風と玄人
コンラートに続き、アレキアスも撃破。最早騎士達の勝ち目は薄いが……まだ戦況をかき回すことはできるし、油断はできない。
アベルが炎の騎士を食い止めているわけだが、ここで厄介となってくるのが風の騎士ジュリア。正確無比の射撃能力を持っている彼女が、的確に疲弊するユスカやカトラを狙い、その標的がアベルに向けられたなら、まずいことになるわけだが――
「貴様、邪魔だ!」
悪態をつくジュリア。遺跡で見た彼女は口数も少なかったが、現状では感情をむき出しにしており、動揺しているのがありありとわかる。
彼女と戦っているのがアナスタシアの配下である剣士エイラド。熟練したその剣術は、他者の援護をさせまいという動きをとっている。
「おっと、させんよ」
軽い口調でエイラドは語ると、風を放とうとしたジュリアを押し留めた。彼の剣は非常に独特で、相手にその流れを読ませようとしない感じ。ジュリアの方はどういう経歴か判然としないところもあるが、騎士となった以上正当な剣術を叩き込まれているはずで、トリッキーな動きをするエイラドを対処するのに苦労している、といったところか。
彼女は何度も他の騎士を援護しようとしたのだが、エイラドはその全てを止めている。もし彼女が一時でもフリーになってしまったら、戦況は今のようにならなかっただろう。
風をまとわせエイラドを追い払おうとするが……全て無為に終わる。というか、エイラドの方もジュリアに差し込んで倒そうという意図があまり見えない。レスベイルを通して感じられる魔力もそう多くない。
彼自身、出会った時あまり魔力は多くないと語っていた。単純な力勝負ならジュリアに分があるはずで、彼はそれをさせないようにしているということになる。するとこの戦いは――
「そういう……ことか」
絞り出すような声でジュリアが呟いた。次いでエイラドから大きく距離を置き、剣を構え直す。
守勢に回った――立ち止まれるような戦況ではないのだが、これはエイラドの目論見を察しあえてそうしたということか。
「あらら、バレたか」
舌を出すエイラド。食えない表情だが……ん、そうか。わかった。
エイラドとしては、ジュリアに全力を出されると戦うのに苦労すると察した。ならばと、あまり攻めず時間稼ぎする方を選んだ。おそらく相手の剣筋を見る意味合いもあるのだろう。
対するジュリアとしては、さっさと倒すか相手の攻撃を避けつつ風の射撃で他の騎士の援護に入るか……そこで彼女は後者を選択した。エイラドと斬り結びながら風を射出し援護――という方針だったが、それをエイラドが的確に防ぐ。彼女は何度も援護を試みようとしたが、全てエイラドに潰される。その間にコンラートとアレキアスが倒れた。
エイラドからすれば、目論見通り。ジュリアとしては相手の術中にはまった、といったところか。
「ならば――終わらせる」
風が舞う。ジュリアも本気を出した。
さて、エイラドはどう打って出るのか……風をまとわせた騎士の剣戟は鋭い。なおかつその動きも俊敏になっている。
援護に入ろうとしている間は、そうした能力を使わなかった。しかしエイラドを倒すという目的に切り替えた故、真価を発揮するようになった。
手始めに間合いを詰め一閃。対するエイラドは、それを紙一重で避けた。さらに放たれた刺突を体を傾けかわしながら、反撃を試みる。
だが、風の力が剣戟の軌道を逸らし当たらない。
「無駄だぞ!」
今度は勝ち誇ったかのように叫んだ。このままだとエイラドが負けそうだが……。
しかし、ジュリアの剣もエイラドには当たらない。速度を強化した刃が直撃しないというのは、エイラドの回避技術が高いこともあるが、これまで戦ってきて相手の癖などを把握したからだろう。
最初はジュリアの方も勝利を確信したか笑みを浮かべながら剣を振っていたが……当たらないのを理解し始めると、焦燥感がにじみ出てきた。
「くっ……何故だ!」
「お前の敗因は二つある」
どこかのんびりと、エイラドは言う。
「一つは援護を優先したこと。その能力からして、相手と戦っていてもすかさず他者に援護できるようだな。けど、俺はそれをさせなかった。これにより、俺はお前の剣をじっくり見ることができた」
そうは言っても、戦い始めてからそう時間が経っているわけでもない。この場で初めて戦い、それで相手の剣筋を見極めている以上、エイラドの能力が相当なものだと理解できる。
「そしてもう一つ……お前さんは、力押しって感じだな」
「何だと?」
「射撃精度はなかなかのもんだし、あんたは五人の騎士の中でも技巧派って感じに見えなくもないが……俺から言わせれば、風の力に頼り切っているだけで、まだまだ技量が未熟だ」
……俺と戦う上で、小手先の技術よりも大きな力を優先させた結果なので、仕方がない面もあるだろう。
「この二つが敗因で、あんたは負ける」
「させるか!」
感情むき出しのジュリアは、風を剣にまとわせ縦に振り下ろした。仮にエイラドが避けても、風が炸裂する……そんな感じだろう。
だがそれでもエイラドは冷静だった。剣をかわすと同時、ジュリアは風を炸裂させ周囲に旋風が生じる。拡散した刃により彼自身ダメージを……とはならなかった。
「癖というのは、なにも剣の動きだけじゃない」
ヒュン――と、風を切る音が聞こえた。
「その風の刃……魔法の撃ち方だって、人それぞれに癖がある」
次の瞬間、エイラドは刺突を決めた。当然ジュリアは風を体にまとわせ剣の軌道を曲げるが――エイラドの剣は、まったく逸れることがなかった。
「風の鎧に防御を任せるんだったら――」
言葉の直後、彼女の右肘、鎧の繋ぎ目に剣が刺さる。
「もっと完成度を高めるべきだな」
「――ぐっ!?」
刃が入った。とはいえすぐさまジュリアは後退したため、ダメージはそう大きくない。
だが、剣を持つ利き手に刃が入ったのはまさしく致命的だ。当然痛みにより力が入らず、ジュリアとしては攻撃力が大きくダウンする。
「その風も、一定の軌道で舞っている。それに合わせて突き込めば、今みたいになる」
エイラドは語りながらさらに刺突を決める。しかしジュリアも先ほど以上に風をまとわせ、強引に軌道をねじ曲げた。
「頃合いか……終わらせるぞ」
エイラドは言うと、さらに追撃の剣を向ける。それをはじき返すジュリアだが、痛みにより小さく呻いた。
すると風の騎士は、さらに魔力を発する――風が周囲に拡散し、その力は暴走気味なのか、ジュリア自身も苦悶の表情を浮かべる。
「自滅覚悟ってわけか」
エイラドは短く呟くと、刀身に魔力を注いだ。
「勝負を決めようか」
彼の創奥義――刀身に魔力を注ぐのを見て、ジュリアは対抗すべく剣に魔力を集めた。
そして両者の剣が繰り出され、激突する――が、突然エイラドの刀身から魔力が消える。
「なっ――!?」
何が起こったか。その間にジュリアの剣を受け流し、エイラドは横に逃れた。
「悪いな」
彼の魔力は上空に昇っていた。ジュリアは遅れてそれに気付いたようだが――回避できず、頭上から降り注ぐ力をまともに受ける。
衝撃波が一時彼女を包み……やがて、倒れた。完全に虚を突かれ防御も間に合わなかった。腕の痛みなどもあって、対応も完全に遅れた結果だった。
「さて……」
エイラドはすぐさま周囲に目を向ける。既に騎士は四人倒れている。残すはバルヴォ一人であり、彼と戦っているアベルの援護に入れば、一気に勝負が決まるだろう。
周囲の魔物も他の戦士達が片付けている。ならば――そう考えた矢先、
広場のほぼ中心部――そこで炎が湧き上がった。




