侯爵の目標
俺とアナスタシアは一度地下室へ赴く。ソフィアやリチャルも興味を持ったのかついてきて、侯爵が何か準備する姿を眺める。
「この大陸に来てから、驚くことばかりですね」
「さすがに喋る竜魔石と出会うことになるとは思わなかったよ」
ソフィアに受け答えしている間に、アナスタシアの準備が完了した。
「さて、終わったぞ」
「竜魔石の中に宿る意識を移すんだよな?」
「そうじゃな」
「で、さっき鍵を握ると言っていたが……どういうことだ?」
こちらの疑問に、アナスタシアは笑顔で答える。
「なあに、最終決戦で面白いことができると考えたのじゃ」
首を傾げる俺とソフィア。ただリチャルは何が言いたいのか理解できたのか、言及した。
「彼女の意識を、ネフメイザの切り札である人造竜に組み込むことができるかもしれない……ということか?」
「正解じゃ」
ああ、そういうことか……つまり、操れるようにできると言いたいのだろう。
「まあ人造竜に取り込まれた魔力がどういった働きをするのかわからん以上、目論見が成功するかは不透明じゃが……ルオン殿が仕込んだ魔力と合わせれば、十分勝算はあると思っておる」
「私は何をすればいいのかしら?」
竜魔石が訊いてくる。それにアナスタシアは、
「まあまあ、まずは意識の移送からじゃ。竜魔石同士をくっつければいいのか?」
「それでたぶんできると思うわ」
言われたとおり侯爵は竜魔石を用意した石にくっつける。少し経っても変化がなく、大丈夫なのかちょっと不安になったのだが……少しするとアナスタシアが用意した魔石が光り始めた。
「おお、成功したわ」
「うむ……こちらの竜魔石も魔力は喪失していないな。どうやらおぬしと竜魔石の魔力とは分離しておるらしい」
竜魔石も彼女の意識も問題ないということか……ひとまず俺達は新たな竜魔石を手に入れ、策も仕込んだ。あとはこれがバレなければ――
「具体的に何をするのですか?」
ソフィアが質問する。するとアナスタシアは、俺へ顔を向けた。
「時にルオン殿、この戦いにおける最終決戦……それが帝都で行われることは、資料からもわかるじゃろう」
「ああ、そうだな」
「人造竜の出現、騎士達との戦い……その際、どれだけの民が犠牲になると思う?」
アナスタシアの言葉に、俺は沈黙する。
考えていないわけではなかったが、ネフメイザに悟られないよう行動するにはどうしてもそこは回避できないことになる。
「前回の戦いと、今回の戦いは大きく異なる点もある……上手くいけば、犠牲者を少なくできるとわしは考えた」
「……つまり、人造竜を操るなどして犠牲者を極力減らそうって話か」
「うむ、最終目標は犠牲者ゼロじゃな」
非現実的なようにも思えるが……アナスタシアは大まじめに語っている。
「今回、人造竜を内から干渉できる手段を手に入れた。それが成功するかは不明じゃが、やってみなければわからん」
「確かに……俺の能力と喋る竜魔石の力を合わせるというわけか」
「うむ。とはいえこれだけでは足りん。ネフメイザを騙しながら目標を成すためには、竜を前回の戦い通りに行動させる必要がある。仮に今回の策で威力を抑えるなど制御することができたとしても、それでは犠牲者ゼロにはできん」
「あくまで目標はゼロか……とすると、人造竜の対策だけでは足りないな」
「うむ、帝都の建物に対して密かに魔力による防壁を仕込むなど、人造竜の攻撃そのものを防ぐ手立てがほしい」
……とはいえ、途方もない話だ。帝都に侯爵の私兵を送り込むなど論外。しかし人数がいなければ最終決戦までにそんな準備ができるはずもない。
「帝都の人間と秘密裏に繋がり、行動してもらうのが最適じゃろう。アベル殿の『天の剣』に頼もうかと考えたが、エクゾンの工作が効き始めているようで、彼の知名度も上がっており、警戒されておる」
「なら、別の反乱組織……?」
「そういうことになる。ルオン殿、竜魔石すり替えの後、裏切りの騎士を見たのじゃろう?」
「ああ……って、その騎士が本当に反乱組織の人間なのかもわからないぞ」
「そこは精査する必要はある。ここで重要なのは、わしらや『天の剣』以外にもそういった組織が存在しているという事実」
……とはいえ、信用におけるのかどうか。どちらにせよ、リスクはあるな。
「この点においては、まだまだ検討の余地がある……時間はあまりないが、わしもできることからやろうと思っておる」
「何をしたいのかはわかったよ。俺もできる限り協力する」
「うむ。ルオン殿はまず精鋭の騎士を観察することからじゃな」
アナスタシアはそう言うと、俺達を一瞥した。
「わかっていると思うが、わしの言っていることはあくまで第一段階。第二段階……ネフメイザを倒す手段は、別に構築しなければならん。リチャル殿も現場に立ち会ったわけではないため、ここについては資料からも読み取れん。もししくじれば、わしらが色々と知っていることに気付くじゃろう。そうなれば、また振り出しに戻る。いや、状況は今よりも悪くなるじゃろう」
できれば、今回の戦いで決着をつけたい……それは誰しも思っていること。
「方針としては、ギリギリまでネフメイザに悟られないようにする、ということでいいのですか?」
ソフィアが確認を行う。アナスタシアは即座に頷いた。
「ネフメイザを仕留めるには、最後の最後まで悟られないまま、一気に倒すに限る。無論、前回の戦いとは異なる状況となっている以上、ヤツが気付いた場合のプランも考えておく」
そして侯爵は竜魔石に目を落とした。
「この竜魔石とは、わしが色々と話をする。ルオン殿、近日中に行われるであろう、精鋭の遺跡探索については頼むぞ」
さて、準備は着々と進んでいるわけだが、犠牲者ゼロが目標だと、途端に難易度が跳ね上がる。俺も何かすべきなのかと考えるのだが……ネフメイザに悟られないようにする、というのがネックだな。
いっそのこと犠牲者が出る直前にバラして攻撃する、というのも一つの手。アナスタシアも同じプランを考えていると思うが……ネフメイザがどう行動するのかわからないのが問題か。
「やはり時を巻き戻す魔法がネックだな」
朝、部屋で支度をしている時に呟く。
リチャルのものと同じ仕組みなのか……それがわかれば大きく進展すると思うのだが。
「ガルク、本体の方との連絡は?」
『音沙汰なしだ。まあここは焦っても仕方がなかろう』
確かに……ま、神霊達を信じるしかないな。
「よし、準備完了だ」
俺は自分の格好を確認し声を出す――とうとう騎士達が動き出す日がやってきた。
といっても、俺がやることは気配を隠し、近くで彼らの能力を観察するだけなのだが……何か起こってしまっては最悪だ。気を引き締めよう。
部屋を出るとソフィアと遭遇。挨拶を交わした後、俺は口を開いた。
「今日、騎士達が遺跡に踏み込む」
「お気をつけて」
「おお、ルオン殿」
アナスタシアの声。振り返ると、手に何かを握り歩み寄る姿。
「今から行くのじゃな。これを持っていけ」
手渡されたのは手のひらに乗る小さな水晶球。
「竜魔石……ナシアとわしは命名したが、彼女の意識の一部が宿っている」
「……いくつも意識を分散できるのか」
「そのようじゃな。わしも彼女の言葉を通し、状況を聞かせてもらう。よろしく頼むぞ」
「なら、私もナシアさんを通して話を聞きます」
ソフィアが続く。俺は頷き、
「わかった。何かあれば彼女を通し連絡してくれ……それじゃあ、行ってくる」




