吠える首謀者
移動する間に、他の戦況がどうなっているか確認する。ソフィアは周囲の戦士達と連携し魔物を倒し続けている。さらに魔物の発生地点をつかみ、それを破壊。町の状況は少しずつ改善している。
アベル達は、皇帝がいる玉座へ向かっている。魔物に阻まれてはいるが、創奥義などを駆使し確実に進んでいる。前回の戦いでも彼らについては問題なかったみたいなので、戦力についても厚みがある今回の戦いについては、油断しなければ問題ないだろう。
そして四竜侯爵の動向は……ザウルはやはり動かない。いや、この場合皇帝に与するよりもこちらについた方が利と考えたのかもしれない。
精鋭の騎士達を一気に片付け、なおかつ人造竜をソフィアが直接打ち破った。ザウルとしては皇帝側が負けると判断してもおかしくない。そうなるとあとは保身。極力反乱軍側に対し角が立たないよう、静観……これしかないだろう。
となれば、もう障害は残っていない……が、時を巻き戻すネフメイザを倒していない以上、まだこちらの勝利ではない。最悪彼が同じように時を巻き戻せば、それでこちらのやったことは全て無駄になる。
城の外から喚声が風に乗って聞こえてくる。戦士達が奮戦し、魔物を倒す情景が頭に思い浮かぶ。
「……ロミルダ」
そして俺は彼女に呼びかけた。
「ネフメイザがどんな風に攻撃してくるのかは、ソフィアと人造竜の攻防を見ていてある程度察しはついた。だからそこは心配しなくてもいい……で、基本は俺が仕掛けるつもりでいるが、状況によってロミルダに頼むかもしれない」
「わかった」
力強い返事。俺はそれに頷き返し、
「ここまで無事に乗り切ってきたが、ここでしくじれば意味がない……倒すぞ」
コクリと頷いたロミルダを見た後、とうとう階段を上りきった。
廊下は直進しており、一番奥にテラスが存在する。そこに、俺達が目指していた存在がいた。
「ネフメイザ……!」
俺は剣を強く握りしめ、少しずつ歩み寄っていく。周囲に魔物の気配はなし。さらに足下に魔法陣なども感じられない。
加え、当のネフメイザは俺達に背を向け佇んでいる。こちらのことは当然気付いているはずだが、余裕なのかそれとも驚愕し立ち尽くしているのか。
疑問が頭をかすめる中で、接近する。そしてテラスの背後まで来た時、俺は彼に向け宣言した。
「お前の策は全て潰した……もう終わりだ」
その宣言と同時――ネフメイザが振り向いた。
「全て、そちらの思惑通りとでも言いたいのか?」
感情を一切含まないネフメイザの声。その顔には、少なからず疲労が存在していた。
「だがまあ、そういうことなのだろうな……鍵は、お前が握っていたか」
ネフメイザの視線の先に、ロミルダがいる。
「騎士達の動きを完全に把握していたこと……竜の動向を察していたこと。そして今、お前のうちに本来あり得るはずのない力を宿していること……同じように時をさかのぼってきたのか」
ロミルダのことに気付いている――皇帝の竜魔石の力を取り込んだため、か?
「とはいえ、ずいぶんと余裕だな」
こちらの発言に、ネフメイザは目を細める。
「まだ終わっていないからな」
俺は剣の切っ先をネフメイザに向ける。相手は何も反応を見せないが……。
「戦いに負けても、やり直せばいいと考えているんだろ?」
問い掛けに、ネフメイザは答えない。
「少なくとも今まではそうだった……まあこの流れをとっていたということは、前回の戦いにおいてあともう一歩だったのかもしれないが」
「その通りだ」
ギシリ、とまるで空気が凍り付くように、ネフメイザの気配が変わる。
「全ては順調だった。しかし、あと一歩のところで貴様に――」
「俺は反撃を受けたみたいだが、そっちもこっぴどくやられたというわけか」
一歩足を前に出す。攻撃を仕掛けてくる気配はない。だが、目の前のネフメイザは俺の能力を察しているはず。策がないとは思えない。
「……今度こそ、決着をつけようじゃないか」
相手の目が醜悪な色に染まる。俺に対し憎悪をぶつけるような気配に――こちらは、間合いを詰めることで応じた。
一瞬の出来事。力を持ったネフメイザであっても、元来戦闘能力を持たない以上、対応はできないはずだった。
そして相手は何もしない――次いで放たれた斬撃は、確実にネフメイザの身に入った。
だが、
「っ――!?」
驚いた。剣があっさりとネフメイザの体を両断。しかし、
「……どうやら、この事実は気付かなかったようだな」
超然とするネフメイザ……これは――
「実体があるように見せかける……幻影?」
「皇帝の持つ竜魔石の力があってこその、技術だ」
険しい顔でネフメイザは言う――こちらに笑みを浮かべてもいいくらいの事実だが、相手の表情は変わらない。
「だが、この力がいずれ足かせとなるだろうな」
どうやらロミルダが持っている皇帝の竜魔石の力――それによって居所を探られると理解している。
「まあいい――勝負はまだ終わっていないぞ」
来る――俺はそう理解し、腰の剣ではなく、右腕に封じられている剣を生み出す。その光景を見て、ネフメイザは忌々しげに視線を投げた。
「それもまた、前回と違う点か。だが」
手を振る。刹那、気配を感じ取った。
それは恐ろしいほど静かで、ロミルダなどではとても感知できないもの。だが俺は瞬時に察した。ソフィアに施した策と同様、多量の魔力を注ぎ込む――
『来るぞ』
ガルクの声が聞こえた。俺は黙って剣を握りしめ――同時、視界が白く染まった。
そして感じられるのは、俺の体に進入してくる濃密な魔力……ソフィアに向けたものと異なるのは、恐ろしく静かで事前に何かが来るとわかっていなければ対策しようがないという点。魔力の流入は一瞬。だがそのわずかな時間で人間を壊す――それほどの魔力。
実際、流入してきた魔力は地底から引き出したものである以上、途轍もない規模だ。こんなものが体の中を荒れ狂えば支障をきたして当然だし、だからこそネフメイザが俺に仕掛けた攻撃であると言える。
けれど、ソフィアが情報をくれたからこそ――対応できる。
体に無理矢理侵入してきた魔力に対し、俺は流れを作る。水がひとたび道を見つけるとそこへ流れていくように、暴走する魔力に道筋を作った。
すると、体内で暴れようとしていた魔力がそちらへ向かっていく。その先にあるのは――遺跡で手に入れた天封の剣。
「……何!?」
ネフメイザも事態に気付いた。いや、俺が何かをしていると察し眉をひそめた程度か。だが魔力が襲いかかるのが一瞬だとすれば、俺が何をするかも一瞬。ヤツでは対応できない――!
魔力の流れを剣に集め、刀身が輝き始める。刹那、爆発的な閃光が周囲を包み、それが魔力となって周囲に放出される。
単なる魔力であるため、周囲の構造物に影響はない……が、その流れも調整し、テラスから外へ。おそらく外ではテラスから光の柱が伸びているように見えるだろう。
光の奔流と多大な魔力。その二つがやがて途切れ、その結果は――
「……何をするのか、わかっていたということか」
残ったのは超然と佇むネフメイザ。俺はそれに頷き、
「あとはお前を……見つけ、倒すだけだ」
「――お前の脅威は知っている」
次いで、ネフメイザは語る。
「まだ終わっていないぞ……ルオン=マディン!」
言葉と同時――城の下から、竜の咆哮が聞こえてきた。




