進む準備
魔法の詳細なども判明し、翌日以降準備作業を再開する……俺は帝国側は取得しない竜魔石を手に入れることになったのだが――
「ルオン殿、帰ったか。では次に行く場所はここじゃ」
「お前、人使い荒すぎるだろ!」
竜魔石を手に入れて報告しに行ったら、即座に地図を渡されそうになり思わずツッコミを入れた。
「この三日、完全に使いっ走り状態だぞ!?」
「戦いの準備なのだから仕方がなかろう。できるだけ急いだ方がいいじゃろうし」
「だからといって休みなしなのはひどいだろ」
「ルオン殿、感謝しておるぞ」
ここまでまったく気持ちがこもっていない礼もないぞ……しかも追撃のように地図を差し出してくるし。
「……まったく。で、何か進展はあったか?」
「そう焦るな。この三日間帝国側に動きは無い。行動もリチャル殿の資料の範疇に収まっている。十中八九ネフメイザは前回の戦いをなぞろうとしているので間違いはなさそうじゃな」
「それはよかった……で、次は――西の果てか」
一応、帝国側に悟られないように動くため、アナスタシアが移動プランなどを明示してくれている。さらに俺は使い魔を用いて騎士が近くにいないか確認しながら移動しているわけで……まあ、ここまでやれば大丈夫だろう。
「なあ、武器作成の準備は進んでいるのか?」
「ルオン殿に言われんでもやっておる。その辺りは心配するな」
胸を張るアナスタシア。様子からきちんと仕事はしていそうなので、何も言わないことにしよう。
「このまま順調にいけば、そう経たんうちに決戦の準備は一通り整いそうじゃな。あとは詰めの部分……ネフメイザをどうすかが問題じゃ」
「できれば逃げられないうちに片付けたいけど……と、そういえばロミルダの方は? ネフメイザの索敵なんかはできるようになったのか?」
「それは大丈夫じゃ。現在時点でロミルダは屋敷からネフメイザのことを捕捉できる」
お、それは朗報だ。
「この調子なら、逃げたとしても追い切れる可能性は高い……無論、確実に捕捉できるよう対策を施すことが前提じゃ」
「そうだな」
「うむ。というわけで頼んだ」
さらに追加で差し出される地図……って、おい。
「今度は複数回れと?」
「帝都側はロクに騎士を動かしていないようじゃから、その間に一気に回った方がいいじゃろ」
「動いていない……何か理由が?」
こちらの疑問に、アナスタシアは肩をすくめた。
「ルオン殿、竜魔石すり替えの際、遭遇した反乱組織の女性がいたじゃろう」
「ああ、いたな……彼女達が何かしているのか?」
「うむ、帝都内で少なからず妨害工作をしているようじゃな。アベル殿の名声が高まるにつれ、彼らも呼応したようじゃ」
「……なるほど」
「ちなみに彼らと接触してみたのじゃが、そこそこ使えそうな雰囲気じゃ」
「大丈夫なのか?」
「込み入った事情は語っておらんし、こちらの素性も明かしておらん。上手くやるから心配するな」
その自信はどこから来るのか……何言っても聞かなそうだし、彼女に任せておくしかないか。
「さて、ネフメイザに対抗するための準備は着々と進んでいるわけじゃが……ここで一つ、精鋭の騎士と戦う面々について報告がある」
「お、何だ?」
「短期間ではあるが、強くなってはおるようじゃ。それで、一度ルオン殿に能力の検証をしてもらいたいと」
ふむ、エクゾンの屋敷へ向かうわけだな。俺は地図に一度目を落とし、
「通り道だから問題ないか……というか、わざとそうしたのか?」
「その方が効率もよかろう。彼らと刃を交わし、どうするかは検討してくれ」
「わかったよ」
指示を受け、部屋を出る。廊下を歩いていると、ソフィアの訓練風景が目に入った。
相手はリチャルが生み出した悪魔型の魔物……直接戦ったら当然彼女の圧勝なのだが、現在武器は握れど攻撃はしていない。竜精フォルファとの動きを確認しているようだ。
悪魔が拳を振るたびに舞を思わせるような軽やかな動きでソフィアは避ける。彼女の気品からか、思わず見とれてしまうような光景だ。
「……ん、ルオンさんか」
傍らにいたリチャルが気付き声を上げる。
「戻ってきたのか」
「ああ。でもすぐに出発するよ」
「せわしないな」
そのコメントに俺は苦笑。
「ま、仕方がないさ……で、ソフィアは?」
「フォルファさんと連携した際、イメージしている動きにズレがあるとかなんとかで、それを直すために試行錯誤している」
彼が述べる間に悪魔が爪を振りかざす。それをソフィアは見切ってかわす……軽やかな動きだが、彼女はどこか不満顔。
「竜精との連携は上手くいっているし、現状でもよさそうな気はするが」
「……何が起こるかわからない状況だから、万全の態勢を整えようとしているんだろ」
例えば罠などで一気に魔法が発動するとしたら、瞬間的な対応ができるかできないかで命に関わってくる。
「ソフィアさんの身に何が起こったかわかればいいんだが」
リチャルが呟く――ロミルダの話や資料の内容を統合すれば、戦いの最中に攻撃をまともに受け、という可能性は低いように思える。
今の彼女――竜精との連携がない状態でも魔王を打ち破った能力はある。精霊との契約もなくなったが、魔力強化による防御力は高いし、精鋭の騎士相手であっても油断さえしなければ対抗できるし、攻撃を食らう危険性も少ない。
俺の時と同様、魔力を流入させて動きを止めた……など、予想外の出来事に遭遇したと考えるべきだろうか。
「――ルオン様」
ソフィアの声。見れば、動きを止めこちらの顔を窺っていた。
「今日は屋敷でお休みに?」
「いや、すぐに出て行くよ。エクゾンの屋敷で鍛錬しているユスカ達にも会いに行く」
「そうですか。お気をつけて」
微笑むソフィア――彼女自身も決して不安がないわけではないだろう。それを押し殺し、鍛錬を継続している。
……場合によっては――
「ルオン様」
考えの機先を制するように彼女が声を上げた。
「戦うな、と言われても私は動きますからね」
「心を読むなよ」
「このくらい、簡単に想像できます」
「……不安は、さすがにあるよな?」
「ないと言えば嘘になりますが、魔王との戦いと比べれば、それほど緊張もありませんよ……ただ」
「ただ?」
「ネフメイザが利用している神のような存在……それが動き出さないのかと、気にしています。こちらが干渉しなければ何もしないという雰囲気のようですが……」
「最後までわからないのは確かだな」
地底で出会った調子だと、ネフメイザの危機に面白半分で何かしでかす可能性がないとも言えないか。
「かといって、それに対し何かしようにも情報がないからな……ま、地底で遭遇したレベルなら、俺が対処するさ」
「神にも臆さず言うとは、さすがだな」
笑うリチャル。褒められているんだろうけど……なんか複雑な気分だな。
「そういうわけで、俺はエクゾンの屋敷へ向かうことにする。二人とも、準備の方しっかり頼むぞ」
「わかった」
「わかりました……ルオン様、次はいつ頃帰ってくるのですか?」
「仕事が終わったら、だな。ま、数日だよ。心配せずとも大丈夫」
とは言うもののソフィアはやはり不満顔。彼女自身、使いっ走りのようにされる俺の待遇を良くは思っていないようだ。
「……そんな顔するなって」
「私から、侯爵に何か言いましょうか?」
「いや、大丈夫……変に関係性をこじらすのもまずい。我慢するように」
やっぱり面白くない顔をするソフィア。こういう表情はあまり見ないので逆に新鮮だな。
何か声を掛けるべきかな……と思ったけど、俺は手を振ってこの場を去ることにした。
「さて、行きますか」
そして屋敷の外に出て――ユスカ達の所へ行くべく、魔法を発動させた。




