新たな大陸へ
そして城を離れる日――全ての準備が整った段階で、俺とソフィア、リチャルは城の城門へ向かう。
またその際、城内で竜精フォルファと別れることになった。俺やリチャルが口を開くよりも早く、ソフィアが礼を述べる。
「ありがとうございました、本当に」
「いや、私はあくまでソフィアに力を預けただけだ。この力を利用し、人造竜を倒したのは他ならぬあなた自身。もっと自信を持て」
ソフィアは照れ笑いを浮かべた――本当ならフォルファにも同行願いたいところだけど、色々とアナスタシアに仕事を任されたらしい。
「ま、こうして目覚めてしまった以上、私もこき使われるというわけだ」
「それでいいのか?」
問いただすと、フォルファは苦笑した。
「侯爵達が、私のことを離そうとしないからな……ま、私もここまで関わった以上、途中で投げ出すようなつもりはないから安心してくれ」
なんだか、楽しそうに見えるのは……ま、当人が納得しているならいいか。
で、一応フォルファにも天使について尋ねてみたけど……よくわからないとのことなので、やっぱり現地へ行くしかなさそうだった。
「何かあれば、協力しよう」
「ありがとう……ソフィア、リチャル、行こうか」
歩き出す。やがて到着した城門――そこにアベルやユスカ、カトラやアナスタシアが待っていた。見送りらしい。
「ルオン殿、お気をつけて」
「ああ。アベル……いや、アベル皇帝も頑張ってくれ」
笑みを浮かべるアベル。次いでアナスタシアが口を開いた。
「わしは当分城にこもっておるから、ルオン殿達と協力するのは厳しいかもしれんが……何かあれば言ってくれ」
「ありがとう」
「その代わり、わしに事の顛末は報告するように」
「……ああ、わかってる」
「それと、これを渡しておこう」
言いながらアナスタシアは二つの物を差し出した。
一つは丸められた書状。そしてもう一つは、中身の詰まった布の袋。お金かな?
「えっと、まずこのお金は?」
「マータッド大陸の通貨じゃよ。なければどうしようもないじゃろ」
あ、そういえばそうだった。
「わしはあっちで仕事をしたこともあるから、それなりに外貨を持っておるのじゃよ。その中身だけで二月くらいは問題ないはずじゃ」
「そっか。ありがとう」
「当然じゃよ。で、もう一つの書状はわしと親交のある人物へ宛てた物じゃ。港町にある屋敷に住んでおる。まずは訪ねてみるとよかろう」
書状を眺める。俺達のことについてどこまで書いてあるか……と、それについてもアナスタシアは補足した。
「ルオン殿達については、戦いに貢献してくれたといった程度に留めておる。それと、天使に会いたいという旨は記してある。あとどの程度話すかは、ルオン殿に任せよう」
「わかった」
返事をした後、後方から足音が聞こえた。誰なのかは振り返らなくともわかる。
「……それが答えで、いいんだな?」
首を向ける。旅装姿のロミルダが、コクリと頷いていた。
「足手まといにならないよう、頑張るから」
「その辺りは、俺の方が気にしないといけないんだよな」
リチャルが途端に苦笑した。
「もちろんリチャルのことについても考えるよ」
「場合によっては見捨ててもらっても構わないぞ」
「しないから安心してくれ」
冗談混じりの会話をした後、俺はアベルに再度告げる。
「アベル、元気で」
「ルオンさんも」
手を振りながら別れる――そうして俺達は城を出た。
「しかし、本当に大変でしたね」
ソフィアが感想を述べる……が、
「魔王との戦いの方が厄介だったろ」
「そうとも言えますが……これからやることも多いですし、気合いを入れないと」
「まあ、魔王や今回みたいに近日中にどうにかしないといけないわけじゃないから……マータッド大陸ではもう少し落ち着いて動きたいところだな」
「改めて質問だが、天使に会うというのは可能なのか?」
リチャルの質問。俺は少し考えて、
「正直、マータッド大陸内がどうなっているのか俺にもよくわからないんだよな。侯爵からもらった書状を利用し、その辺りの事情も聞かないと」
「物語は確か、ずいぶん前に終わっているんだったか」
「ああ、二十年前に」
「その二十年前は、どういう出来事があったんだ?」
――俺はゲームの記憶を引っ張り出す。
「……まず、天使がいる大陸といっても、マータッド大陸に行けばすぐに天使に会えるというわけじゃない。そもそも彼らはマータッド大陸内の魔力を基盤にして、天界を構築しそこに住んでいるという形だ」
そこまで語ると、俺は息をついた。
「物語の主人公は、天使より武器を授かり、戦ってほしいという願いを受け剣を振り始めた。マータッド大陸では天使と出会い武具などをもらった人間というのが少なからずいて、彼らは天使の願いを受け活動することになる」
「天使の目的は?」
「基本は魔物の討伐だ。魔物が発する瘴気は天界に悪い影響を与えるらしいから、人間に色々と武器を提供し戦ってもらうというわけ」
「天使自らそれをやらないのですか?」
ソフィアの質問。俺は肩をすくめながら答える。
「理由は、数が多くないことが挙げられるかな。二十年前の時点で天使は結構減っていたらしいし、自分たちだけでは手に負えないというわけだ」
「なるほど」
「で、人間と天使は折り合いをつけて共生してきたんだが……物語ではとある異変が起きている」
「何が起こったんですか?」
ソフィアが再度問うと、俺はゲームの情景を思い起こしながら続けた。
「物語の冒頭で堕天使と呼ばれる存在が色々悪さをしていると天使から聞かされる」
「堕天使?」
「天使の言い分では、天界の掟に背いた者だな」
ただ、問題はここからである。
「物語の主人公は、やがてそうした堕天使と戦っていくことになる……加え、その堕天使より力を得た人間とも剣を交える……で、ここに物語のからくりが存在する」
「裏があるってことですか」
「その通り……何のことはない。主人公が戦っていた堕天使は、実際のところ普通の天使だった。本来の堕天使とは、魔物の力を吸収した存在のことを指すんだけど、実際は天界の中の争いを人間を介し行っていたというわけ」
「代理戦争、ですか」
苦々しくソフィアが語る。まさにそのとおり。
「ただ、その代理戦争を仕掛けた首謀者というのがいて、そいつは天界そのものを崩壊させようと画策していた」
「物語、首謀者を倒して終わりだったと」
「ま、そういうこと。もっとも戦いの爪痕は大きく、天使の数もさらに減ったみたいだけどね……物語のエンディングでは復興しようと頑張る主人公や天使が語らっているところで終わってる。二十年経った今、主人公がどうなっているかもわからないな」
「もし敵が出てくるとしたら、首謀者の意志を継ぐ者、といったところか?」
リチャルの意見に、俺は「どうだろうな」と返答した。
「もし怪しい動きをキャッチしたら、応じればいいだけの話だ……ともかく、大陸に到着したら情報収集からだな」
「はい、そうですね」
ソフィアが相づちを打った直後、俺達は帝都を出た。
「リチャル、竜は森に隠してあるんだったか?」
「ああ。港までの移動は任せてくれ」
「ちなみにそのままの勢いで大陸を渡ったりは……」
「さすがに無理だな」
笑いながら話すリチャル。ふとソフィアを見ると、こちらもまた笑っていた。
その雰囲気にあてられ、ロミルダもまた微笑を見せる――そうして俺達は、彼女を新たに仲間に加え、次の大陸へと向かうことになった。




