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賢者の剣  作者: 陽山純樹
竜の楽園

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最後の侯爵

 最後の四竜侯爵ザウルが指定した場所は、帝都直轄領に存在するとある屋敷。帝都から北に位置し、湖のほとりにあるその建物は、なんだか幻想的に見える。


「絵になるな」


 遠目から屋敷を見て俺は呟く……他にはアナスタシアとソフィアとリチャル。合計四人でここに赴いた。


「ここはザウル侯爵所有の屋敷なのですか?」


 ソフィアがアナスタシアに問うと、


「いや、ヤツの親族が所有している屋敷じゃったかな」

「親族、ですか」

「多少なりとも警戒するのはわかるが、ザウルはわしらに取り入ろうとするはずじゃから、まあ表向きは何もしてこんじゃろう」


 アナスタシアはそう述べると、小さく肩をすくめた。


「ここは資料通りに動く。話し合いについては任せておけ。ただしルオン殿、多少働いてもらうことになるじゃろうが」

「ああ、わかっているさ」


 返答に侯爵は笑顔となり、


「さて、入るとしよう……全員、頼むぞ」






 入口に到達するとメイドが出迎え案内される……中庭のような場所で、湖を一望でき、テーブルと椅子が置かれていた。

 そして、一人立って俺達を出迎える老人がいた。背は低めであり、杖を両手でにぎり地面に突き立てている。背筋が曲がっているわけではないが、杖の存在から動くのは得意でなさそうに見える。


 柔和な笑みを浮かべてはいるが、目の当たりにした印象は老獪という言葉が似合うもの。眼光だけは鋭く、こちらの心の内を見透かそうとしている様子がありありとわかり、またそれを隠そうともしていない。


「お茶でもしながら話し合いか?」


 アナスタシアが先んじて声を上げると、相手――ザウルは頷いた。


「その通りだ……さて、招待に応じてもらって感謝するぞ、アナスタシア」

「ふん、その視線の強さは相変わらずじゃな。いい加減それを直さんと、部下に嫌われるぞ」

「お前も言えた義理ではないな」


 切って捨てたザウルは、俺達へ視線を注ぐ。


「そっちは、護衛か?」

「客人だ。今回の話し合いに必要だと感じ、同行してもらった」


 そう言ったアナスタシアは俺達のことを紹介していく。その間ザウルは目を細め、俺達を見定めようとする動きを見せる。

 彼女が話した内容は、魔物討伐の実力を考慮し、戦いに参加してもらおうという感じの趣旨。当たり障りのない理由付けであり、ザウルも一応納得した様子を見せた。


 ただ時折、鋭い目つきがさらに尖る時がある……腹の探り合いは始まっているというわけだな。ま、俺達は事情を知っているからなんとも思わないけど。


「……と、事情はこんなところじゃ」

「ふむ、そうか。よし、それでは座って菓子でも食いながら交渉といこう」


 俺達は席につく。俺達はザウルと向かい合うようにして着席したのだが……四対一なので、なんだか奇妙に思える。


 まず、ザウルが当たり障りのないところから話し始める。


「今回、エクゾンが裏切り少なからず帝都は動揺した。とはいえ、ヤツも馬鹿正直に突っ込むような真似はしていない。帝国側としては、残りの侯爵がどう動くかについて知りたいはず」


 そこまで述べると、ザウルは嘆息した。


「また、エクゾンは反乱組織のリーダーを担ぎ上げ色々工作しているようだ。実際それは効果があり、他の反乱組織が呼応しようとしている。我々としては由々しき事態だ」

「――御託はいい」


 そうアナスタシアは切り返す。途端、ザウルは顔をしかめた。


「御託、だと?」

「そういう前置きは必要ない、とわしは言っておるのだ」


 彼女は語ると口の端を笑みを形作るように歪ませ、


「おぬしはこう考えたはずじゃ。エクゾンと直接話すのはまずいが、シュオンは静観しているようにも見え、なおかつ仲がよくないため話ができるとも思えない」


 その言葉に、ザウルは何も発さない。


「じゃが、わしなら話ができる……もしわしがエクゾンと協力関係を結んでいると会話の中で判断できたら、交渉に持ち込む」

「……交渉?」

「とぼけなくともよい。おぬしは保険を掛けたいのじゃろう?」


 ――前回の戦いにおいても、こんな感じの会話だったと資料には書かれていた。とどのつまり、アナスタシアは資料で事情を知らずとも、ザウルがどういう風に動くかは予測していたわけだ。


「皇帝側につこうが、反乱軍側につこうが、負けてしまえば元も子もない。よって、どちらの立場でも問題ないよう立ち回る……おぬしはそう考えたはずじゃ」


 ザウルはどこまでも無言だが……肯定の沈黙かな。


「わしは竜魔石などの収集癖がある故、交渉するにしても比較的成功率が高いと踏んだ……まあそれは当たりじゃろう。エクゾンやシュオンでは上手くいかんじゃろうし」

「……全てわかった上で、この場に来たということか」


 さして動揺を見せることなく、ザウルは言う。


「ならば問おう。お前はエクゾンに協力しているのか?」

「そうじゃな」

「であれば、そちらとしても私の力は欲しいはずだが……何を取引材料にする?」

「反乱軍側が勝ったとしても、おぬしの領土については現状のまま保全し……戦いの功績に従い、領土拡張といったところじゃな」

「ふむ、妥当なところか」


 ザウルは言う……うん、ここまでは問題ない。


「皇帝が変わっても、今まで通りであれば私としては不満もない」

「ちなみにじゃが、皇帝側からもエクゾン打倒に協力しろと指示されたはずじゃ。何か報酬を提示したか?」

「満足のいくものではなかったがな……ただ一つ言っておく。私は先ほどお前が言ったように、どちらが勝っても問題ないよう立ち回るぞ」

「直接的な協力などはできないと?」

「密かに支援するような形となる。ま、やりようはいくらでもある」


 お茶を飲みながらザウルは語る。ふむ、報酬目当てで協力するといった感じだが……精鋭騎士の会話から察するに、皇帝寄りの活動をしていると考えた方がいいだろうか。


「ふむ、まあいいじゃろう」

「とはいえ、だ。勝てる見込みはあるのか?」


 ――来たか。これも前回と同じ流れのはず。


「それは戦力的な意味で、か?」

「無論だ」

「それについては心配いらん。準備は進めているが……特にルオン殿の力を目の当たりにすれば、勝てると確信できる」

「ならば、それを見せてもらう必要があるな」


 ザウルはそう語ると、やや身を乗り出して続ける。


「皇帝側についたとしても、報酬などあまり期待できそうにない……が、お前が勝てば色々とできそうだ。よって、できることならお前達に勝ってほしい」

「少なくとも話は通しやすくなるじゃろうからな……まあよい。それで、何をすればいい?」

「ルオン、と言ったか? 彼が帝国を打ち破る存在なら、その証明をしてもらう……私が産みだした竜と戦ってもらう」


 ――ザウルが持つ竜魔石は『竜命石』といい、竜をその手で生み出すことができる。ただ、質を高めるには相応の魔力が必要であることに加え、他の侯爵のように本人が強くなれないのが欠点。さらに言えば、強い竜を生み出すにはそれなりに時間を掛ける必要もあるので、効率も良くない。


 ゲームでは強力な竜が主人公に襲い掛かってきた。それを倒すと彼は降参する。その後、取り立てて出番もなかったので、侯爵の中では影が薄かったりもする。


「構わんよ。では、場所を変えるか?」


 アナスタシアが話を進める。すると、ザウルは首を左右に振り、


「いや、ここでいい。ルオン殿、早速だが戦ってもらおう」


 ……ゲームでは大きな竜が登場していたが、そいつかな?


 俺は「わかった」と返事をすると、ザウルはおもむろに立ち上がった。


「帝国側には切り札がある……それを打ち破れるかどうか、ここで見定めさせてもらおう」


 おそらく人造竜のことを語っている……俺が頷いた瞬間、ザウルは指を鳴らし、


 刹那、全身をなでるような強烈な魔力が発生した。


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