皇帝候補
「やり方としては大きく二つ。一つ目が、一回目に時を巻き戻した時間とほぼ同じ時に魔法を使用すること。これについては多少の魔力が必要なこと以外、他に条件が必要ない」
そこまで言ったリチャルは、一拍置いてさらに続ける。
「一度目、相応の魔力が必要なんだが、二回目以降は同一時刻前後であれば多少の余力があれば魔法を使用できる」
「なるほど……けど、疑問が一つ」
俺はゲームの流れを思い出しつつ、語る。
「物語は数ヶ月くらいの長さしかなかった。そしてシェルジア大陸の戦いと同時並行であったことを考えれば、その時期はとっくに過ぎていると思う」
「この場合、物語のようにネフメイザが死ななかったと考えるべきだろう」
口を開いたのは、エクゾン。
「魔王との戦いにおいても予定外の出来事があったことから考えれば、この大陸の戦いにおいてネフメイザを取り逃がした、と考える方が自然だろう」
「なるほど……確かに」
「それに、物語の筋道通りに戦いが推移したのであれば、ネフメイザは時空魔法など習得する暇などなかったはずだ。命からがら逃げ、挽回するべくどこかで魔法を習得した、と考える方が自然だ」
エクゾンの言う通りか。リチャルは賛同するのか大きく頷き、続ける。
「二つ目は、多量の瘴気があった場合」
「瘴気?」
「この魔法に関する書物を手に入れたのは偶然だが、どうやらこれは魔族が開発したものを人間用に改良したものらしい。とはいえ手法自体はそれほど変わっていないため、瘴気が必要だ」
そこまで言うと、リチャルは頭をかく。
「俺の場合は地力で魔物を生み出せたため、それを解明することができた……ここで侯爵に質問だ。竜人というのは、瘴気を生み出す術はあるのか?」
「無いな。魔物をかき集めればどうにかなるかもしれないが……瘴気がないことから、ネフメイザはその事実を知らないかもしれないぞ」
――リチャルの言葉により断定することはできないが、ネフメイザが現時点で戻れないという可能性はありそうだ。
「リチャル君の話はわかった。同一の魔法かはわからないが、私もネフメイザが制約によりすぐにやり直せないという意見に賛同する。無論、だからといってやりたい放題やるというわけではない。残る二人の侯爵を味方に引き入れる場合は、水面下で話をすることにしよう」
俺はそれに同意し頷く――と、ここでエクゾンはこちらに視線を向けた。
「話が変わるのだが……皇帝候補についてだ。先ほどその詳細を話さなかったのには何か理由があるのか?」
……単にアベルが処理しきれないだろうなと思っただけで深い意味はない。
「いや、核心に迫る情報だから、いったん頭の中を整理してもらった後、話すつもりだった」
「そうか」
エクゾンは間を置いた。しばし部屋の中に静寂が流れる。
「……あの少女がそうなのか?」
「ああ」
アベルも神妙な顔つきでこちらに視線を向ける。俺が連れていた以上、事情があるものだと思っていたようで、さして驚いてはいない。
もっとも、びっくりするのはここからだ。
「ルオン君、これは私の推測だが……君が同行を頼んだカトラ君もそうなのではないか?」
「正解だ」
「何っ!?」
これにはアベルも驚いたらしい。
「ただ、彼女についてはノーマークだったことを考えると、今まで皇帝候補には上がらなかったのかもしれない」
「ならば候補最優先となるのはあの少女……ロミルダ君なのか」
「いや、それ以上に別の候補がいる」
俺の言葉にエクゾンとアベルは誰なのかと注目する……話の流れで言ってしまったが……まあいずれわかることだし、いいか。
俺はアベルに視線を向ける。最初彼は見返されて首を傾げたのだが――
「……え?」
間の抜けた声だった。まあそうなっちゃうよな。
というか、突然「あなたが皇帝候補です」などと言われた日には驚くしかない。なおかつ、この場にいる誰もが一番皇帝となるべきだろと思う人物。結果、
「なるほど、これは面白い」
口元に手を当てながらエクゾンは言う。隠しているが、口の端を歪め笑っているのが俺にもわかった。
「少女に皇帝を任せるより、アベル君がなるべきだろうな」
「ちょ、ちょっと待ってくれ」
「アベル君は少し頭の中を整理したまえ……ルオン君、そういうことならば私は彼が皇帝となれるよう動こう」
なんか、嬉々とした表情。ただわからなくもない。ここで彼を皇帝にすることができれば、侯爵として色々と話を通しやすくなるのは明白だろうし。
「むしろ、この方が話もわかりやすくていいな。私達がやることは決まった。大別して三つだ」
「三つ?」
「うむ。一つはアベル君が皇帝となるための下地作り……無論、彼が皇帝候補であるという事実は、戦いの中で自然と示す必要があるだろう。二つ目は、戦いをこちらの勝利で終わらせるための工作活動。侯爵を味方に引き入れることや、騎士団を寝返らせるといったことだな」
「そして三つ目は、この戦いを繰り返すネフメイザの対策、か」
「うむ。この三つをやり遂げれば、自然と私達の勝利となるだろう」
「簡単に言うけどさ……」
俺は腕組みをしつつ、侯爵に言う。
「アベルさんの知名度を上げる、というのは侯爵の力があればどうにでもなるだろ。そこは俺も同意する」
「ああ」
「だが、問題が一つ。期限がある」
「リチャル君の仮定に基づいた場合、相手に魔法を使われる前に片付けたいというわけだな」
「ああ。人造竜の完成まで二ヶ月と言っていた。だとするなら、それまでに決着をつける必要があると思う」
「そこが期限だと考えているわけだな……私としても人造竜などという無茶苦茶な兵器が活動されるのは勘弁願いたい。被害を考えると頭が痛くなるからな」
「それまでに、さっき言ったことはできるのか?」
「しなければならないということだろう」
――今回は、魔王との戦いと比べても急ぐ必要がありそうだ。
ただし、行動方針が既に決まっているし、前のようにあちこち飛び回る必要はない……のか? どちらが楽かと言われると微妙なところだが。
「時間は惜しいが、武器については数日時間が掛かるのは確かだ。それが完成するまで、どうする?」
「侯爵の説得については武器完成以後の方がいいだろ」
「だろうな。こちらの味方を増やすためにはかなりの労力が必要だが……まあ、シュオンと協力すれば十分なんとかなるだろう。問題はネフメイザの対策だ」
「どうやって時空魔法を防ぎ、彼を倒すか、だな」
「何か案はあるのか?」
視線が俺へ集まる。ソフィアやリチャルも考えているようだが、意見を聞きたいようだ。
エクゾンは答えを待つ構え。加え、アベルについてはまだ整理ができていないのか頭をかきつつ思考している。
そうした中で、俺は口を開く。
「リチャル、奴が魔法を使える状態になった場合、防ぐことはできないのか? この世界に奴がいる以上、俺達も食い止めるのに失敗しているということになるわけだが」
「俺の時は一度魔法を使ったら魔力が減る以外の制約はなかったな」
「例えば……奴の魔法が発動した場合、それを強制的に解除はできないか?」
「手段があるかどうかは調べてみないとわからない」
「わかった。ならリチャルは魔法を調べることに注力してくれ」
「私は?」
ソフィアの言葉。俺は彼女に視線を向け、
「俺と共に活動だな。ネフメイザを取り逃がさないように、あらゆる状況を想定し対応する」
「口で言うのは簡単だが、非常に難しいな」
エクゾンの言葉。俺はそれに心の中で同意しつつ――言った。
「リチャルが魔法について調べ……俺は、俺の考え得る方法でネフメイザの魔法を止めるべく、動くことにするさ」




