王女と竜の魔力
侯爵の私兵や反乱軍の戦士達が右往左往している中で、ソフィアは超然と剣を構える。彼女が握っているのは……竜魔石を含んだ剣ではない。右手に宿した神霊の剣。
あれが通用するという判断か……いや、竜精フォルファと連携しているから、そこで補うということだろうか。
一方、竜は二本の足で直立している――何をするかはまだ断定できていない状況。初動どうするか……それが非常に気になるところ。
人造竜はまたも吠えた。戦闘態勢に入ったのは間違いなく、その狙いは対峙するソフィアか、はたまた他にあるのか――
竜が動く。一歩足を踏み出すと、ズシンという音が生じる。俺は光を通して見ているだけなので知覚できないが、振動なども生じているはず。
対するソフィアは――まず、左手をかざし、雷魔法『ライトニング』を放った。
一筋の雷光が竜へ迫る。普通の魔物ならば貫通するほどの威力だが……雷撃は竜に直撃し、消えた。
体をまとう皮膚も相当な防御力みたいだ。さすがに接近して切りつけるわけにもいかないだろうし、どう動くか――
「ならば……これでどうですか」
ソフィアがさらに左手に魔力を集める。すると人造竜は吠え、威嚇するような所作を見せた。彼女が放つ魔力に警戒しているか。
次いで彼女が放ったのは――同じ雷撃だったが、その見た目は異なっている。左手に光が集まったかと思うと、稲妻が走り大砲のような勢いを伴い射出された。
おそらく『ライトニング』ではなく……上級魔法の『ディバインロード』か? 言わば『ライトニング』の強化版なのだが……それが人造竜に直撃する。
轟音が周囲に炸裂した。雷撃は竜に帯電し、その全身をなめ回すようにとどろく。見た目からの威力は十分だが、竜に通用したのか。
魔法が終わる。人造竜は平然としたままだが……いや、痛覚が多少あるのか、うなり声を上げた。
「多少なりとも通用している……なら――」
ソフィアは剣を構え、魔力を刀身に注ぎ始める。その量がかなりのものなので『スピリットワールド』の準備をしているのだとわかる。先ほどの魔法で耐久力を推測し、連携している竜精フォルファの力も組み合わせ、対抗するつもりなのか。
今の彼女ならば、十分倒せるが、前回の戦いでソフィアの身に何が起こったかわからない以上、どう動こうとも警戒する必要がある。
人造竜はやはり動かない……いや、ここまで静観しているのを見ると、何か策を授けられていると考えるのが妥当か。
ソフィアの出方を窺い、カウンターを狙う……人造竜にそこまで考える理性があるのかはわからないが、ネフメイザによって生み出されたものであるとしたら――ソフィアを倒すために生み出された存在だとしたら、あり得ない話じゃない。
人造竜の方はまだ動かない。わざと待っているようにも思え、もしや『スピリットワールド』を使うことが罠なのかと思ってしまう。
『ルオン殿、ソフィア王女』
ここでアナスタシアの声。ソフィアにも声を掛けたということは、彼女は通信を継続したままみたいだな。
『新たな報告じゃ。内部で魔力を集めている……それも、相当な量』
「何かやろうとしているいうことか」
俺は近くの魔物を斬り飛ばしながら述べる。
「けど、詳細はわからないんだな?」
『現状では』
「しかし、相手に策がある様子」
ソフィアが剣を構えながら言った。
「情報、ありがとうございます」
『大丈夫なのか?』
「相手が技を待っている……一つ考えつきました」
ソフィアは言葉の直後――自らの意思で踏み込んだ。
次いで炸裂させる刀身からの光――人造竜も呼応する。先ほどまでの鈍い動きが嘘であったかのように、右前足……いや、人間のように立っていることから考えて右腕と呼称した方がいいかもしれない。ともかくそれを、彼女へ向け叩きつけようとした。
周囲にいる戦士達が慌てふためく。常識的に考えれば彼女は押しつぶされて終わり……ということだが、魔力を高めた彼女の技ならおそらく押し返すことができる。
この勝負については、技が炸裂し竜の足が吹き飛ばされる……そういう予想をした。
しかし、
『――ソフィア王女!』
アナスタシアが突如叫んだ。
『急速に魔力が集中していく――! これは……!?』
侯爵でさえ動揺するような状況。だがソフィアは攻撃をやめない。
その様子を見ていると、何かつかんでいるようにも思える。果たして――
剣と竜の攻撃が激突する。刹那、ソフィアの剣が発光し、その光が竜の足を包んだ。
同時に生じたのは閃光と轟音。だが竜は自らの足を押しつけるようにかざしている。
攻撃が目的ではなく、足を通して何かをすることが目的なのか……? 疑問を感じた瞬間、
「フォルファ!」
ソフィアが叫ぶ。すると、彼女の刀身から突如、魔力が湧いた。
それは彼女が放った『スピリットワールド』の力ではなかった。刀身から漏れるそれは、まるで竜が注ぎ込んだものを放出しているようにも――
「……そうか」
呟いた。直接攻撃によりソフィアを倒すのは、人造竜を用いても難しいとネフメイザは判断し、代わりに人造竜に内蔵されている魔力を注ぎ込み、彼女に攻撃しようと考えた。
それがどれほどの威力か……不明な点も多いがネフメイザが彼女対策に用いた手段だ。こちらが何もしていなければ――いや、事前に資料を読み「何かが来る」と警戒していなければ、対処するのは難しかっただろう。
前回の戦いでは、町を破壊する竜に対しソフィアは一気に決着をつけるべく動いたはずだ。だがそれこそ相手の思惑。攻撃により対処が遅れた彼女に対し、人造竜は攻撃とは少し異なるアプローチで仕掛けた。それにより彼女は――
魔力が昇る。光の柱が刀身から生じ、戦士達がその光景に目を見張る。何が起こったのか理解できない人も多いだろう……というか、この光がソフィアのものだと思っている人も多そうだ。
そして人造竜は――うなり声を上げたかと思うと、とうとう攻撃を中断した。ソフィアが刀身から放つ光も消え『スピリットワールド』の光だけが残る。
竜の右腕は……彼女の剣を受けたことにより、損傷していた。ソフィアとしては攻撃を中断し人造竜が放った魔力を回避したため、攻撃を中断。よって、あの程度の損傷ということだろうか。
また先ほどソフィアがフォルファの名を呼んだのは……竜精が援護して注がれる魔力を放出したということか。
「……なるほど、読めてきたな」
ネフメイザの魂胆は、直接攻撃するのではなく搦め手を用いるということか。力押しで攻撃するように見せかけ、実は別の手段――それにより、前回の戦いに挑んだ。
けれど、今回それは意味を成さない……ソフィアが走る。新たに魔力を収束し『スピリットワールド』を叩き込むべく接近する。
攻撃のタネさえわかれば、ソフィアも対処できるだろう。対する人造竜は損傷した右腕で攻撃を仕掛けたが――彼女はそれを真正面から受けた。
押しつぶすように叩きつけられる竜の攻撃に対し、彼女は剣を頭上に掲げ防いでみせる。刹那、刀身から生じた剣の光が一際強くなり、腕へ昇っていく。
人造竜はどうするのか……途端、動かなくなった。というより、魔力を注ぐか一度攻撃をやめるか判断に迷ったか。
あの竜がどういう命令を受けているのかわからないが、もしネフメイザが操作しているとしたら、相当迷っていると考えるべきだろう。
どちらにせよ、今が好機――ソフィアもそれは理解しているようで、さらに魔力を迸らせた。




