違和感
ロミルダが動けるようなので、俺達はひたすら帝都から離れるべく移動を行う――この間に敵に襲撃されれば厄介なことになるのだが……結果として、それは杞憂に終わった。
まず、夜明け前の段階で敵も事態に気付いた。だが帝都の中を探すだけで、外にまで来ることはなかった。ネフメイザとしては俺がやったことだと気付いてもおかしくないが……結局、追討されることはなかった。
拍子抜けするくらいの結果であるのは間違いない――が、ここで俺は考える。ネフメイザは何度も時を巻き戻している。どのように立ち回ればいいかは多少なりとも心得ているはず。ならば、俺が帝都に潜入しこうして二人を連れ帰ったこと……それも想定の内なのではないか。
色々思考しつつ、先へと進み――夜が明けた段階でロミルダの体力も限界となり、森の中で休むことにした。
その間にリチャルが急ピッチで生み出した飛竜がやって来た。俺はロミルダと眠ったままのユスカを連れ――その日の夜にはエクゾンの屋敷に到着した。
「大丈夫ですか、ルオン様」
「ああ、落ち着いたよ」
屋敷でとりあえず風呂に入って一息ついた後、部屋にソフィアがやって来た。ロミルダだけならまだしもユスカを連れてきたことに、結構驚いていた。
「当初の目的は達成……ユスカも連れてきたから成果としてはかなり良かったな」
「ネフメイザの目論見を一つ、防いだということでいいのでしょうか?」
質問に、俺はまず沈黙した。
「どうだろうな……というより、違和感がある」
「違和感?」
『それは同感だ』
ガルクが出現。肩ではなく近くにあったテーブルの上に出現。
『帝都の出来事を振り返ってみたのだが……何か、上手くいきすぎたような気もする』
「俺も同じ意見だよ。仮にネフメイザが俺が気配を消す魔法を使えると知らなかったとしても、なんだか警戒が薄い気がした」
「警戒、ですか?」
「騎士が夜間警備している点については不自然なところはないよ。ただ、城門……あそこの警備が杜撰な気がしたんだ」
俺が帝都内で色々動くことは想定していてもおかしくない、と思った。よって、出した結論はこうだ。
「ネフメイザは、俺が潜入する前提で動いているのかもしれないな」
「前提で、ですか?」
ソフィアは目を丸くする。
「となると、さらに備えがあるということですか?」
「その可能性もあるし、色々な可能性が考えられる」
時を巻き戻すネフメイザは、それこそ数えきれないくらい繰り返している。それだけやり直しても俺に勝てていないということを表しているのかもしれないが……だからといって甘く見るわけにもいかない。
「ともあれ、侯爵に事情を説明する必要があるから、とりあえず今後どう動くかは相談ということで――」
ノックの音。呼び掛けると侍女が現れた。
「侯爵がお呼びです」
「早速か」
「私も行きます」
ソフィアと共に部屋を出る。廊下を歩きエクゾンが待つ部屋に入ると……既に彼とアベルがいた。
「話をする前に、いくつか報告がある」
俺達がソファに座る間に、エクゾンは話し始める。
「まず少女についてだが、現在は侍女に任せてある。特段変わった行動はしないので、こちらについては問題はなさそうだ」
「そうか」
「続いて騎士の方だが、診断したところによると何かしら魔法が掛けられていた。洗脳魔法の類かと思ったが、どのようなものかは解析できなかった」
「その魔法は今どうなっている?」
「解析はできなかったが除去魔法で消すことはできたよ。カトラ君が現在は見ている状況であり、目覚めてからどうするかは要相談だな」
と、ここでエクゾンは笑みを見せる。
「では本題だ。ルオン君、知っていることを話してくれ」
――俺は一度大きく息を吐き、調子を整える。
「わかった。しかし、信じられない点もあると思うが」
「そこは私が判断する。まあ君の強さを勘案すれば、相当無茶な人生を送ってきたのだと想像できる」
俺は苦笑しつつ……話をする前に侯爵へ述べた。
「ただ、仲間であるリチャルをここに呼びたい。実を言うと、今回の話については彼の情報も非常に重要だから――」
まず魔王との戦いから始める必要があると思い、俺の生い立ちから語った。話としては結構長かったし、幾度となく質問があったので、最終的に話し終えるまでに一時間程度掛かった。
「……と、こう説明しても信じられないかもしれないが」
「いや、私としては興味深い話だし、なおかつネフメイザが二人いるという事実が現状の危うさを確信させる」
エクゾンとしては俺の言葉を信じる構え。ただ、アベルはやはり混乱している。
「……正直、処理できる限界を超えているんだが」
――この時点で皇帝候補について話はしたが、まだアベルがそうだとは言っていない。配慮してのことだが、この事実を告げたらさすがに頭がパンクしそうだな。
「ルオン君、いくつか質問がある」
「どうぞ」
「ネフメイザ……二人いるんだったな。この世界本来の彼について目的は物語通りと考えていいのか?」
「おそらくは」
「ならば戦いを繰り返すネフメイザの方は?」
「何かやろうとしている様子ではあったが、詳細はつかめていない」
「どうとでも解釈できるわけか」
「ああ。とはいえこの戦いに勝とうとしているのは間違いない。人造竜なんてものを作る以上、そこは間違いないと思う」
そこまで述べた後、エクゾンは視線をソフィアに移した。
「事情はわかった。私としても大陸が違うとはいえ、王族と関わりを持てる以上、それなりにメリットもあるな」
「ありがとうございます」
丁寧に応じるソフィア。ひとまず円滑に話は進みそうだ。
「いいだろう。色々と疑問はあるが目先のことを片付けていった方がいいな。まずは君達が使用できる武器の確保だ」
「はい」
「続いて、ネフメイザの魔法対策か……しかし、何周したかわからんが、ネフメイザはこの時点でルオン君と戦い続け負けているわけだな」
「そういうことになる」
「だが、ここにいるということはルオン君もネフメイザを取り逃がしているのではないか?」
――たぶん、そういうことだ。つまり、生半可なやり方では通用しない。
「そこについてはしっかり対応しなければならないだろう。我々の世界においては彼が逃げればそれで終わりだが、ルオン君は納得しないようだからな」
「ああ、確かに」
「やり方は?」
問われ、俺はリチャルに首を向ける。
「何か考えはあるか?」
「今まで逃げられている、というのが引っ掛かるな」
――果たしてどう対策すればいいのか。この点が戦いにおける一番重要かつ、難易度の高い部分になるだろう。
「皇帝との戦いについては、どう動く?」
エクゾンの質問に、俺は視線を戻し答える。
「重要なのは皇帝候補について。彼らの存在が知れ渡れば物語上、政治的な意味合いで混乱は出なかったから、そこは上手くやりたい」
「私やシュオンがフォローを入れればいいだろう……残る二人の侯爵も味方に引き入れることができれば盤石となる」
「ならまず外堀を埋める……ただ、現状より状況が不利になればネフメイザが時を巻き戻すかもしれない」
「魔法の使用条件がわからないことには判断できないな」
と、ここでリチャルが手を挙げた。
「現時点で、その魔法が使われる可能性は低いと思う」
「リチャル、根拠は?」
「時空魔法は、魔力が潤沢だからできるというわけじゃない。俺の魔法と同じだと仮定した場合、いくらかやり方があるんだが、それを満たしていないということなんだろう。俺が知っていることについて話そう」
そう前置きをして――リチャルは話を始めた。




