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賢者の剣  作者: 陽山純樹
竜の楽園

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誓いと始まり

 ロミルダ自身が重責を感じているのは、紛れもなく俺達に関すること。前回の戦いでは俺やソフィアが何かしら被害を被った。それが相当なものであることは彼女の態度からも察せられるし、だからこそ神霊の剣を召喚するなど準備をしてきたわけだが――


「不安になるのはわかる。前回の結末を見ている以上、それが思い起こされるだろうから」


 席に着くと、ソフィアはロミルダに対しそう前置きをした。


「けど、私から見てロミルダはいろいろなものを抱えすぎて、すごく緊張しているように見える」


 ――魔王との戦いをくぐり抜けた、彼女ならロミルダの心情を理解できるのかもしれない。


「もしよかったら、色々と話してみて。それできっと楽になるから」


 しばしの沈黙。俺は無言に徹し、ただロミルダの言葉を待つ。


 俺やソフィアならさらに言葉を掛けて彼女の緊張を解きほぐすことだって可能かもしれないが……ソフィアはどうやら、待つ選択をとったようだ。


 長い沈黙。張り詰めた静寂が室内に生じ、ただ時間だけが過ぎていく。それはきっと数分程度のことだったはず。けれど、この空間の中では果てしない時間のように思えた――


「……何も」


 やがて、ロミルダが小さく語り出した。


「何も……できなかったの……私……」

「それは、前回の戦いのこと?」


 ソフィアの問いに、ロミルダは頷いた。


「最初、私は戦いに加わらないはずだった。でも、皇帝候補ということを聞かされて、私も戦わないとって、思うようになった」

「だから俺と共に?」


 今度はこちらが質問。ロミルダはまたも頷いた。


「でも……私は……皇帝の竜魔石の力を得ても、結局何も……」


 ――無力感からの後悔の念、というわけか。俺は頭をかきながら、彼女にどう返答するか考える。


 気にするな、と一言で済むようなことではきっとないだろう。そして……ロミルダがソフィアと同じように内に抱えて強情になるような性格だとはなんとなく察することができるので、言葉を考えないと――


「私は」


 考える間に、ソフィアが口を開いた。


「私は今でも、ロミルダは屋敷に残るべきなんじゃないかと思っている」


 その言葉に、当のロミルダは視線を移す。


「それは……」

「ロミルダは、心のどこかに迷いがある……そうした心境で首謀者と戦うというのは危険では、という考えから。そうした感情を抜きにすれば、一緒に戦ってほしいとも思っているけれど……」

「――俺としても、ソフィアと同じような意見ではある」


 それに続くように、俺は口を開いた。


「でも、状況がそれを許さないというのはロミルダも理解できていると思う」

「……うん」

「ロミルダが言いたいことはわかる。今の俺達は、前回のようにはならないと言うことしかできないけど……信用してもらえるか?」


 ロミルダは答えない。けど、先ほどよりは表情もいくぶん和らいだように見える。


「……私も」


 ロミルダが、言葉を紡ぐ。


「絶対に、前みたいにはさせない」


 その誓いは、会食の席で小さく漏らした言葉のように、決意を秘めたものだった。

 すると、ソフィアが突如ロミルダの頭を優しくなでた。


「絶対に、死なないから」


 そう明言すると、ロミルダはじっとソフィアを見据える。


「前回とは違う……それは明白で、私達が持てる最大限の力を発揮することもできる。ルオン様は当然として、私もまた、負けるつもりはない」

「――そうだな」


 彼女に続くように俺は言う。


「ロミルダのおかげで色々と準備ができた……ネフメイザを、今回で止めてみせるさ」


 彼女は――しばし沈黙した後、


「……うん」


 そう小さく答えた――






 それから数日、エクゾンの屋敷で俺達は淡々と準備を進めた。今回の戦いで決着をつけられるよう、ギリギリまで作業をする。

 ネフメイザの動向は前回までと同じ形となっている。竜魔石を手に入れるため俺はずいぶん動き回ったわけだが、それも結局見つからなかったということだ。


 そして――


「よし、準備完了」


 出発の日……朝起床し装備を整える。また自らの右手をかざし、剣を生み出せるか試す。これまでと同じように、遺跡で手に入れた剣が生じ――それを見た後、部屋の中で軽く素振りをした。


 魔力が刀身から感じられる……少しの間それを眺めた後に剣を消し、部屋を出る。


「ルオン様、おはようございます」


 ソフィアの声。視線を転じれば、支度を終えたソフィアの姿。


「おはよう。神霊の剣は、問題なさそうか?」

「はい、きちんと使えています」


 頷く彼女の右手を見る。現在、ガルクの魔法によって彼女の剣は魔力に分解され彼女の体の中に溶け込んでいる。俺の持つ遺跡の剣もまた同じ方式みたいだが……この辺り調べれば、色々活用できそうかな?


 そんなことを考えながら、俺はソフィアと共に食堂へ。中に入ると、既にリチャルとロミルダが待っていた。


「おはよう、ルオンさん」

「おはようございます」

「おはよう、二人とも」


 席に着くと同時、食堂にアベルとカトラ、遅れてユスカの姿が。最後のユスカは起きたばかりなのか、歩き方がヨタヨタしている。


「全員、揃ったな」


 そしてエクゾンもまた食堂に――普段は食事の時間については各々自由にしているのだが、今日は違った。

 全員が着席すると、料理が運ばれてくる。行き渡った時、エクゾンが口を開く。


「では、いただくとしようか」


 ――奇妙な沈黙の中で、俺達は食事を始める。なんとなく全員の表情を窺ってみると、アベルやユスカはどこか緊張している様子。一方カトラやソフィアといった女性陣は黙々と食べ進めている。


 リチャルは俺と同じように他の面々の顔つきを確認し……エクゾンはそれをどこか面白そうに見ている。


 食事の間、それなりに会話もあったがあまり大きな話題にならず、結局ほとんど喋らないまま食事が終わり解散。俺はソフィア達が食堂を出て行く中で、ゆっくりと立ち上がる。


「無理もないか」


 そこで、エクゾンが呟いた。


「いよいよ、今日だからな」


 ――出発の日だから、と言いたいのか。


 俺は「そうかもな」と肩をすくめながら言いつつ、食堂を出る。それから一度部屋に戻り、ここに戻ってくることはおそらくないので、部屋を確認。


「大丈夫だな……行くか」


 声に出してから、部屋を出て屋敷の入口へ。途中庭園を横切ると、アベルが組織のメンバーと話をしている光景が目に入った。

 誰もが表情を引き締め、出発の時を待っている。町の外では既に組織の構成員が準備を済ませ待機していることだろう。彼らと合流した瞬間、行軍が始まる。


 俺は彼らの姿を目に映した後、今度こそ屋敷の入口へ。そこには既にソフィア達が待っていた。


「ルオン様」

「ここには戻ってこないと思うが、大丈夫か?」

「はい」


 返事に続き、リチャルも「問題ない」と答える。

 それから少し待っていると、屋敷の奥からアベル達が。


「待たせた」

「侯爵がまだ来ていないけど……」


 と、言う間に数人の騎士を伴ってエクゾンが。


「全員、戦闘態勢完了というわけか」


 彼の言葉にアベルは首肯し、


「侯爵、改めて礼を言う」

「私としては、先行投資しているだけだ。君が皇帝となったら、よろしく頼むぞ」


 エクゾンは陽気に告げると、この場にいる人を一瞥し、


「それでは行こうじゃないか」


 言葉と同時、全員が町の外へ向かうべく足を動かし始めた。目指すは決戦の地、帝都。ネフメイザとの、決戦が始まる――


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