遺跡の罠
騎士達の目の前に現れたのは、これまでと異なり銀色の体を持った天使。その手には長剣が握られているのだが、刀身が青い。
「さて、どうする?」
コンラートが問い掛けると、アレキアスが無言で前に出た。
「押し通る」
「言うと思ったよ……ま、ここは任せますかね」
――刹那、アレキアスの体が膨らんだ。
正確に言えば魔力が膨らんだだけで外見に変化はない。けれど、肉体的に何かがあったと感じられるほどに、その魔力変化は急なものだった。
天使がにわかに警戒を始める。だがそれにも構わずアレキアスは突き進む。
他の騎士二人は動かない。彼一人で事足りると考えているのか。
次の瞬間、アレキアスと天使が正面から激突した。剣を振った天使だがそれをものともせず騎士は突っ込んでいく。
刃が確実に彼へと入るのを、俺は視界に捉えたが……騎士はまったく効いていないどころか、剣を体で押しのけ天使へ拳を叩き込んだ。
直後、ゴアッ――と音がして、天使の体に大穴が開いた。先ほどまでの個体と比べ明らかに強いはずなのだが、ものともしない。
「……他に、いないようだな」
魔力が収まる。別人のような力を発していたアレキアスだが……俺は一つ推測した。
「今のが、創奥義なのかもしれないな」
『技を決めるというより、大幅な身体強化といったところだな』
「ああ……攻撃面だけでなく、防御力まで上がっているのがわかる」
そう述べた俺はここまでの情報で対策について言及する。
「まず、厄介なのが連携だ。彼らを分断し、各個撃破ならば十分勝算はある……あるいは」
『あるいは?』
「最初の激突時点で、上手く彼らをバラバラにして連携をとれなくする……その辺りが妥当だな」
『どちらにせよ、分断を行うわけか』
「ああ。連携を止めることが勝利の鍵だろうな……一番の問題は、遭遇した時か」
町中で出会い、問答無用で創奥義などを使用された場合、どうなるか……戦う状況によって左右されるので、この辺りは事前に決めておくことは難しいか。
考えている間に、戦闘が終了する。アレキアスがトドメとばかりに正拳突きを叩き込み、天使は倒れ動かなくなった。
それを見下ろす騎士達。やがて消滅し始めると、コンラートは言った。
「こいつが、遺跡の中で一番強いやつかな?」
「どうだろうな。ジュリア、何かわかるか」
「判断は難しいが、奥にこれ以上の敵がいる可能性は低いと考えられる」
淡々としたジュリアの言葉に、アレキアスは頷いた。
「では進むとしよう」
動き始める。俺も彼らに追随し、慎重に歩き出した。
「……あ、直に奥に辿り着くわね」
ふいに懐に入る水晶球――ナシアから声がした。
「ちなみに罠だけど、発動すると遺跡が崩れるわよ」
「……それは知っているんだな」
「台座に安置されている間に小耳に挟んだのよ。脱出とか、大丈夫なの?」
「騎士達がどういう風に出ようとするかで決まるな。元来た道を引き返すなら、隠し通路から出ればいい。もし隠し通路を発見したなら、俺が元来た道を戻ればいい」
結論を出し、俺は進む。やがてナシアの言葉通り、一番奥と思しき扉に到達した。
「魔力を感じる」
ジュリアが声を発した。
「おそらく、竜魔石」
「魔物はいないのか?」
「扉越しに感じるのは竜魔石と思しき魔力だけ」
アレキアスの質問にジュリアは答えると、扉を見据えた。
「扉自体にも罠は存在していない」
「よし、開けようぜ」
コンラートはどこか楽しそうに呟くと、扉に手を掛けた。
そのまま勢いよく開く。中から竜魔石が発する光が通路に降り注ぐ。
「おお、中々よさそうな物じゃないか」
「……どれだけすごくとも、使い道は例の兵器だ。これを加工すればいい武器が作れそうなものを……もったいなく思えるな」
アレキアスは呟くと、竜魔石に近寄る――偽物だと気付いた様子はない。まあ当然か。
「ジュリア、台座に罠は存在するか?」
「魔力は感じられる。おそらく竜魔石を取ったら発動するタイプの物」
断定する彼女に、アレキアスは「よし」と呟き、
「では、いつものように魔力だけいただいて帰ろう」
懐から竜魔石と同じくらいの大きさを持った石を取り出した。そして石を竜魔石に当てる。
「始めるぞ」
アレキアスの体に力が入るのがわかった。その動作は手慣れているようにも見え……少しすると、彼は息を大きく吐いた。
「終わりだな」
「竜魔石の魔力が移動したのを確認」
ジュリアの言葉にアレキアスは再度頷き、
「では、帰るとしよう」
「天使はそれなりの強さだったけど、終わってみればなんのことはない遺跡だったな」
コンラートが肩をすくめる。これからどうなるかわかっている俺からすれば、まだ終わってないぞとツッコミたくなる。
さて……アレキアスが台座から離れる。その時だった。
ガコン、と室内に響く大きな音。騎士三人は即座に周囲を確認する。
「何だ?」
コンラートがいち早く呟いた瞬間、足下からゴゴゴゴ……と、地鳴りが生じ始めた。
「……間違いなく、これは罠だな」
アレキアスは言いながら台座に目を向ける。
「可能性として考えられるのは、竜魔石を取り出すのではなく、魔力に反応するタイプだったか」
「申し訳ありません」
どこまでも淡々としているジュリア。対するアレキアスは嘆息し、
「まあいい。このまま生き埋めになるのは避けたい。戻るぞ」
騎士三人が走り出す。元来た道を戻るということらしい。
追おうか迷ったが、罠が発動した遺跡内で彼らに追随するのはリスクがあるか……潮時だな。
「よし、俺達は抜け道から出るとしよう」
そう言って、俺は隠し通路の方へと歩き出した。
山が鳴動する中で、俺は外に出る。地震が起こっているようにも感じられ、罠の発動が遺跡を大いに破壊しているのだと認識できる。
『収穫は大きかったようだな』
ガルクが言う。俺は頷き、
「ここで得た情報を基にして、色々と策を仕込むこともできそうだな……ただ、その中で問題は残る四竜侯爵であるザウルについてだ」
彼について、もう少し調べる必要があるかもしれない……いずれくる話し合いの場で何かすべきなのか?
「ま、この辺りはアナスタシアと相談だな。さて、ナシア」
「何?」
「騎士達は、俺達が用意した偽物竜魔石の魔力を吸い取ったわけだが……そこに意識を移したよな? その辺りはどうなんだ?」
「移っているわよ。騎士達は今、遺跡の入口に戻っているわね」
お、見えるのか。
「雑談程度の話しかしていないけど」
「……本当だな?」
「さすがに嘘は言わないわよ。というか、そちらを敵にしたら怖そうだし。こんな姿でも私まだ死にたくないし」
「わかったよ。で、ここまでの情報をアナスタシアには伝えたのか?」
「ええ。それで、屋敷に戻ってきてほしいって」
「了解……何かあったのか?」
「えっと、ちょっと待って」
沈黙するナシア。おそらくアナスタシアと会話をしているのだろう。
「資料通りに書状が届いたって」
「書状?」
「ザウルって人から。最初は相手側から話し合いをしないか、と言ってきたみたいね」
そうか……もしザウルが騎士達の言ったとおり懐柔されているとしたら、話し合いの意味がだいぶ変わってくるな。
「どうやら最後の四竜侯爵も、一筋縄ではいかないみたいだな……よし、戻るとしよう」
その時、使い魔が精鋭騎士三人を目に留める。任務を終えた彼らは、足取りも軽く山を進んでいる。
だが、その手にあるのは偽物。これをどう利用するか……これからじっくり考えることにしようと結論を出し――アナスタシアの屋敷へと戻った。




