破壊の力
神速、とでも言うべき斬撃が俺へ飛来する。刀身に魔力がしっかりと乗り、その一撃は屋敷を両断する能力を兼ね備えていると断ずることができる。
まともに当たれば、剣ごと人間の体を真っ二つにできるだろう。ゲームの中においてもその攻撃力は健在で、シュオンは『エデン・オブ・ドラゴンズ』のシナリオにおいて障害となっていたボスだった。その攻撃力からイベント戦だと勘違いして全滅、ゲームオーバー画面が出てビックリした、なんて話が攻略掲示板でもよく上がっていた。
その剣戟が、真正面から――しかし、
「ふっ!」
僅かな呼吸と共に、魔力を刀身に注ぎ対抗する。双方の剣が激突。剣が軋む音を立てたが――
「何?」
シュオンは驚いた。真正面から受けた俺の刃。ヒビすら入ることのない状況に、彼は目を見張った。
「その魔力……只者ではないのか」
次いで目を細めシュオンは魔力に言及する。
「その力によって、エクゾンも寝返ったというわけか」
「他にも理由はあるが」
と、エクゾン。シュオンは彼を見返し、
「ならば、剣士もしっかりと片付けなければならないな」
――さて、ここからどうするか。
魔力の刃はスルーすればそれだけで屋敷を破壊しつくす。エクゾンが屋敷について頓着ないと言っている以上、暴れてもよさそうだが……屋敷内には人もいるし、できるだけ拡散しないようにするべきだろう。
なら、俺にできることは……考える間にシュオンが動く。
「失せろ」
言葉と共に放たれた斬撃も、先ほどと同様魔力の刃が宿っている。もし避けたら俺の後方――扉を貫通して廊下にまで被害が及ぶだろう。
いや、そればかりじゃない。本気を出したシュオンの一撃は、屋敷の構造物を全て貫通して外に――そう思った直後、体が動く。
刀身に魔力を注いで相手の剣と激突する。魔力が僅かに拡散したが、射出されず俺の剣戟によって威力を殺した。
「面白い……が、その魂胆がありありとわかるぞ」
シュオンは笑う――刹那、エクゾンが動いた。
さすがに室内ということで竜への変化はしない様子。その力を右腕に収束させ、拳でシュオンの体を撃ち抜くような構えを見せた。
当然相手は反応するが、俺が剣でその動きを制限する。苛立つシュオン。そこに、エクゾンの拳が放たれた。
「ちっ」
僅かな舌打ちと共に後退し、回避。そうしたシュオンに対し、エクゾンはなおも前進する。
俺もまたその動きに追随。シュオンは咄嗟にエクゾンに狙いを定め剣を放ち――そこに、俺の援護が入った。
ギィン――と、金属音が鳴り響く。単なる剣と拳の応酬で、見た目は非常に地味。だが一歩間違えればシュオンの剣は周囲を破壊する。
シュオンは俺とエクゾンを交互に見据え……埒が明かないと悟ったか、さらに大きく後退しようとした。
だがエクゾンはそれになおも追随。ここで仕留めなければまずいという判断だろう。それは俺も同感であり、一気に踏み込む。
その時だった。
「――侯爵!?」
後方から扉が開け放たれる音。声は聞き覚えがないが、男性の声。おそらく、屋敷内にいる兵士。
まさか、と思ったが……よくよく考えれば、最初の一撃で轟音が鳴り響いていた。ソフィア達が動いていないのは間違いなく、俺やエクゾンならば大丈夫だという肚で事の推移を見守る構えなのだろう。
しかし、屋敷内にいる兵士は違う。
「伏せろ!」
咄嗟にエクゾンから声が漏れた。同時、一瞬の隙を突いたシュオンが剣を振りかぶる。
俺は即応し、相殺すべく剣を振ろうとした……が、ここで直感する。
先ほどシュオンは俺の能力をある程度察していた……となれば、相殺しようとしても何か仕掛けてくるのではないか?
そうなれば当然、エクゾンにもダメージが……そう思った瞬間、体が勝手に動いた。
シュオンの剣が放たれる。兵士はエクゾンの指示を受け反射的に屈んだ。次いで俺は警告を発したことで一歩対応が遅れたエクゾンの肩を引っ掴み、無理矢理伏せさせた。同時に彼をかばうような体勢に入る。
刹那、シュオンの剣先から衝撃波が生まれ、壁面などを抉るような重い音が鳴り響く。魔力の刃はどうやら上方向に拡散し、屋敷にしかとダメージを与えたらしかった。
その結果――俺は頭上を見上げた。
「……さすがだな」
部屋の天井がまるで吹き飛んだかのように――最上階に位置するこの部屋の上部が綺麗に消え、青空が見えた。
切断するのではなく、わざと拡散させてズタズタにしたらしい。さらに兵士が立っていた廊下――その背面の壁も人間の体で言うところの上半身から上は粉砕され、綺麗な外の景色が見えた。
ついでに言えば、壁が破壊され隣の部屋が見えていた。調度品の類も見事に破壊され、書棚らしき物の上半分が綺麗に消失。そして天井を構成していた破片が、俺達の周囲にパラパラと落ちてくる。
エクゾンの警告は正解だった。もし咄嗟の判断で兵士が伏せなかったら、今頃物言わぬ体となっていただろう。
「……さすがに、やり過ぎだな」
エクゾンが言う。怒りとも警戒ともつかない微妙な声。
「畏怖している、というわけではないが、改めてお前の力を見ると心底面倒だと思うよ」
「私も同じように思っているさ」
肩をすくめるシュオン。
「今のは失敗だったな。この部屋全体を破壊するような攻撃にする必要があった。とはいえ――」
俺へ視線を投げる。
「君がもしかしたら、防いでいたかもしれないな」
「どうかな」
剣を構える。今の攻撃で屋敷に相当被害が出た。犠牲者が出ていなければいいが。
「エクゾン侯爵、今のは失敗だったが……作戦通りいこう」
「わかった」
頷くエクゾン。それと同時、俺は走り出した。
シュオンへ真っ直ぐ向かう。接近戦に持ち込めば、先ほどのような魔力を拡散させるようなやり方はしにくくなるはず。俺が食い止める間に、一気に決着を――そう思った矢先だった。
「……仕方がない」
何事かシュオンが呟いた。さらに手を打ってくる。そういう意識と共に、剣を振る。
刹那、奴は回避を選択した。ここで狙いを理解する。
「ならば、こうしよう」
シュオンの刃が動く。俺の剣を避け――いや、違う。俺の一撃をもらってなお、エクゾンを仕留めるつもりか。
俺は自身の剣に収束させた魔力と一瞬の間に相談する――シュオンに一撃与えても、俺の攻撃で倒すことができない。『竜生石』は延々再生し続けるという特性だったが、『竜刃石』は少し違う。多少の再生能力もあるが、効果としては受けた魔力を受け流すといったもの。
衝撃そのものを殺すことができないので、俺の全力であればシュオンの体は吹き飛ぶ。だがそれよりも前に奴の剣がエクゾンへ入ったとしたら――
対処する方法は二つ。一つはこのまま全力で振り抜いてシュオンの刃が届く前にどうにかする。そしてもう一つは――
『ルオン殿』
刹那、ガルクの声が頭の中で響いた。
『貴殿の力なら、いけるだろう』
俺がどういう選択をするのかわかり切ったように語るガルク――刹那、俺は放とうとしていた剣の動きを止め、さらに前進する。
シュオンの目が一瞬、訝しげなものへと変貌。だが剣の動きは止まらない。エクゾンも攻勢に出た状態で、拳を振りかぶり攻撃しようという構え。
このままでは俺の剣を受けてなおシュオンはエクゾンを倒すことになるかもしれない……だからこそ、
――俺は、シュオンの刃に自らの意思で当たりに行く。
「なっ……」
さすがにこれは予想外だったか、シュオンは呻く。俺の体に刃が食い込み、衝撃が駆け抜けた。
屋敷を平然と破壊する能力。当然それをまともに受けたら無事では済まない――常人ならば。
「――けど、俺は例外みたいなものだからな」
声を発する。受けてもなお超然とする俺を見て、シュオンは紛れもなく瞠目。
一瞬の隙。けれどエクゾンが動くには十分な時間。
そして侯爵の拳が、シュオンの胸部へと突き刺さった。




