経験と技術
エイラドは魔力面で勝てないと確信している。よって、ソフィアを倒すのに利用するものは、経験の分厚さに裏打ちされた技術だろう。
ソフィアとしても技量面で対抗するのはリスクがあると考えるはず。なら力と技の激突になるか、と思っていたのだが――
両者はまっすぐ激突する。甲高い金属音と、押し返すソフィアの姿。
即座に追撃を仕掛ける彼女。エイラドは後退しながら動きを見極めようと受け流すだけ。
カウンター狙いかな? するとソフィアもそれを読んでか追撃を中断。両者は距離を置き立ち止まる。
「……とまあ、魔力が少ない俺では、こうやって受け流すのがやっとだ」
唐突に語り始めた……って、今の結構辛かったのか?
「だが、見た目の割にはずいぶんやれていただろ?」
「……確かに、余裕がなさそうには見えませんでしたね」
ソフィアは警戒の度合いを強める。するとエイラドは構えを崩し、
「お嬢ちゃん」
「……ソフィアです」
「ああ、すまんね。剣筋を見た感じ、人間よりも魔物なんかを相手にし続けたみたいだな」
「わかるのですか?」
「そりゃあ人間ばっかりと戦っていたヤツと魔物ばっかり狩り続けたヤツとでは、動きにずいぶんと差が出るさ。どちらがいいというわけではないが」
……俺も死なないように修行したわけだから、ソフィアと同じく魔物ばっかりというタイプに入るだろうな。
「なんというかな、その違いを明確に示せと言われると困るんだが……まあともかく、違いがあるわけだ」
「違いを利用して攻撃するということですか?」
「そういうやり方もあるって話だ。これだけ力の差があるのだとしたら、そこを突こうにも厳しいな」
相変わらず悲観的な言葉。なんというか、自分を下げるような発言ばっかだな。
「このままではいいところなしで終わるぞ、エイラド」
アナスタシアが言葉を向けると、そうだなと言わんばかりに彼は頷いた。
「うん、そうだな」
「認めてどうする。あれだけ啖呵切っていいとこ何も無しでは、わしの立つ瀬もないではないか」
「まあまあ、さっきも言ったようにやり方はある」
お、それを実行に移すのか……と思っていると、ソフィアがおもむろに走り出した。
先んじて仕掛けるか――次いで剣に風をまとわせる。下級魔導技の『疾風剣』だな。
出会った頃の彼女では威力もまだまだだったが、現在は恐ろしい威力になる。
「ほう、すごいな」
感嘆の声さえ漏らしながら、エイラドは剣で応じた。両者の刃が触れた瞬間、風が吹き抜け老剣士の体を大きく崩す。
剣戟を叩き込むというよりは、彼の動きを封じる意図があったのだろう――ソフィアはすかさず前に出る。魔力強化により力で押し込めば倒せるという判断のはず。
しかし、
「――ふっ」
短い声。エイラドは反撃に転じる。素早く剣を弾き返すと、斬撃を放つ。先ほどまでと比べ、遙かに鋭い動き……だがソフィアも反応し、剣を盾にして防いだ。
「おお、今のをかわすとは」
エイラドが驚く。そこへソフィアはすかさず前に出た。すれ違いざまの一撃――『清流一閃』だ。
十分な威力であることは間違いなく、下手するとこの一撃だけで勝負がつく……そう思っていたのだが、エイラドは反応する。
すれ違おうとした彼女の剣を、強く押し留めた。その結果、ソフィアの動きが止まってしまう。
「確かに動きもよく、また魔力も十分に乗っている。まともに当たれば、それで勝負がつくだろう」
エイラドはそう述べた後、またも反撃しようとして――彼女は後退した。
「だが、一つだけ問題がある。あんたの技や魔力の流れは俺にとって見たことがあるものだ。さっきの風の剣もそうだし、今のもそうだ」
「……どういう技かを判断し、対処しているということですか?」
ソフィアが問うと、エイラドは頷いた。
「個人個人で何かしらクセがあったとしても、技の本質については変わらない。つまり、動いた瞬間何が来るのかを判断し、それを見極め反撃に転じる」
そこまで言うと、エイラドは肩をすくめた。
「俺くらいになると、知識も豊富であるためそれを利用できるという話だ。さっきのすれ違いざまに攻撃する剣は、タイミングをつかめば動きを鈍らせることができる。実際、そちらは剣が思うように進まなかったから、攻撃を中断したんだろ?」
――その知識は敵にとって脅威かもしれないな。
なるほど、瞬時に相手の技を見切って反撃などを行うというわけか。こうなるとソフィアとしても攻めあぐねるだろう。なら、次の一手は――
「で、これはどうですか?」
ソフィアは魔力を刀身に込める……刹那、剣に大きな魔力を感じ取った。
これは――
「感じたことのない魔力だな。創奥義か?」
「いえ、単なるオリジナルの技ですよ」
彼の質問にソフィアは答えると、剣を構え直した。
間違いなく使ったのは『スピリットワールド』だよな。ただ収束している魔力は思ったよりも少ない。手加減しているのは間違いない……というか、本気でやったらエイラド消し飛ぶからな。
「ちなみにそれは、本気か?」
「いえ、だいぶ力を落としています」
とはいえ……エイラドが記憶にない特殊な魔力である以上、次の一手を読むのは難しいだろう。ただソフィアの方も問題がある。
元々『スピリットワールド』は契約した精霊達と連携し、一撃を放つという大技だ。動きに型があるわけではないので、ソフィアの判断によって攻撃の軌道が大きく変わる。
ゲームでも存在していた俺達が技と呼ぶものは、動きの型がある程度決まっているのだが、彼女の『スピリットワールド』にはない。そういう観点からすると、この技は未完成と捉えることもできる。
「型がない技というのは、欠点もある。普通の技なら型を基準にして色々と効率のよいやり方を研究できるが、個人の技はそうもいかない……つまり、まだ完成していないのだろうな」
エイラドは推論を語ると、一度剣を握り直す。
「他には、どうしても隙が生じる。大技である以上はどうしたって隙が出るわけだが、オリジナルの技はそれが特に顕著となる。ま、今の君の場合は加減もしているから、それを期待するのは難しそうだが」
エイラドはソフィアの剣を見ながら語る。
「ちなみに、その技を創奥義に昇華するのか?」
「まだ決めていませんが……」
「加減しているとはいえ、相当な威力を持っているのは間違いない。制御面さえ気を付ければ、採用するのも悪くないだろう」
「まさかアドバイスまでするとは」
アナスタシアが感心したように述べると、エイラドはやれやれといった様子を見せた。
「ネフメイザを打倒する上で彼女が重要な戦力であるとしたら、教えるのは当然だろう?」
「まあ、そういうことにしておいてやろう」
笑うアナスタシア。それを見たエイラドは、ソフィアに視線を戻す。
「それをまともに食らえば……いや、受け流してもかなりまずいだろうな」
「ならば、どうしますか?」
「……ま、こっちも応じないといかんだろうな」
その言葉の瞬間、エイラドの刀身に魔力が――彼もまた、創奥義を使うようだった。
「ま、創奥義と呼べるものを開発するのは、敵を打ち砕くのには有効だ。私の全力を見せてやろう。参考にしてくれ――」




