竜の群れ
何事か――警戒した矢先、さらなる竜の雄叫びが。
「まさか、まだ竜が……」
「もっとも、お前を倒すには力不足だろうな」
ネフメイザが口を開く……先ほどまで無表情だった彼の顔には、狂気の笑みが宿っていた。
「せめて、町の人間に大いなる犠牲を」
「……お前、何をしているのかわかっているのか?」
問い掛けに、ネフメイザは笑みを浮かべたまま――ここで俺は、一つ思った。
幾度も時を巻き戻したことにより、こいつは既に常軌を逸しているのではないか。
「まだ終わらない……私は、まだ――」
その言葉と共に、突如ネフメイザの姿が消失した。
「……この城にいたのは、ずっと幻影というわけか」
結局、どう動こうとも決着はヤツの本拠地というわけだ。
「ともあれ、今は竜退治だな」
俺はテラスから身を乗り出し周囲を確認。城の庭園……そこに、いくつもの竜が直立していた。
大きさは人間の平均身長をやや超える程度で、人造竜と比べればずいぶんと小さい。しかし数がここに見えるだけで五体と数は多い……魔力を使って、生み出しているというわけか。
「城の外に出したらまずいな」
小さく呟いた瞬間、テラスに飛来する存在が。
「レスベイル」
俺の精霊だ。
「よし、ロミルダの護衛を頼む」
「え……」
彼女が小さく呻く。それを聞いて俺はロミルダに振り向いた。
「ここで待っていてくれ。竜魔石を含んだ武器しか通用しなさそうだけど、どうにか対処する」
「わ、私も行く!」
ロミルダの主張。それに俺は沈黙する。
「私は、大丈夫だから……」
「……今見えている以外の竜がいるかもしれない。大変かもしれないぞ」
頷くロミルダ。決意は固いようだ。
「わかった……なら、レスベイル。ロミルダを抱えて下へ。俺は先行し、着地地点周辺の竜を片付ける」
竜魔石を含んだ剣に持ち替え、俺はテラスから――身を躍らせた。それに竜は反応したが、俺は風の魔法を上手く調整し――動き出すよりも先に地面に降り立つ。
ドンという音が周囲に響く。もっとも、ダメージはゼロ。次いで周囲にいた竜が鈍い動きでこちらに反応し、俺は刀身に魔力を注ぎ光を発し、
「ふっ!」
手近にいた竜に一閃。首を狙った斬撃が入った瞬間、多少なりとも抵抗があった。
けれど、俺は構わず振り抜く。すると刃が食い込み――勢いを維持したまま両断に成功した。
頭部が吹っ飛び、それに合わせ竜がビクリと一度震え、消滅する。結果、他の竜達が呼応した。
残り四体だが、この調子ならば対処はそう難しくない……そう思った矢先、さらに竜の咆哮が。周辺にいる敵が発したものではない。
「湧き続けているのか」
ネフメイザは最後っ屁という感じでこいつらを俺にけしかけたのだと思うが、本来何の役目を……? 疑問を抱きながら別の竜へ近づき剣戟を見舞う。一体目と同じ末路を迎え、あっさりと消滅した。
ここで、レスベイルが地上に降り立つ。それに合わせ、ロミルダが魔力を右腕に収束。同時に発した光の矢が、竜の胴体を幾重にも貫いた。
叫び声を上げながら攻撃を食らう竜達。ロミルダの攻撃は一切容赦が無く、結果として残り三体は彼女が撃滅した。
「よし……ロミルダ、まだ竜がいるみたいだ。このままそいつらを叩くぞ」
「うん」
同意した直後、俺は庭園を見据える。人造竜が破壊したことで、城の地下にある部屋がむき出しになっている。
そして、そこから竜が這い出てくる。人造竜が出現したことを考えると、地下研究所に繋がっているのだろう。
「このまま竜達の発生源を抑える。ロミルダ、覚悟はいいな?」
「うん」
返事の直後、新たに出てきた竜に対し先制攻撃を仕掛けた。またも頭部を狙った一撃はきっちり入り、消滅という結果に。
さらに後続から来る竜達にはロミルダの矢が対応する。雨あられと降り注ぐ攻撃に、竜達も大いにダメージを受け、その数を減らしていく。
「……レスベイル」
俺は剣で竜を叩き潰したレスベイルに指示を出す。
「ロミルダを護衛しながら俺に続け」
頷く精霊。よし、それじゃあ――
「ロミルダ、俺の前には出ないこと。後方から魔法で狙撃してくれ」
「わかった」
あと考えておくべきことは――アナスタシアが作成した竜魔石結集の武器についてか。結局帝都における戦いで使われることはなかったが、まだネフメイザとの戦いは終わっていない。ヤツがそれに気付いている様子はなかったし、まだこっちの手札として温存しておくべきか。
残る問題は這い出てくる竜について。他の出口から外に出てくる可能性も否定できないし、城門を越えたら面倒なことになる。
そこについてどうするか――考えた時だった。城の入口方向から、狼型の魔物が出現する。
何事か、と一瞬思ったのだが、それらがリチャルの生み出した魔物であることにすぐ気がついた。
「……これは」
『どうやら、緊急事態らしいからのう』
アナスタシアが口を開いた。
『リチャル殿の魔物は後詰めの他、色々と動き回れるよう仕込んでおいた。ひとまず、敵を外に出さないようにすればよいかの?』
「そうしてもらえると助かる」
『で、ルオン殿。ネフメイザはどうした?』
「逃げられた……というより、城にいたのは最初から幻影だ」
『なるほど、どちらにせよ決着はヤツが隠れる場所、というわけか』
魔物と竜が激突する。竜の方が攻撃能力は上のはずだが、リチャルの魔物は攻撃よりも回避を優先し、足止めとしての役割を果たす。
そこに、騎馬兵が城内になだれ込んできた。アナスタシアの私兵か。
『竜の咆哮からまずいと察し、私兵に指示を与えておいた。ルオン殿』
「ああ、ここまでしてもらったら十分だ……ロミルダ、行くぞ!」
俺は駆け出す。近づいてきた竜に斬撃を加え潰すと、それに合わせるようにロミルダも光の槍を放出する。
制御が甘く狙い通りとはいかない様子だったが、数により竜を串刺しにして消滅させる光景は、見ていて気持ちがいい。
「ロミルダ、魔力が尽きてきたならすぐに言えよ」
「うん」
人造竜が生み出した裂け目から城の中へ。地下通路らしき場所で、竜がこちらへ歩み寄ってきている。
俺は剣をかざし一体一体倒そうとしたが……ロミルダが先に光の槍を多数放ち、その数を減らしていく。
よし、それならこのまま――通路を進む間も奥からどんどん湧いてくる。
前回の戦いで、こうした竜が出現したという情報は資料に存在していなかった。何の役割を持つのか……戦いが終わった後、この竜で帝都を制圧しようという感じだったのかな?
まあどちらにせよ、放置しておくようなことはできないのでこのまま一気に突破し、発生源を破壊する。
やがて以前潜入した時の道に辿り着いた。湧き出ている竜を発見し、一薙ぎで撃滅していく。
そこへロミルダの援護が加わり、確実に数を減らす……そして、人造竜が存在していた研究所に到達。そこに大規模な魔法陣が一つ。
「竜を生み出しているのか……」
おそらく陣に術式が組み込まれ、魔力が尽きるまで発動しているということか。魔力の源は地底だな。これなら際限なく竜を出現させられる。
「……ロミルダ、あの魔法陣にも竜魔石の力が使われているはずだ」
そう述べた俺は、レスベイルに視線を送りながら続ける。
「大地と密接に結びつく陣を破壊するのはかなり大変だ。俺の剣では厳しい……そこで、俺が周囲の竜を倒し、レスベイルで魔力障壁をこの部屋に構築する」
「私は……?」
問い掛けに、俺はロミルダに目を向け、
「侯爵が生み出した切り札……それを使う時だ」
相手は帝都地下に眠る魔力。その全てを相手にする必要はないはずだが、それでも相当な力を激突させなければ破壊できないだろう。
「俺が敵を食い止める。ロミルダは魔法陣を破壊してくれ」
「――わかった!」
言葉と共に箱を取り出すロミルダ。そして俺は、レスベイルに指示を送った。




