら音を聞きつけて宴の参加者達が興味を持ったみたいだ。
「……俺達も少し近づいてみるか」
こちらの言葉に、ソフィアとロミルダは黙って頷いた。
さて、渓谷の中を移動し始めたわけだが……その間にも魔物と遭遇する。それらを全て一蹴していると、興味を抱いた男性が一人、近づいてきた。
「強いな、あんた達。派手にやっている所へ向かおうとしているのか?」
「まあ、そんなところ」
「そうか……どうやら隊を率いて魔物を倒そうという輩がいるみたいだな」
鉄鎧に長剣を握る彼は、俺達と共に巨獣の近くへ行こうとしながら語った。
「魔物がどういうやつなのかこっからじゃあ見えないが、俺なんかじゃ手に負えないのは魔物の声とかで想像できるな」
男性が語る間にも魔法使い達が魔法を使用し巨獣へ攻撃している。だが魔物は何一つ動じていないのか、動きに一切変化がない。
元々その歩みは遅いのだが、魔法を受けても変化がないところを見ると、ダメージは皆無かもしれないな。
「しかし、倒しても武勲は得られないと思うのですが」
これはソフィアの言。その通りだと思ったので、俺は別の目的があるのだろう――そう思ったが、男性の意見は違った。
「もしかしたら、裏技を知っているのかもしれんぞ」
「……裏技?」
眉をひそめると、男性は笑いながら語った。
「最初道具をもらった時、説明を受けたよな? 赤い色を道具が発したら、武勲は得られないと」
「ああ、そうだな」
「けど、それには例外も存在するんだ……光と一緒に、警告音が鳴る場合がある。その場合は、倒したら武勲を得られるらしい」
「……どうしてだ?」
「光と警告が同時に発するレベルの魔物は、まさしく最上級クラスだ。そんな魔物には偶然倒した、なんて話などあり得ない。だからこそ倒したら警告を発していようとも武勲を得られるようにしておいた……ということらしい」
「そんな説明、なかったけどな」
「そもそも最上級クラスの魔物に挑むような人間を想定していなかったのかもしれないな。だから説明もしなかった」
「ふむ、なるほど……でもそういう情報があるということは、誰かが最上級の魔物を倒し実証したんだよな?」
「ああ。掲示板を見ているか? 現在の一位がダントツだろ? あれは最上級の魔物を倒したことによるものらしい」
……ほう、そういうことか。つまり逆を言えば、そのクラスの魔物を倒すことができれば、一気に順位を上げることができるのか。
これはチャンスだな……ソフィアを見るとコクリと頷いた。やろうという話だな。
徐々に巨獣がいる場所に近づいてくる……と、ここでまた戦士から情報が。
「この場所にいる最上級クラスの魔物はいくつかいる……魔物そのものをここから確認することはできないが、渓谷を動いているとなると、四本足のでかい魔物だな」
「結構見かけるのか?」
「ああ、こいつがいたら迷わず逃げろと参加者の間では言われている。そいつに喧嘩を売っているというのは、よほど自信があるのかそれとも馬鹿なのか……」
まあ隊を率いて攻撃するような人物だ。指揮を執っている本人は勝算があると考えているのかもしれない。
そうこうするうちにいよいよ近づいてきた。よし、このまま――といったところで、戦士が上を指差した。
「こっから森に上がれる。上から見物しようぜ」
……と、そうか。さすがに真正面からのぞき見るなんてことはしないよな。
俺達はこのまま戦う……と言おうとしたが、よくよく考えたら上から魔法を浴びせて倒すのでもいいか。それがもし通用しなかったら改めて正面から対峙するということで。
俺は戦士の案内に従い、上へと移動する。ここで戦士は他に仲間を見つけ声を掛けた。なので、
「悪い、俺達はこっから別行動とさせてもらうぞ」
「ああ、構わないぜ」
戦士は手を振る。こっちは「情報、感謝する」と礼を述べ、森の中を移動し始める。
その間も、延々と魔法を撃ち込む音が聞こえる。使い魔を通して見ていると、相変わらず平然とする巨獣に、延々魔法を撃ち込む魔法使い達。このまま倒せず魔法使い達が引き上げる……そんな予想をした時、
「ならば次だ!」
命令が飛んだ。指揮官はどこにいるんだろうと使い魔を通して観察したが、見つからないな。
魔法使い達が別の準備を始める。ん、何やら魔法の道具を着け始めた。
さて、ここからどうする気なのか……と、ここで俺達は巨獣が見える場所に到達した。
「あれですか」
ソフィアが呟く。ロミルダはその大きさにびっくりしているようだ。
ここで介入してもいいかもしれないが……と、俺が悩む間に、魔法使い達の準備が整った。




