その魔法は――
「……ロミルダ、もう一つ質問をいいか?」
俺の言葉に彼女は頷いた。
「うん」
「ネフメイザと対峙したのは俺とロミルダの二人でいいな?」
再度首を縦に振る彼女。なら、
「それじゃあ、俺達が動く前に、ネフメイザが何かしたのか?」
「……だと、思う」
微妙な表情。魔法の知識などない彼女からすれば、何が起こったのかは判断つかないか。
「どういう状況になった?」
「光が突然発生して……何か魔力が渦巻いたと思ったら、ネフメイザは消えて、ルオンお兄ちゃんが倒れていた」
「俺が、か」
内容から、周囲を巻き込むような魔法ではなさそうだな。
「戦いが終わった後、俺はどうなった?」
沈黙する彼女。その時のことを思い返しているのか。
「話してくれ」
「……その、見た目は何の変化もないように見えたよ」
「リチャルが資料をしたためる間、俺は何もしていなかったのか?」
「その辺りのことは、私も……」
首を左右に振る。彼女には話さなかった、ということか。
「何か事情があったのでしょうか?」
ソフィアが首を傾げる。どうなってしまうのかはさすがに体験したくないので想像しかできないが――
「まず、光というのは十中八九罠だろうな」
「罠、ですか」
「ああ。それとロミルダの話を聞いて改めて思ったのは……ヤツは、俺の能力を完全にとまではいかないがきっちり評価をしているだろう、ということ」
「しかしルオン様を止めることのできる罠を、張れるのでしょうか?」
「ルオンさんを抑えるだけの力となると、そこいらの竜魔石ではどうにもならないと思うが」
ソフィアに続きリチャルが言う。評価されているのか、俺が規格外すぎると考えているのか……聞かないことにしよう。
「思い浮かぶ候補は二つある」
「それは?」
聞き返すソフィアに対し、俺は少し間を開け、
「一つは力を封じる。ネフメイザは逃げる手段を持っているみたいだが、俺の能力を察しているならその力を封じてもおかしくない。あるいは……逆に、力を無理矢理流入させる」
「流入、ですか?」
「大量の魔力が体の中に注ぎ込まれたら、記憶が吹っ飛んだりすることもあるらしいからな。俺の見た目が普通でも戦いについて言及がないなら、この可能性の方が高いかもしれない」
「それについては疑問がある」
と、リチャルが口を開く。
「記憶障害を引き起こすほどの魔力となると、普通の人間相手でもそれなりに多量の魔力を必要とする。まして相手はルオンさんだ。どう捻出する?」
問いに俺は彼を見返し、
「可能性として考えられるのは、都市に張り巡らせた魔法だ」
「ルオン様が一度潜入した際、分析できた地下の魔力ですね」
「ああ……もしこれが、俺の能力を封じるために構築されたとしたら……と、なんとなく思ったんだよ」
人一人を封じるのに、都市中に力を張り巡らせるなどというのは、無茶極まりないのだが――
「本来ならさすがにそれは、と否定するところだが、ルオンさんだとあり得なくはないか」
リチャルが肩をすくめながら語る。
「ルオンさん達がネフメイザの所に向かう前に魔力収束が始まったとロミルダは以前言ったが、もしやその準備なのか?」
「別のことをしようとして、標的を俺に変えたという可能性もある……ま、資料の通り準備を終える前に一気にネフメイザの所へ向かおうというやり方は俺も賛成だ」
そこまで述べた俺は一度言葉を切り、さらに見解を述べる。
「俺は使い魔を用いて仲間達の状況をつぶさに把握していたはずだが……ソフィアのことがわからないということは、そうした情報を遮断する対策が施されていたと考えるべきだろう。その状況下でソフィアの身に何かが起き、俺の方にも何かしら影響が出た。今ある情報でわかるのはこんなところか」
「なら他にやっておくべきことは、その辺りの対策か?」
「そうだな――」
『ルオン殿』
返答した直後、ガルクが右肩に出現し突如語り出した。
『朗報だ。魔法の詳細がわかった』
「お、そうか」
『ネフメイザが使用する魔法と異なる点もあるかと思うが――本質的にはおそらく同一であり、大いに参考になるはずだ』
そこまで語ったガルクは、突如声のトーンを落とした。
『……この魔法、大いにリスクのある魔法だ』
「ガルク?」
『ネフメイザがどの程度魔法を使っているのかはわからんが、これまでこの大陸で遭遇してきた出来事を踏まえると』
ガルクは俺達に言い聞かせるように、語る。
『――ヤツの凶行を止めなければ、とんでもないことになるかもしれん』
アナスタシアに魔法の詳細についてわかったと伝えると、すぐに話し合いの場が作られた。メンバーは俺とアナスタシアに加え、ソフィアとリチャル、そしてロミルダがいる。
『では、語ることにしよう』
ガルクが言う――神霊が「とんでもない」と語る以上、俺達も心して聞かなければならない。
『まず、結論から言おう。この魔法は、時を巻き戻す魔法ではない』
……ん?
「は? どういうことだ?」
聞き返すと、ガルクは一度唸り声を上げ、
『魔法そのものに、時空に干渉するような作用は存在していないのだ』
「ちょっと待て、俺はその魔法を利用して何度も時を巻き戻しているんだぞ」
リチャルの意見。実際その通りだし、ネフメイザもまたそうしている。
『情報を手に入れた経緯から話そう。我の本体はまずこの魔法の起源を調べた。魔族由来のものであることはわかっていたため、色々と調べるツテもあったからな』
――魔王との戦いにより大陸から魔族などは姿を消した。とはいえ、彼らが残した居城などが残っているケースもあり、そうした場所から色々と資料を発掘したのだろう。
『まあそう簡単に見つかるとは思っていなかった。実際、時を巻き戻す魔法をつぶさに解析しているような物があるわけではなかった』
「でも、ヒントとなるものはあったと」
俺の言及にガルクは首肯した。
『そうだ。魔族が残した研究資料……どうやら大陸に侵攻している間も、魔王の指示によりその辺りのことを調査していたらしい。研究資料を発見した』
「で、結論を導き出したと」
『うむ、先ほども言ったが、魔法自体に時を巻き戻す効果はない』
「……じゃあどういう理屈で?」
『分身である我が所持していた情報など合わせ、結論を出した……ルオン殿、地底で出会った存在がいたな」
「ヤツの力を借りて、魔法を使っているのか?」
『その解答は半分正解といったところか……魔法の内容は、おそらくあの存在に語りかけるものだ』
「語りかける?」
『時を巻き戻してほしいと語りかける……それによって、実際に巻き戻る』
「ちょっと待て、ただそれだけで?」
驚くリチャル……というか、ただ語りかけるだけで時が巻き戻るなどと、普通はありえない――普通ならば。
「地底で出会った存在とは?」
ふいにアナスタシアが問う。そういえば、彼女と出会う前に色々と話をしたんだったか。
その辺りのことを伝えると、侯爵は興味深そうに呟く。
「神か……話のスケールがどんどん大きくなっていくな。それでガルク殿、ネフメイザが使う魔法も、それと同一ということでいいのか?」
『ああ、間違いないだろう』
「その神を先にどうにかすべきなのか?」
『いや、まずはネフメイザの凶行を止めること。話はそれからだな』
そう述べたガルクは一度咳払いを行い……さらに、続きを語った。




