最終目標
夜……結局、男は全員野宿ということになった。まあ物理的に小屋に泊まれないので仕方がないわけだが、シャスタは「頑張れ」とどついてやろうかと思う一言を述べ、小屋の中へ入っていった。
まったく……ただフォローがないわけではない。標高がそれなりにあるのでやや寒いのだが、シャスタの魔法により寝やすいよう気温は調整してくれた。とはいえゴツゴツした岩肌の上で毛布にくるまって眠るので、あんまり疲れはとれなさそうだよな。俺は平気だけど、明日文句を言ってやろう。
ただこの状況下でもユスカとリチャルは昼間の戦いからか眠りにつき、俺だけ目を開けている状況。別に目がさえているというわけではないが、なんとなく綺麗な星空を眺めていた。
「――おっ、まだ起きていたか」
シャスタの声。上体を起こすと、彼女が隣にやってきた。
「さすがに昼間あれだけけしかけたから、全員あっさりと眠ってしまったぞ」
「それは仕方がない。俺は平気だけど」
「あれだけ指揮して頭を回転させていたのに、ずいぶんと余裕だな」
「体力もあるんだよ……色々言いたいことはあるけど」
彼女は舌を出す。それを見て俺はため息。
「まあいい……ユスカとカトラの二人をしっかり見てくれよ」
「約束しよう」
と、ここで彼女は話題を変える。
「……竜精は、私のように隔絶とした場所で暮らすことが多かった。今後の戦いにおいて、そういう者達が表に出てくる……私としては興味深い」
「これで倒せればいいんだけど……一つ訊きたいんだが、ネフメイザが大陸を蹂躙しようとしているという状況は、どう考えているんだ?」
「関係ない、と多くの竜精は考えているだろう。ただ、皇帝を操り悪巧みをしているようなヤツだ。アイツが戦いに勝利した場合、何かをするという可能性は否定できないし、それを考えると面倒だという気分にはなる」
そう述べると、彼女は肩をすくめた。
「私が言いたいのは平和を乱そうとするのならば対抗するということだ。話を持ってきたアナスタシアはどう考えているか知らんが」
「……侯爵のことを信じていないのか?」
「信じているが、疑問を持ったりもする。思わせぶりな態度も多いからな。正直あの性格で損をしていると思う」
なんとなく、シャスタも同じだろとツッコミを入れたかったが……やめておこう。
「あいつは自分の求めるものを手に入れるのなら誰とでも組むからな」
「ネフメイザについた方がメリットがあるのなら、そうするって話だな」
「さすがにその可能性は低いだろう。ネフメイザもアナスタシアの扱いにくさからあまり干渉してこなかった……それに、ネフメイザのやり口を考えれば、帝国側にすり寄っても最後は殺される運命にあるだろうし、察しのいいアナスタシアならば気付いている。どっちにしろ、彼女には選択肢がない」
そこまで話すと、シャスタは苦笑を見せた。
「ルオン殿は抜け目がなさそうだからな。アナスタシアのことを多少なりとも観察していたりはするんだろう?」
「一応、ね」
現在のところ、問題ない。ただどういう状況となってもいいように準備を整えておくべき。
すると、シャスタは友人を憂うような表情を見せた。
「アナスタシアがどう考えているかわからないが、私は友人を助けたい。最後まで協力する所存だ」
「ありがとう……エクゾン侯爵とは上手くやってくれよ」
「無論だ。あ、そういえばルオン殿。この機会に一つ訊きたい」
「何だ?」
「ルオン殿の経歴については驚嘆すべきものがある。この世界が物語になっていることを含めてな……そして、強さという点において現状では満足していないという風に見える」
彼女は出会った時に見せた、子供のような笑みを顔に出す。
「最終的にはどこまでいくつもりなのだ?」
「どこまでって……俺が最終的に戦うかもしれない相手を打ち負かすくらい、かな」
地底で遭遇した存在を思い浮かべる。
「単純に自分自身を鍛えるだけでは足らないと思う。魔力を強化できるような道具や、対抗しうる技の開発も必要だな」
「手持ちにあるものでは駄目なのか?」
「正直わからない。けどまあ、可能ならば開発すべきだと思っている」
「個人的にはそちらの方がこの戦いより難題だと思うが」
「そうかもしれないな」
ここで、小屋の扉が開いた。注視すると、中からソフィアの姿が。
「彼女もまだまだ動けそうだな」
近づいてくる彼女に、俺は問い掛ける。
「どうした?」
「いえ、目が開いてしまい外に出ただけです。何の話を?」
「ルオン殿がどこまで強くなるべきなのか、という話だ」
――その話題について、ソフィアも興味を持ったのか、視線を注ぐ。
「強く、ですか」
「興味、あるのか?」
「……私がルオン様に言及できることはないような気はしますけど」
彼女に色々教えたのは俺だからな。そう思うのも無理はない。
「何か案があるなら言ってくれ」
こちらが言うと、突如ソフィアは肩を震わせた。
「あ、えっと、そうですね」
「何で緊張しているんだ?」
「いえ、私が語ってよいものなのか……」
「構わないよ」
俺の言葉にソフィアは少し躊躇した後、
「……強大な存在と戦う以上、できる限り力を結集させるべきだと思います。今回の戦いのように」
「ああ」
「ならばどうするべきかと考えたのですが……荒唐無稽かもしれませんが、精霊や竜といった力を融合させるべきなのかなと思います。それによって、相乗効果を得られる可能性もありますから。ただ、手法については思い浮かびませんが……」
融合、か。俺はゲームのことを思い出す。
「……物語の中で、地底に存在していた者と戦った話が存在する」
「ほう、当然物語である以上はハッピーエンドだったのだろう?」
「主人公の勝利だったよ。ただ、そこに至るためには困難な道のりだったし、多くの力を手にしなければならなかった」
「どんな力を得たのだ?」
「世界に存在していた多種多様な武具――天使の防具や精霊の武器といった物。それらを集め、最後の敵を倒した」
「私が語ったのと、同じようなことですか?」
ソフィアの質問に、俺は首を横に振った。
「力を融合したわけじゃない。あくまで精霊や天使の武具を集め、それを活用したという表現が合っているかな」
「それでは、不十分だと?」
今度はシャスタが問う。俺はしばし考え、
「どうだろう……けど、一度戦ってみて、足りないようにも思える」
「ならば、どうする?」
「……ソフィアの融合というのは、有効な手立てかもしれない。ただし、それをやるにはいくつも壁が存在する」
「力を混ぜ合わせるのは大変でしょうからね……」
ソフィアの言葉に、俺は同意した後、さらに続ける。
「方法についてはこの戦いが終わってからだな。けど、やるのならば生半可な方法じゃない。それこそ相反する力さえも、融合しなければならない」
「相反する力、ですか?」
「物語の主人公は、魔族の力さえも活用した」
俺の言葉にソフィアは息をのむ。
「あらゆる力というのは、そういうことさ。人間、精霊、竜、天使に魔族……世界に存在するありとあらゆる力の融合」
「果てしなく高い壁だな」
シャスタの意見。俺は同意しながらも、笑みを見せた。
「けど、やりがいはありそうだな……もっとも、まずはネフメイザの野望を止めないと」
「うむ、それについてだが……明日以降はどうする?」
「ユスカとカトラのことを見てくれるのなら、俺は迷宮へ向かおうと思う」
「そうか……竜精でありながら天使の力が混じった存在だ。もしかすると、ルオン殿の目標のヒントになるかもしれないな」
「かもしれないな」
俺は夜空を見上げる。澄みきった空にはたくさんの星が見え、少なからず感動を与える。
「私も、できる限りお手伝いします」
最後にソフィアが述べる。俺は「ありがとう」と言葉を交わし……やがて、就寝した。




