首謀者を追って
戦後処理は、エクゾンやアナスタシアが事前に対策をしていたのか、驚くほど速やかに始まった。
皇帝を打倒したことにより、本来は混乱が生じるはず――だがアベルの存在によって、帝国の基板が揺らぐ、ということはならなそうだった。
「ともあれ、ここからが大変じゃ」
兵士達の姿を眺めながら、アナスタシアは述べる。
俺達がいるのは城の敷地内にある庭園。戦いが終わった直後で先ほど沸き立っていた戦士達もキビキビと動いている。
「まあ事前に色々仕込んでおいたので、宮廷の大臣クラスもすんなり言うことを聞いた。皇帝の竜魔石の力……それをアベル殿が手にし、扱えたという事実も大きい」
「お偉いさんが反旗を翻すことにはならないと……けど、やることは多いな」
「うむ、大変じゃ」
「そういえば、シュオンやザウルはどうするんだ?」
「協議中じゃ。ま、シュオンはともかくザウルは色々と謀略巡らせていたようじゃから、このまま無事に済ますわけにはいかんのう」
怪しく笑みを浮かべるアナスタシア。ちょっと怖い。
「ま、それもこのゴタゴタの最中に決まることじゃ……できれば一度領内に帰りたいところじゃが、アベル殿を一人にするわけにもいかんからのう」
「あとは私がやっておくぞ」
エクゾンの声だった。見れば私兵を引き連れ歩み寄ってくる。
「もっとも、今回の戦いでうまいところは全て持って行くが」
「それも勘弁願いたいのう……というわけで、しばらく宮廷内にこもることになるな」
そう言うと、アナスタシアは俺に顔を向けた。
「……行くのじゃな?」
「ああ」
――ロミルダが持つ力を利用し、ネフメイザがいる場所を割り出すことができた。帝都から北に位置する場所で、近づけばより詳細がわかるだろう。
「使い魔や精霊のレスベイルを帝都内に飛ばし、他にネフメイザの策がないか調べていたが……異常はない。よって、出発するつもりだ」
「そうか。しかし、性急じゃの」
「相手に動く余裕を与えない方がいいだろ」
「そうじゃろうが、体力的に大丈夫なのか?」
「俺やソフィアは大丈夫。リチャルも頷いたし、ロミルダも問題ないと言ってくれている」
リチャルが使役する魔物についても大した被害が出ていない。次の戦いへ行ける準備は整っている。
「ネフメイザに魔法を使われたら全て元の木阿弥だ。絶対に倒すさ」
「ならば、わしらはそれを信じ一刻も早く帝都が落ち着くよう尽力してみせよう」
笑うアナスタシア。俺は「頼む」と告げ……歩き出した。
破壊された庭園などを見れば、城の復旧作業も大変だろうな、と思う。ともあれネフメイザが消えた以上、復興態勢を整えるのは早いかな、と思う。
「さて……」
俺は城の門へ。そこに、ソフィアとロミルダの姿が。
「ルオン様、もうよろしいのですか?」
「ああ。侯爵と話をしてきた。全て終わったら、また報告にこよう」
「はい。あ、リチャルさんは別所で準備を進めています」
「時間はどのくらい?」
「もうそろそろこちらに来ると思いますが……」
噂をすれば、リチャルの姿を視界に捉える。
「ルオンさん、準備できた」
「わかった。では――」
「待ってくれ」
その言葉は背後からだった。振り向くと、
「アベル?」
「よかった、間に合ったな」
笑みを見せながら近寄ってくる彼。
「挨拶をと、思っていたんだ」
「……断っておくけど、戦いにつれていくことはできないぞ」
「わかっている……正直、ルオンさんに託すのは心苦しいが」
「これは俺の戦いでもある。だから気を遣わなくていい」
その言葉にアベルは最初戸惑った表情を見せ……やがて、穏やかな顔つきとなる。
「そうか。ルオンさん、もし何かったらすぐに連絡を」
「ああ……ユスカやカトラは?」
「二人は別所で休んでいる。奮闘したからな」
「今後はどうするんだ?」
「実力はしかとわかっているし、色々と俺の方から仕事を頼むことになるかもしれない。もっとも城から離れ何かやりたいと言うのなら、その意向に従おうと思っている」
「そっか……二人の活躍がなければこの戦いはこうも順調に進まなかっただろう。しっかり労ってやってくれ」
「もちろんだ……ルオンさん、本当にありがとう」
彼の言葉を聞いた後、俺はアベルに背を向け、
「戦いはそう長くかからない。全て終わったら、盛大に宴でもやろうじゃないか」
「なら、準備しておこう」
その言葉を聞きながら、俺達は立ち去る。町の中はまだザワついていたが、それでも少しずつ改善方向に向かっている。
「リチャル、ロミルダの魔法で場所はわかったけど……どのくらいで辿り着く?」
「生み出した竜を用いて、数時間といったところか」
「案外近い所にいるんだな」
「遠い場所では幻影の操作ができないのかもしれない」
「なるほど……ま、俺達にしたらやりやすい」
呟きながら町の外へ行くべく突き進む……その間に、ソフィアが質問した。
「ネフメイザとの戦いですが、どうしますか?」
「こっちにはまだアドバンテージがある。ロミルダが所有する竜魔石を集約した武器だ」
俺は隣を歩くロミルダに一度視線を送る。
「皇帝の竜魔石の影響下にあるのは間違いないから、竜魔石の力を用いて叩かなければおそらく通用しない。それに対し一番有効なのは、ロミルダの力だ」
「対抗する最たるものが、ロミルダの武器というわけですね」
「ああ。もちろん俺やソフィアで倒せるならその方がいいけどな」
――あとは、研究所の奥で出会った全ての元凶がどう動くか。あの様子だとネフメイザに少なからず干渉しているだろう。戦った時、何をしでかすか。
「ネフメイザがどう動くかわからないこと多いが……戦闘能力を元々持っていない人物だ。戦うとなれば不利になると自覚しているはず。ならば、そうなる前に対処する……と考えるのが自然かもしれない」
「出会った瞬間が一番重要だと」
「そういうこと……そういえばソフィア、フォルファは?」
「まだ付き合うと言ってくれています」
「そうか。あ、それとリチャル。そちらは外で待っていてくれ」
「言われなくとも。戦闘能力が低い俺ではまずいことになりそうだからな」
そう言いながら、彼は周囲に視線を向ける。
「けど、この戦いで生き残った魔物は連れて行ってくれ。多少なりとも戦力になるはずだ」
「お、それはありがたい。なら遠慮無く使わせてもらうよ」
事前に言っておくことは、このくらいか。あとは全て――俺達次第。
「今度こそ、この戦いに終止符を打つ」
その言葉に、誰もが表情を引き締める。
「おそらく、全ての元凶も顔を出すだろう。俺達はその全てを止める必要がある」
「わかっています」
ソフィアは頷くと、俺に述べる。
「私は従者として、ルオン様と共に」
「俺もできる限りのことはするさ」
リチャルが続く。そして最後にロミルダが、
「私も……みんなのために、戦う」
それらの言葉に、俺は微笑を浮かべる――この大陸の戦いも、いよいよ佳境に入った。
唐突な遺跡転移から始まった戦いだが、それもようやく……俺達の記憶にない部分で、数え切れないほどネフメイザによって繰り返されてきたはずだ。
その長い戦いも、ここで終わる……そう考えると、記憶がないのに途方もなく長い争いだったように感じられた。
俺達は城門を出る。外に出るとまだ侯爵の私兵がいて、動き回っている。
彼らを見ながら俺達は近くにある森の中へ。そこに、隠していた漆黒の竜が。
「では、行こう」
全員が背に乗り、リチャルが号令を掛けると飛翔する――こうして、最終決戦の地へ向かった。




