武装と光
そうして夜はアナスタシアの屋敷に泊まり――翌日、いよいよ迷宮へと向かう。
メンバーは俺とソフィアに、ロミルダとアナスタシア。リチャルについては前と同様連絡が取れる状態にしておき、屋敷で待機――なおロミルダは、アナスタシアの竜魔石により敵の攻撃に耐えられるような処置を施している。
迷宮の場所はアナスタシアの屋敷から竜を使って数時間……該当場所に辿り着いた。
森に囲まれたそこは、ほとんど目立たず人が訪れた形跡などは当然ない。もしかすると、迷宮入口周辺には人払いの魔法でも使われているのかもしれない。
「ここが入口か。何の変哲もないのう」
アナスタシアの言葉――目の前にあるのは、地下へ続くただの洞窟。まあ地味なのは入口だけだ。
「中は天使の遺跡と比べても変わっているよ」
「そうか? うむ、興味があれば構造物なども調べてみたいのう」
ブツブツと呟くアナスタシアを見ながら、俺は仲間達に言及する。
「魔物は間違いなく手強い。気を引き締めてくれ」
号令を発し――進み始める。明かりを灯し奥へ進むと――やがて、石造りの通路が出現。
とはいえ、普通とは違う。大理石のような綺麗な石材。なおかつそれ自体が光を発し、中は明るい。
「確かに、ルオン様の仰るとおり他の場所とは違いますね」
ソフィアが声を発した直後――前方の通路から魔物がやってくる。
黒色のオーガ……人間ほどの大きさで剣と盾を持っている。名前は『カオスオーガ』だったか。手強い魔物なのは間違いないが、ゲームの時に出現する魔物と比べると質は劣る。
「早速だな」
剣を構えようとして――突如、アナスタシアが手で動きを制した。
「ここは任せよ。久しぶりに竜魔石を使うのでな。準備運動も兼ねて動きたい」
「わかった。大丈夫か?」
「心配する必要はない」
発言し、アナスタシアは竜魔石の力を解放する。
その魔力を感じ取り、オーガもさすがに動きを止めた。
「さあて、どう料理してやろうか……」
まだ彼女は竜魔石から魔力を出しただけ。しかし漏れ出る魔力の多さから、敵も明らかに警戒している。にじり寄るアナスタシアに対し、魔物は及び腰になっている。
「どっちが敵だかわかったもんじゃないな」
そんなコメントを発した直後、オーガが動く。押し潰す気か――こちらにとっては無策に等しい。
「そう来たか……まあ、どう足掻こうとも無意味じゃが」
突如、アナスタシアの全身が光に包まれた。何事かとソフィアが彼女を注視し――同時、鎧が出現し侯爵の身を固めていく。
一瞬の出来事。高貴な騎士が着るような、豪華絢爛な金色の鎧。ただ身長が低いせいもあって、迫力はあまりないように感じられる。
そして、右手には一本の長剣。
「そうら! まずは一閃!」
宣言し、自ら間合いを詰めオーガに真正面から相対する。両者が刃を放ち、中間地点で激突。体格差からアナスタシアが吹き飛びそうなものだが、そうはならなかった。
せめぎ合ったのは一瞬。彼女の剣は平然とオーガの剣を両断し、さらに胴を薙いだ。逆に吹き飛ぶ魔物。床に衝突した瞬間、あっさりと塵となり消え失せた。
「ふむ、初戦の相手としてはまずまずか」
笑みを浮かべ剣を素振りするアナスタシア。風切り音がこちらにも聞こえてくる。
「さすがにオーガじゃ相手にならないか」
「当然じゃな。軽い運動にはなった。そして少しばかり体の動きにズレがあるのがわかったぞ。魔物と戦っていくうちに修正するとしよう」
と、ここでアナスタシアは俺へ振り向いた。
「物語においても、わしはこういう風に戦っていたか?」
「攻撃は配下の騎士にやらせていたな」
「ああなるほど。わしの力で生み出した武器を騎士に与え、戦わせていたと」
――彼女の持つ竜魔石の名は『竜武石』。エクゾンやシュオンが自身を強化する意味合いの強いものだが、彼女の場合は武装する。
その特性の中で最も特徴的なのが、生み出した武具を他者に渡せることにある。ただし制約があり、アナスタシアは近くにいなければ効果を発揮しない。
今回ロミルダには彼女が作成した防具――魔力障壁を強化する腕輪を渡してある。もし彼女がネフメイザとの決戦において共に動いてくれるなら戦力の大幅増強となったわけだが、決戦時彼女は別行動というのが確定している――まあ、近くにいなければ発動しないという能力に頼るのも危険なので、最終決戦では使えないと考えるべきだ。非常に惜しいけど。
ゲームでは、彼女自身は動かず増援として駆けつけた騎士を相手にする。彼らを突破しアナスタシアを倒すのだが……本人のステータスはそれほど高くなかった。ゲーム的な都合もあるんだろうけど、現実では侯爵が所持する竜魔石として、相応の力があると見ていいだろう。
「では、先に進もう」
俺は号令を発し、歩き出す――と、またも迷宮奥から魔物。オーガが数体と、その後方に――
「リッチだな」
「面倒な相手じゃな」
アナスタシアが言う。鉄の杖に黒いローブで身を包んだ髑髏の魔術師。その能力は中々凶悪。
魔法攻撃を主体とする魔物であることに加え、デバフ系の魔法をよく使ってくる。まあこの面子ならばどんなに魔法を使われても大丈夫だろうけど……念のため優先して倒しておくか?
ここで、動いたのはロミルダ。
「私が奥の敵を」
「いいじゃろう。見せてもらおう」
俺が声を出す前にアナスタシアが反応。直後、ロミルダは両手を重ねるように突き出し、手のひらから光を生み出す。
それは、光の糸――それが光の中から束になって生じ、螺旋を描き槍のように鋭い形状となる。
オーガが構え、リッチも杖を構え魔法を行使しようとした――その時、光が駆け抜けた。
一瞬の出来事。槍のように収束した光が、弾丸のように射出されてオーガをすり抜けリッチの頭部を撃ち抜いた。破裂音が響き、リッチは崩れ落ちる。
一撃……以前見せた光と異なり、速度がかなりのもの。なおかつ威力も申し分ない。
少し溜めが必要そうではあるし、今回はアナスタシアの魔力に警戒し魔物の動きが鈍かったため一方的に攻撃ができたわけだが、それでもロミルダの攻撃能力が高いことは改めて証明された。
「さすがじゃのう。では」
と、アナスタシアが残るオーガへ迫る。後衛を失った以上、最早侯爵の敵ではない。
オーガが同時に迫ったので、ここは各個撃破かな……などと思った矢先、アナスタシアは豪快に一閃する。
大振りはオーガのガードも回避も全て無と化した。剣先から魔力を発したのか、剣を受けようとした方は体を両断され、もう片方は魔力を受けたのか腹部から突然風船のように破裂した。
「なかなか容赦ないですね」
ソフィアが感想を述べる。まあ侯爵が所持する竜魔石だ。弱いはずがないし、このくらいはお手のものだろう。
「ふむ、入口周辺は片付いたのか?」
アナスタシアが周囲を見回し呟く。それに対し、俺は彼女の横へ移動しながら答えた。
「そうかもしれないが、油断はしないでくれよ」
「無論じゃ。さて、この迷宮はどれほど奥まであるのか」
楽しそうに呟くアナスタシア。元々好戦的な人物ではないはずだが、エクゾンなどと同じように竜魔石の効果により気が高ぶっているのかもしれない。
俺は直進する通路を指差す。アナスタシアは意気揚々と頷き、先へ。
そこに、またも魔物。今度は牛の頭を持った悪魔。オーガと同じレベルの魔物だ。
「今度はルオン殿の番か?」
アナスタシアが視線を注ぐ。俺は小さく肩をすくめ……それでも、前に出た。
「ソフィア、いいか?」
「はい」
彼女もまた前に。同時――魔物と交戦を開始した。




