剣の力
フォルファがいた遺跡まで戻り、そこから何事もなく入口へ歩き続ける……と、ふいにソフィアが声を掛けてきた。
「ルオン様、先ほど剣を取り込みましたが……何か変化はあるんですか?」
「いや、特に何もないんだよな。体の内で色々魔力とかを動かしてみたりもしているんだけど、いつも通りだ」
「その剣は、どれほどの力を持っているのじゃろうな?」
アナスタシアがここぞとばかりに尋ねてくる。
「人間の体の中に取り込まれたとあっては、普通の剣とは大きく異なるじゃろう。調べる価値はある」
「そうなんだろうけど……ふむ、せっかくだから、少し試してみるか」
入口近くになって、俺は立ち止まる。魔物も見当たらない空間で、俺は剣を生み出し構える。
「使えそうか?」
「どうなんだろうな」
軽く剣を振ってみる。いつも使う剣と比べやや大振りではあるが、動き自体はいつもと同じようにできる。変な特性もなさそう。
「なら、次は――」
剣に魔力を込めてみる。これで刀身が耐えきれず破損とかなら、価値はないのだが……どんどん収束していく。
そればかりか、普通に魔法剣を使用する時とは異なる要素が一つ。
「……なんだか、変だな」
「変?」
聞き返したのはソフィア。俺は頷き、説明を行う。
「なんというか……この剣が自分の一部になっているというか……」
「相性がいいということですか?」
「この場合、取り込んだ瞬間に剣が俺に合わせたと言った方が正しいのかもしれないけど」
話をする間も魔力を溜める。おいおい、どんどん吸収していくぞ。
「ルオン殿、その魔力を刃状にして、一度放ってみよ。検証したい」
「遺跡内に?」
「うむ、外に出すわけにはいかんじゃろ」
「ちょっと待て」
アナスタシアの主張に、フォルファが言いつのった。
「それで無茶苦茶になったらどうしてくれる」
「単に刃とするだけなら、大した被害にはならんじゃろ。それに遺跡の構造物は多少なりとも魔力に耐性があるし、大事にはならんさ。もし壊れたらわしがどうにかしてやるから心配するな」
「……お前はずいぶんと無茶をする竜人のようだな」
「褒めても何も出んぞ」
いやそれ、褒めてないぞ……と心の中でツッコミを入れた後、俺は剣を振りかぶった。
魔力がどんどん注がれていく。正直際限なく入り込むので、むしろだんだん怖くなってきた。
武器としてはかなりよさそうなんだけど、得体の知れないものなので、使うかどうか微妙だが……俺は考えながら、ある程度魔力を注いだところで剣を振った。
横薙ぎに伴い生じた魔力が刃の形を成し、遺跡の奥へすっ飛んでいく。
「ほう、魔力の流れも綺麗じゃな」
アナスタシアが述べる……遺跡自体頑丈だろうし、魔力はそれなりに入れているけど被害はそれほどないだろう――などと思った時、刃が壁に着弾、轟音が発生した。
うん、これで終わり……と思った次の瞬間、突如足下がわずかに揺れた。地震というか俺が放った攻撃が振動となって返ってくる。
さらに奥からゴゴゴゴ、という不気味な音。これ、もしかして壁に当たった魔力が奥へ抜けて、余波により遺跡がガンガン破壊されているということなのか?
さらにその地響きが収まるどころか逆に増してくる。
「……おい」
フォルファが言う。その矛先は俺ではなく言い出したアナスタシアである。
その時、一際大きな轟音が生まれた。振動がさらに増し、下手すると遺跡そのものが崩れるのでは……などという思いが生まれる。
俺が放ったのはあくまで単なる刃であり、仕掛けなんてものは存在していない。直撃したら余波は出るにしても、ここまで遺跡に被害が出るようなことには――
「ふむ、なるほど。ルオン殿の魔力が増幅されたのじゃな」
フォルファの言葉を無視するようにアナスタシアが言う。
「ルオン殿、確認じゃが全力でやったのか?」
「いや、際限なく取り込むものだからある程度のところでやめたけど……」
「魔力許容量は無限とまではいかんじゃろうが、それでも驚異的であるのは間違いなさそうじゃな。、武器として活用することも視野に入れてよいじゃろう」
「そうかもしれないけど……増幅というのは? 俺は何の仕掛けもしなかったけど」
「ルオン殿の魔力に、剣本来の力が上乗せされたというわけじゃ。これはネフメイザの裏をかくのに役立ちそうじゃな」
とはいえ、竜魔石を含んだ武器というわけではないし……まあ、強力には違いないから、活用するのはありか。
「けど、限度がわからないというのも不気味だな」
「屋敷へ戻ったらどういう性質があるのか調べてみよう」
話し合う間に、振動が収まっていく。さすがに遺跡が崩れるなんてことにはならなかったが、奥がどういう状況になっているか……確かめるのが怖い。
「やれやれ、無茶苦茶な面々に協力することになってしまった」
愚痴をこぼすようにフォルファが言う。怒られるかなと思ったが、竜精はついてくる様子。
「それで、ここからは侯爵の屋敷に戻るのか?」
「うむ、そうじゃな。ルオン殿、今後の予定は決まっているか?」
「ソフィアのことについては大筋解決したと考えていいのかな。ロミルダの能力も確認できたし、ユスカやカトラについても鍛錬していることだし……あとやっておくのは――」
「三つですね」
俺に続くようにソフィアが述べた。
「一つはネフメイザ打倒に際し、敵となる五人の騎士を分析すること。もう一つは彼らに対抗する面々を集めること。そして――」
「人造竜に使う竜魔石をすり替え、最終決戦の際に活用できるようにする」
続けて俺が言うと、アナスタシアは笑った。
「帝国側の能力を調査というわけじゃな。リチャル殿の資料でもわからないこともあった以上、確かめておくのもいいじゃろう」
「そうだな……ただこの一ヶ月で勝負が決まるんだ。ハードスケジュールであることに変わりはないだろうな」
「まったくじゃな。しかし、ルオン殿はまだまだ余裕があるように見える」
ニヤリとなるアナスタシア。俺は肩をすくめるだけに留める。
それから、遺跡を出た。時刻は……昼はとうに過ぎているが、夕方というわけではない。
「案外早く片がついたのう。さて、ルオン殿」
「ああ、リチャルを呼ぶよ」
使い魔を利用して……と、ここでフォルファが発言した。
「私はどうすればいい?」
「アナスタシア、どうする? エクゾンの屋敷に戻るか、それとも――」
「確か資料では、竜魔石の仕込みをする遺跡の場所はわしの領地に近い帝国直轄領じゃったはず。わしの所に滞在するといいぞ」
「……別の目的がありそうだな」
こちらのコメントにアナスタシアは恐ろしく似合わない微笑で応じる。今更可憐っぽく見せようとしても無意味だぞ。
「まあいいさ。エクゾンの方には連絡を入れておくことにして、少しの間屋敷で世話になるよ」
「うむ」
「……ちなみに、残る四竜侯爵についてだが」
「まだ動きはない……というより、資料からヤツに干渉すべき時期は決まっている。それまで待とう」
「そうだな……と、ずいぶん早いな」
上空にリチャルが生み出した竜を発見。待っていたのかもしれない。
「では、そうじゃな、フォルファが新たに加わったことじゃ。宴会でもするか?」
「それは、戦いが終わってからでいいだろう」
「私は参加せんぞ」
当人が否定。そういうのが苦手なのかもしれないな。
竜が次第に下りてくる。背にはリチャルが乗り「待っていた」と声を掛けてきた。
「上手くいったようだな。それで、行き先は?」
「わしの屋敷じゃ」
「了解」
全員が背に乗り、竜は飛び立つ。色々と予想外のこともあったが、竜精の協力は得た。明日からは、新たな計略の準備を始めるとしよう――




