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賢者の剣  作者: 陽山純樹
竜の楽園

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372/1082

現れる――

 ロミルダの魔力は、一気に右手へと集まり――その動作が一瞬であったためか、ネフメイザの顔がにわかに変化する。


「なっ……」


 彼女は幾度も戦いを経験した結果、素早く魔力を操れるようになっていた。ネフメイザにとってはその動きが想定外――これはつまり、ロミルダの成長速度がネフメイザの予想を遙かに超えていたということだろう。


 ネフメイザの動きが止まった。明確な好機――ロミルダはどうするのかと考えた直後、紫色に輝く光が――放たれた。

 一瞬の出来事。反応できないネフメイザの顔は驚愕に染まる。


 そして轟音が広間を満たし、粉じんが室内に舞った。


「っ……」


 ソフィアが小さく呻きながらロミルダを守るべく彼女の前に出る。次いで俺とレスベイルが魔力を探り……やがて、光が消えると同時にゆっくりと歩み出した。

 魔法による余波で壁などが破壊される様を視界に映しながら……煙が晴れ、倒れるネフメイザの姿を捉えた。


「ぐ、う……」


 呻きながら立ち上がろうとする相手に、俺は魔法陣に触れる一歩手前で立ち止まり、剣の切っ先を向けた。


「終わりだ、ネフメイザ」

「……私に勝つ術はないということか」


 自嘲的な笑み。俺は無言でネフメイザの様子を眺める。


「だが、私を殺そうとしないのは……何か聞きたいことでもあるのか?」

「話すつもりはないんだろう? 俺が警戒しているのは、足下の魔法陣だよ」


 レスベイルが俺の隣へ来る。そして剣を構え、魔力を刀身に注ぎ始めた。


「お前も、ここに来られたら勝ち目が薄いとわかっていたはずだ。なら相応の対策を……と思ったが、予想外に動きが早く備えられない。なら考えられる選択肢は、一つしかない」


 レスベイルは動かなくなる……もしネフメイザに動きがあれば、素早く対処する。


「時を巻き戻す魔法……ただし、まだ使える時期には至っていない。それを踏まえると、この足下にある魔法陣で無理矢理起動し、賭けに出る……といったところか?」

「……ふ、ふふ……」


 笑い声が聞こえた。それは、動きを見透かされたためか。


「どうやら、この魔法についても察しがついているらしいな……全てを把握し、それを上回る策をお前達がしっかりと立てた、というわけか」


 視線があらぬ方向へ。その先にいるのはおそらく、ロミルダ。


「私自身、気付くことができれば……いや、悔いてもどうしようもないな」


 俺は何も言わず剣を向け続ける。この時点で仕掛けてもよかったかもしれないが――魔法陣に封じ込まれている魔法の詳細がわからない以上、下手に動かない方がいい。


 俺が干渉したら発動、なんてことも考えられる。魔法が起動する条件を満たしていないはずだが、それでも成功してしまったらまずい。絶対に失敗は許されない以上、追い込んだとはいえ注意しなければ。


「……最早手は残されていない」


 ネフメイザが呟く。それは俺に言っているのか、それとも絶望的な自分の状況に嘆いているのか。


「だが、まだ――可能性は――」


 魔力が迸る。次の瞬間、俺とレスベイルは同時に剣を薙いだ。


 魔法が発動しきる前に――放った魔力の刃はネフメイザに直撃し、吹き飛んだ。魔法陣は発動せず、彼の体は吹き飛ばされ、うめき声を上げる。


『どうやら、発動せんようだな』


 ガルクが言う。どういうことか訊こうとしたら、彼が先に口を開いた。


『魔法が起動した瞬間、ネフメイザに取り巻くように魔力が一瞬生まれたが、それ以上変化がなかった』

「やっぱり発動条件を満たしていないから、ということか?」

『おそらくな』


 ネフメイザが起き上がろうとする。それに対し俺は魔力を収束させ――拘束魔法を放った。

 それにより彼が完全に動かなくなる。あとは念のため魔法陣を破壊すれば、魔法発動自体できなくなるため、こちらの勝利。あっけない終わりだが――


「まあ、彼が単独でどうにかするとは思っていなかったけどね」


 声が聞こえた。


「最後の最後で、使えもしない魔法を発動させたのは、正直期待外れだったな」

「な、何……!?」


 ネフメイザが呻いた。気付けば彼の横に、俺と同じ姿をした存在が。


「残念だけど、ここで終わりだね」


 何を……呼び掛けようとした矢先、相手――『彼』は、手をネフメイザへかざした。

 刹那、魔法が炸裂する。光が突如弾け、ネフメイザはほんの僅かばかり悲鳴を上げ――光が消えた時、そこに彼の姿はどこにもなかった。


「申し訳ないけど、強制退場ということで」

「……ここまで介入するとは、驚きだな」


 俺の言葉に『彼』は、微笑を浮かべた。


「どちらにせよ彼にはもう手がなかった。ここで終わらせてあげるのが、せめてもの情けだろう?」

「……で、次はお前が戦うっていうのか?」


 ――内心、なぜ目の前のこいつがこうも干渉するのか疑問を抱く。時を巻き戻したネフメイザが特別なのかと一瞬考えたが……少し違うと思った。


「なぜ、俺達の邪魔をする?」

「邪魔というよりは、ネフメイザという人物に少しだけ協力してあげようと思ったんだよ。ここまで色々と動き回り、見ている分には楽しかったからね」


 子供のように無邪気な言い方。それが俺自身の格好で語られるものだから、正直嫌悪感が強い。


「ま、ネフメイザの戦いもここで終わりだけど、最後に少しばかり……彼の無念を晴らしてあげようかと思ってさ」


 ズグン、と空気が震える。それは明らかに目の前の『彼』が生み出した魔力によるものだ。

 なおかつ、それがどういう力なのか……俺には理解できた。


「皇帝の竜魔石……!?」


 後方でロミルダの呟きが聞こえ、『彼』が満面の笑みを浮かべる。


「ま、あくまで力を奪っただけだから、使い切ったらそれまでだけどね」


 ――どうやらこいつは、他者の力を奪えるらしい。


 なおかつただ力を奪うだけでなく、竜魔石の力も正確に操っている様子。俺は即座に後退し、ロミルダやソフィアのいる場所まで戻る。


「ロミルダ、武器を出してくれ」


 ここだ、と俺は胸中で呟き、ロミルダに要求する。


「俺が動きを抑える。ロミルダは城の研究所で使った魔法を頼む」

「さて、この竜魔石にどういった手段で対抗するのかな?」


 心底楽しそうに『彼』は語ると、右腕に魔力を収束させた――ネフメイザは本来戦闘経験がないため、皇帝の竜魔石を持っていたとしても戦闘において真価を発揮することはなかったかもしれない。

 だが、その力が『彼』に宿り……自在に扱える以上、ネフメイザよりも厄介だ。


 考える間にロミルダが箱の封を開ける。それと同時『彼』は興味深そうな表情を示した。


「なるほど、それが城地下にあった力を破壊した物か。確かに僕からすると脅威だな」


 そう語るが、見た目的に焦っているようには見えない。俺はそんな『彼』を見据えながら、ロミルダに指示を送る。


「何があっても、絶対に魔力収束はやめずに攻撃を。それとソフィア。前線には俺とレスベイルが立つ。ソフィアは後方でロミルダの護衛と、状況に応じて攻撃を」

「わかりました」


 彼女が応じた瞬間、『彼』が動いた。俺との違いは武器を何一つ持っていないこと。おそらく攻撃するにしても魔法のたぐいだろう。そしてネフメイザから奪った力を利用するのであれば、その攻撃手段は――


 頭の中で戦術を組み立てながら思う。ここで決着をつける――そういう決意の下、戦闘が始まった。


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