首謀者の会話
「ここから完成までにはどの程度の時間が必要だ?」
魔法を使って隠れる俺の近くで淡々と会話を進めるネフメイザと研究者。見た感じ仕事が終わった後で、地下室の状況を確認しにきた、といったところか。
「はい、最低でも……数ヶ月から半年はかかるかと」
「増員すれば短縮できるか?」
「増員、ですか」
「人員を倍にすればどうだ?」
――ずいぶんと性急だな。
「倍、ですか?」
「単純に人数を倍にすれば半分に短縮されるといったものではないのか?」
「あ、いえ……作業の中で特に必要な部分は終わっていますし、後は搭載する魔力の注入作業が多くを占めます。人数がいた方が効率が上がるのは確かです」
「その場合、どれくらいだ?」
問い掛けに、研究者は一考し、
「倍となると……半分にはできるかと――」
「ならば三倍にする。二月で仕上げろ」
その言葉、研究員にとって寝耳に水らしかった。
「ふ、二月ですか!?」
「陛下はこの兵器の完成を急がれている。半年などと言われては、どんな仕打ちが待っているか」
研究員の顔が引きつる。竜の兵器は皇帝の指示、という形らしい。ここは当然か。
「わ、わかりました。増員すれば作業自体は短縮されますし、二ヶ月で……」
「頼むぞ」
言葉に研究員は一礼し、この場を立ち去る。だがネフメイザは動かない。
兵器を見据え、何事か考えている。一体何が――
「ひとまず、戦いの中でお披露目することはできそうだな」
兵器のある場所から声が。それはネフメイザと同じような声音。
驚きながら俺は音を立てないように下を窺う。そこにいたのは――
「研究員にお前の姿を見られると厄介だ。気を付けろよ」
「わかっているさ」
――もう一人のネフメイザ。白いローブを着ている以外、体格も顔立ちも一緒。
だが、大きく違う点が一つ。明らかに下にいるネフメイザの方が年齢を重ねている。
ここで俺は彼を凝視した。本来ネフメイザの年齢は四十前後。その中で下にいる隠れていたネフメイザは、明らかに年齢を重ねている。
つまりそれは、年齢が上がるだけ時空系魔法を行使しているという意味合いになる。
――そういえばリチャルは何周も重ねた後、俺が現れたと言っていた。ネフメイザも繰り返しているとしたらいつしか俺が現れるようになった……ということなのだろうか。謎が深まるばかりだが、これについてはネフメイザに直接問い質さないといけないため、解明は無理か。
『どうやら、相当な回数時を巻き戻したようだな』
同じことを思ったらしいガルクが呟く。俺は小さく頷きながら、会話に耳を傾ける。
「お前の指示には従っている……が、この世界において私が本物だ。立場を譲る気はないぞ」
「そんなことはわかっている。私の目的は一つだけだ。それさえ果たせば他は何もいらん」
――よくよく観察すれば、上のネフメイザに比べ下のネフメイザは明らかに魔力が高い。それはつまり、下の方は竜魔石の力を取り込んでいるということになる。
おそらく減った魔力を補った結果……確かに時を巻き戻せる回数も多くなるだろう。あとゲームにおける『エデン・オブ・ドラゴンズ』の戦いの期間は数ヶ月程度だったはず。それを年単位で繰り返しているとなると……どれほどの回数経験しているのか。
「予想以上に、厄介な敵ということか……」
「それでは、私は戻る。注意しておけ」
上のネフメイザは一方的に告げると去っていく。そして取り残されたもう一人のネフメイザは、「やれやれ」と呟いた後部屋に入り姿を消した。
『次はどうする?』
ガルクが問う。少しばかり時空魔法を使ったネフメイザを観察してみたいが……情報はさすがに得られないか。
いや、待てよ。こうして隠れているのならば、魔法を使うネフメイザを倒せばそれで終わるのか。本来のネフメイザは城にいる以上、彼を倒しても何も影響はないはず。
この世界本来の彼を倒すのは帝国が混乱するためまずい。しかし公にされていない時を巻き戻す奴ならば、倒しても問題はないか?
あるいは、目の前の人造竜を破壊するか……色々考えながら、俺は下へ向かおうとした。だが、
『待て、ルオン殿』
ガルクが呼び止めた。
『何をするつもりかおおよそわかっているが、それは難しいようだぞ』
「難しい? 何故だ?」
『ネフメイザが入っていった部屋があるだろう。その扉から竜魔石の魔力を感じる』
……ということはあれか? もしかして今の俺では扉を破壊することもできないということか?
『もっとも派手にやれば出てくる可能性はあるだろう。どうする?』
――ここで暴れても、仲間達にさしたる影響はないだろう。というか、そもそもエクゾンは反旗を翻しているわけだし。
「……いや、リスクもあるか」
仮にここで無茶をした場合、予想される城の判断としては「反乱組織によるテロ活動」といったところだろう。ネフメイザならばどれだけ悪逆非道なことを成したかでっちあげることは難しくないわけで……いくら民衆が皇帝に愛想を尽かしているとはいえ、このやり方に納得する者は少ないかもしれない。
第一、その標的が研究所――つまり、支持者の多いネフメイザが対象。下手するとアベル達に支持が集まらなくなる可能性もあるか?
「ゲームでも、皇帝の側近であるネフメイザとは話し合うべきだ、なんて言われていたからな……その彼が狙われたとあっては、まずいことになるか」
『ならば、何もしないでここを去ると?』
「情報は手に入れたし、今日はこのくらいにすべきか……?」
ネフメイザを狙うような形にすること自体、リスクがある……あくまで俺達は「皇帝を打倒しようとしている」というスタンスでいかなければならない。アベル達のことを考えれば、今は回避するべきか。それに――
「……時を巻き戻すネフメイザが対策している可能性もあるよな」
『確かに、そうだな』
俺の言葉にガルクは頷いた。
『時空系魔法が何らかの理由で使えないにしろ、逃亡手段くらいは持っているだろう。身の危険を感じたならば生き残ることができるよう備えがあるとみていいだろう。ルオン殿の力を理解しているのならばなおさらだ』
「……仮に魔法で部屋を無茶苦茶にすれば、その時点でネフメイザは逃げるだろうな」
奴を逃がしたくはないし……。
「けど、やっぱり妨害くらいはしといた方がいいのかな」
適当に資料を持ち去るくらいなら――その時だった。
使い魔からの報告。少女――ロミルダらしき人物を、とうとう見つけた。
「ガルク、ロミルダを見つけた」
『本当か?』
「使い魔の報告だ。ああ、けど断定したことは言えないか。人違いの可能性だってあるが……確認を急いだ方がいいな」
資料奪取は断念し、研究所を出る。まだ門は開いたままだったので、そのまま抜ける。
『見つけたら保護して侯爵のところへ?』
「そのつもりでいる。ただまあ、説得はしないとおとなしく同行してはくれないよな」
どうするかな……考える間にいよいよ少女に近づく。
だが、
「――おい、ちょっと待て」
思わず呟いた。使い魔からさらに報告。彼女の所に騎士が近寄っている。
「見つかったのか……いや、もしかして捕り物をしていたのか?」
どちらにせよ、助けなければまずい。
俺はさらに歩を歩め、路地裏に到達する。暗がりで非常に見えにくいが、間違いなくロミルダがいた。
背丈は俺の胸と小柄。赤い髪はセミロングで癖があるのか多少なりともまとまっている。年齢は十三、四といったところだろうか。
そして彼女に対峙する騎士が二人。俺の目からは背中を見せているためどんな人物かはわからないのだが……その時、
「君を保護しにきた。抵抗はしないでもらいたい」
男性の声。俺は気配隠しを継続しつつ彼らの横をすり抜け回り込み――その人物を捉える。
同時に驚愕した。これは巡り合わせなのか――騎士のうち一人は、ゲームの主人公であるユスカだった。




