遺跡の異形
最初の一撃で片付ける……という目論見を携え、俺は動く。
仮に天使達が恐れ封印したという存在だとしても、地底で遭遇した存在と比較して、弱いだろう……という判断で、一気に倒せると考えた。
だが、遺跡の騎士が放った剣を迎え撃ち、激突した瞬間――違和感を覚えた。
「……これは」
「ルオン殿、大丈夫かー?」
アナスタシアが後方から声を出す。この状況ではさすがに答えられないので、俺は騎士の剣を上手く受け流し後退。
「対応はできる……けど、なんだか変だ」
「変?」
「それを検証するために……全力でいく」
フォルファにも放った『無明睡蓮』を刀身に収束させる――騎士は反応したが、俺は一瞬で間合いを詰め、叩き込んだ。
とはいえ扉まで吹っ飛ばすとその奥がどうなるかわからない。よって、吹き飛ばすというよりは地面に叩きつけるという感じに近い軌道で放つ。
剣戟が炸裂。騎士は身じろぎすらできず地面を抉るように叩きつけられた。床に魔力が拡散し、騎士の周辺に大きくヒビが生じる。俺の全力に、この遺跡も耐えられないようだ……まあ、当然か。
「お、やったのか?」
呑気に語るアナスタシアを無視しつつ、俺は大きく下がる。竜魔石の力がなければ通用しないというのでなければ、これで沈むはずだった。しかし、
「まだ、滅んでないな」
俺は呼吸を整え次の攻撃準備を始める。その間に、騎士はノロノロと起き上がった。
鎧は損傷しているが、砕けてはいない。ただ所々に穴が開き、その奥が何もないがらんどうであることをはっきりと見て取ることができる。
ゲームにいるリビングアーマー系の魔物が俺の一撃を耐えきれるわけがない。耐久力という点においては、かなりの脅威に違いない――
そこまで考えた直後、突然ギシリ、と軋むような音が。
「何……?」
遅れて、それが騎士が放った魔力によるものだとわかる。空気を震わせるほどの力。俺やロミルダが放った攻撃と同じ。つまりこいつは、それだけの力を兼ね備えているということなのか。
『――オオ』
騎士から声……らしきものが耳に入った。生物というわけでもないだろうから、どこから声を出しているのかわからない。あるいは単に魔力が周囲に拡散することで、そういう反響音が出ているだけなのか。
刹那、騎士に変化が生じた。鎧の奥から、漆黒が滲み出てくる。それはまるで触手のように轟き、地面に接地するとその先端が人間の手や足を模したもののように変化する。
何だこいつは……一撃に耐えられただけでなく、意味不明な変化。俺が攻撃したことをきっかけにして変化が生じたのは間違いないが、あまりに異常だった。
「気持ち悪いな」
後方でフォルファが率直な感想を述べる。
「鎧の奥に存在していた何かが、攻撃を契機に現れたということか?」
「そうなのかもしれない……さて、どうするか」
触手が一本一本、別の生き物のようにうごめく。見ているだけで不安にさせるようなその光景。放っておくとまずそうだ。
「接近するのは面倒そうだな。なら――」
俺は魔法を解放する。詠唱を重ね生じたのは、巨大な光の剣。最上級魔法『ラグナレク』だ。
「容赦はしない。これで、滅びろ」
宣告と同時、剣を騎士は差し向ける。まばゆい光が放たれ、敵に触れた直後、轟音と閃光が周囲を支配した。
騎士へ余すところなく光を収束させる。俺の斬撃に加え、最高の魔法。さすがにこの二つをまともに食らえば神霊ですら無事では済まないだろう。
「凄まじいのう」
後方からアナスタシアの声。振り返ると、ニヤニヤしている侯爵に、じっと光を見据えるソフィアとロミルダ。フォルファは腕組みをして何か考え事をしている。
視線を戻す。消滅していたらいいんだけど……そう思った矢先だった。
ズグン、と室内を響かせる圧倒的気配。鼓動の音が耳に入るくらいの大きさになったら、こんな感じだろうか。
光が消え、真正面を見据える。そこにまだ騎士は立っていた。だが問題はそこじゃない。
漆黒がさらに膨らみ、俺を見下ろすほどの高さになっている。
「魔力を吸収でもしているのか……?」
俺は呟きながら、剣を構える。
「――レスベイル」
次いで精霊を呼び出し、すかさず命令を出す。
「後方にいるソフィア達を守護してくれ」
言葉に従い後方へ下がる精霊。これで不安要素はなくなったが……そう思った瞬間、
『――オオオオオオオ!』
今度こそ、雄叫びに聞こえた。どこから発しているのかわからないが。
「ガルク、いいか?」
俺はこの間に呼び掛ける。直後、右肩にガルクが出現。
「例えば俺の魔力が、吸収されこうした結果になっている……そう考えることはできるか?」
『いや、取り込んでいる気配はない。我としては、元から封じられていた力がルオン殿の攻撃をきっかけとして表に出た、という方がしっくりとくる』
「ということは、俺の攻撃を受けてなお出力を上げることができるほどの敵、ということか?」
『少なくとも、魔力については規格外なのだろう。これこそ、遺跡を生み出した天使がこの場所を封印した理由なのかもしれん』
つまり、可能性として高いのは天使でも手に負えない存在がいたからということか……俺は息をついた。
「なるほど、なら頑張らないといけないな」
『まずはどうする?』
「膨れあがっている本体を拘束しよう」
とはいえフォルファの時にやったような手段ではなく、物理的に封じ込める。
詠唱を開始した直後、騎士――いや、異形が動いた。多数の黒い触手を俺へ伸ばす。串刺しにでもしそうな勢いであり、回避に移る。
俺が立っていた場所に黒い触手突き刺さる。易々と床を貫くその攻撃は、容易く人間など貫いていただろう。
「さて、これならどうだ――!」
次に放つ魔法は氷属性最上級魔法の『スノウユグドラシル』だ。異形の足下に氷が出現し、それが一気に上昇し一瞬の間に巨大な氷の柱が形成される。
伝説の大樹のように形を成す巨大な氷。そして異形は体の全てを氷の中に封じ込められる。
これで決着がついてくれればいいが……さすがにそうはいかなかった。氷にヒビが入ったのは予想の範囲内――だったのだが、牢獄を無視するかのように漆黒が氷の中でなお、上へと伸びていく。
「ずいぶんとやる気じゃないか」
『ルオン殿、どうするのだ?』
ガルクが問う。俺は一度呼吸を整えた後、答える。
「最上級魔法や技でも倒れない相手だが、まずは数を撃ってみよう」
もしかすると弱点属性だってあるかもしれないし……氷の拘束を脱しようとする異形を前にして、詠唱を開始する。
そして氷の一部分がはがれ、黒い腕が飛び出し俺へ向かおうとした直後――魔法が発動。金色の雷撃が、周辺を染めた。
雷属性最上級魔法の『トールハンマー』。雷撃は真っ直ぐ氷に取り込まれた異形に直撃し――触手の多くが消滅する。
「これが弱点か……? いや、結論を出すのは早いか」
そう呟いた直後、消滅した部分から新たな黒い触手が。効いてはいるようだが、見た目で判断が難しいな。
『ルオン殿、魔力が減っているのは確かだ』
次の攻撃を行おうとした寸前、ガルクが述べた。
『どれだけの魔力を抱えているのかはわからん。しかし、限界が遠いというわけではなさそうだ』
「なら、方法は一つだな」
さらに魔法詠唱を行い、なおかつ刀身に魔力を集める。
「とにかく攻撃を叩き込んで魔力をゼロにしてしまえばいい」
『長期戦だぞ』
「余裕は十二分にあるよ」
そう答えた俺は、氷から脱した異形に告げる。
「根比べといこうじゃないか……言っておくが、俺は一切容赦しないからな」




