暴走する存在
リチャルの飛竜を利用し、一気に目的地へ向かう。ちなみに彼については――
「ルオンさん達ならどれだけ長くとも一日くらいで決着がつくだろ? なら、最寄りの町で待機することにするさ」
「大丈夫か?」
「いくらネフメイザが時を巻き戻しても、把握している情報と把握していない情報があるだろ。さすがに俺のことまで精査に調べるようなことはしないだろうし、隠れていれば問題ないさ」
……まあ、ここはリチャルの言う通りか。
「念の為、連絡をとれるように使い魔は近くに控えさせておくよ。何かあったら俺に」
「ああ」
「お気をつけて」
ソフィアが言う。リチャルが「無論」と返答した時、いよいよ目的地へ近づく。
「ルオンさん、どこに下ろせばいい?」
「麓近くでいいよ。あと、侯爵の情報ではまだ騎士達が山脈に移動したって話はないし、敵を警戒する必要はない」
使い魔で周囲を探しても異常はないし、ここは問題ないだろう。残る問題は暴走する竜人について。
仮に竜魔石を含んだ武器しか通用しなくとも、今の俺達にはそれがある。さらにソフィアの方は切り札さえ使える。どれだけ強かろうともさすがに魔王やその側近クラスではないだろう――
『ふむ、魔力がざわついているな』
ガルクが言う。どうやら目的地が近いらしい。
やがて飛竜が地上に。俺は周囲を見回しながら下りる。森と山の境で、地面は砂利。
「ルオンさん、迎えはどうする?」
「最寄りの町までそう遠くない。竜魔石を手に入れたら、俺達がそっちに向かうさ」
「わかった。武運を祈っている」
飛竜が飛び去る。俺はそれを見送った後、ソフィアに言った。
「それじゃあ、行くか」
「はい」
力強い返事と共に――山へと歩み始める。その直後に俺はレスベイルを出現させる。魔力分析を行い、暴走する竜人とやらを見つけようとしたのだが、
「……感じますね、魔力」
「ああ」
レスベイルが調査を始める前に、魔力を捕捉できた……というより、麓にいる時点で竜人の気配がすると言った方が正しい。
これは相手の方が気配を隠す気が無いということなのだろう。加え、周囲に魔力を発することで人を近寄らせないようにする……といった感じか。
「相手を見つけたら容赦のない一撃で仕留められるからいいんだが……」
エクゾンから教えてもらった情報を思い出す。竜魔石のありかについてはある程度推察できている。しかし、確定というわけではない。
つまり、竜人をうっかり成敗すると俺達には竜魔石の場所がわからなくなる可能性がある。
「……こちらに向かっているという敵側の騎士ですが」
ふいにソフィアが話し出す。
「勝算があるのでしょうか?」
「前の遺跡で天使と戦っただろう?」
「はい」
「その場にいた騎士は天使の攻撃に耐えられず瞬殺だったわけだが……今回の暴走する竜人は天使よりは下なんじゃないかと思うし、これだけ魔力を拡散している以上、調査もできる。対策くらいはしているってことだろう」
……まあ、これは騎士達が本気で竜人と戦う気でいる場合の話。今回騎士が動いているにしても、ネフメイザが本気で竜人から竜魔石を手に入れようとしている気配が薄い。ここの場所は面倒な障害もあるし、放置したというのが正解だろうか。あるいは――
「それに、戦わずして、という可能性もあるな」
「なるほど、竜魔石だけ掠め取ると」
「どちらにせよ、帝国側に奪われるのは絶対に避けたいが――」
そう言い掛けた矢先、声――の、ようなものが聞こえた。ような、と表現したのは正直なところ、それが声だと形容するのが微妙だったから。言ってみれば、カラスの鳴き声をもっと高音にしたような感じ。
「もし遭遇して、戦う場合どうしますか?」
「侯爵の話を基にすれば、問題の竜人は竜魔石の力を利用している。二十年もの間、力を吸い続ければさすがに竜魔石だって影も形もなくなるだろうから、この場合は竜魔石の影響を受けて体が活性化するとか、そういうことだろう。ともかく、もし負傷したならその力を得るべく戻るはずだ」
「まずは手傷を負わせると」
俺が頷いた時、またも声。先ほどよりも近い。
「思ったよりも早く、戦闘になりそうだな」
こっちが接近しているから、相手も呼応して動いている様子。これ以上進めば、確実に相手が向かってくるだろう。
しばし、砂をかむ音だけが周囲に響く。いつきてもいいように剣を携えているのだが、気配が徐々に近づくにつれ剣を握り締める手にも力が入る。
どう相対し、どう応じるか……俺の能力から考えれば深く考える必要がないと断じられればそれまでだが、山から放たれる粘っこいと表現できる気配……これが、何か不安にさせる。
その時、視界に奇妙なものが入った。人……いや、少し違う――
「あれ、ですか?」
ソフィアが言う。視線に入ったのは、人の形をしたものであるのは間違いない。
だが、その見た目は人とは明らかに違う。全身を気味悪い程の緑色をした鱗で固めたその姿は、性質の悪いホラー映画を想起させるくらいに異形だった。
全身を守る物としては、ボロボロの鎧……とはいえ、機能を果たすとは到底思えなかった。両腕には何も持っていないが、手から伸びる爪は指ほどの長さがあり、心臓に突き刺さるくらいに鋭利だった。
異様な風体。それに加え、感じられる魔力もまた、異様。
「……魔王と戦ってきた身だから、異形と呼ばれる存在は見慣れてはいるけどさ」
俺は目前に存在する――竜人に向けるように声を発する。
「にしても、その気配は異様だな」
雄叫びが上がる。最早理性など消え、本能だけで動いているのは間違いない。こういった存在が山を陣取っているならそれはもう、近寄らない一択だろう。
「どうしますか?」
ソフィアが問う。俺は剣を握り直すと、
「俺が前に出る。ソフィアが奴に手傷を負わせられるような魔法を頼む」
「わかりました」
「魔法を使用する際の魔力収束方法については、大丈夫か?」
「道中で多少なりとも検証したので、問題ありません」
「なら、頼む」
言葉と同時、竜人が動く。所作は、一歩足を踏み出した――ように見えた。
刹那、俺は両腕に力を込めた。次の瞬間竜人が消えるように動き、俺の目の前に出現する。
「身体能力を大幅に向上させたのか」
爪がかざされる。狙いは俺の胸元か。
剣と爪が交錯する。金属が打ち鳴らすような音が聞こえ、爪の硬度が相当なものであると認識する。
背後にいるソフィアが狙われることは避けたい。警戒する必要があるため、全神経を目の前の敵に集中させる。
来る――そう判断した直後、またも竜人が動く。右手を用い、すくい上げるような一撃。俺は即座に剣で弾き、さらにやってきた左の爪も弾いた。
僅かな時間、耳をつんざく轟音を鳴らしながら剣と爪が乱舞する。帝国側の騎士レベルでも知覚するのが難しいかもしれない速度の応酬。だが、俺ならば応じられる。さらに、背後にいるソフィアならば、捉えられる――!
「大いなる雷よ!」
直後、ソフィアの魔法が発動した。魔力を感じたと同時、俺は体を傾ける。
文言から使用したのは雷属性中級魔法『ライトニング』。閃光が俺の背後から突き進み、竜人をしかと撃った。
途端、悲鳴にも似た声が竜人の口から迸る。耳をふさぎたくなるような音量だが、俺は堪え追撃を仕掛けるべく足を前に出す。
しかし、それよりも先に竜人が動いた。一気に後退し距離を取る。魔法が思ったよりも効いたのか、俺達を警戒した様子。
そして、視界から失せた。単純に考えれば負傷したことによる退却だが、演技するくらいの理性が残っているならば、罠か。
とはいえ、ここで逃がすのはまずい。
「追うぞ」
「はい」
ソフィアの返事と共に、竜人を追い始めた。




