二人の刃
「どうやらそちらは、私の言葉が戯言に聞こえるようだな」
エクゾンがシュオンへ向けて言う。
「ネフメイザ殿から、そういう風に吹きこまれたと」
「お前は、反乱組織の人間に吹き込まれたんじゃないのか?」
と、ここでシュオンの視線が俺へ。
「それとも……見慣れないこいつか?」
「話を聞くつもりはないようだが」
エクゾンが問う。対するシュオンは戦闘態勢のまま沈黙。
……様子から考えるに、どうやらシュオンはネフメイザから色々と話を聞かされたらしい。それはエクゾンの話を聞く気もないくらいには根拠が存在しているということ……気になったが、話をしてくれと言って説明してもらえるとは思えない。
ここは、戦うしかないのか……まだ竜魔石含有の武器も持っていない状況であり、エクゾン戦と同様俺はシュオンを倒せない。ただ今回はエクゾンが味方。勝機は十二分にあるか。
ただ――『竜刃石』の特性を理解している俺は、決して油断できないと思う。
一呼吸。次いで剣へゆっくりと手を伸ばす。
「まずは、そうだな」
シュオンは油断なく俺とエクゾンを見据え――そして、
「邪魔者から片付けよう」
剣を抜き放つ。同時、魔力が斬撃と共に俺達へ駆け抜ける。
即座に俺は理解した。奴の狙い。それは俺やエクゾンではない。
刹那、相手の剣戟に合わせ俺もまた剣を振る。薙がれたシュオンの剣……そこから発せられた魔力の刃に対し、俺が放ったのは風の刃。
二つが激突。旋風と魔力の渦が部屋中を荒れ狂い――同時、ガラスが割れる轟音が響いた。
視線を転じれば、斬撃が激突した余波により窓がぶち破られ、さらに壁も大いに斬撃の跡が残る。周囲にある家具も傷つき、窓にかかっていたカーテンが例外なく引き裂かれる。
まるで台風が通り過ぎたような有様。部屋を直すにどれだけかかることやら。
「ほう」
ここで面白い、とでも思ったかシュオンは声を上げた。
「今のは、私の剣を相殺しようという意図がはっきりあったな」
「……お前の狙いは、屋敷内にいる『天の剣』のリーダーか?」
俺の問い掛けにシュオンは笑う。図星のようだ。
『竜刃石』の何でも斬れるという効果は、それこそ先ほどシュオンがしてみせたように魔力の刃にすら影響する。その気になれば魔石の力で屋敷すら平然と両断する――
加え、シュオンは竜魔石の影響か常人に比べ魔力を察知する能力が高い。俺達が会話をしている間に魔力の高い場所を見つけ、そこを狙って魔力の刃を放ったというわけだ。奴の竜魔石の力なら、屋敷の構造物など物ともせず破壊できるし、アベル達は何が起こったかわからないまま攻撃を食らっていたかもしれない。
「そちらは、狙いがわかっていたようだな」
「まあね」
使い魔を介し、ソフィア達の居所を探っていたのが功を奏した。シュオンが刃を向ける位置はアベルのいる場所――それはソフィア達の居場所と同義であり、だからこそ素早く対処できた。
しかし、俺達を狙わずに先にアベルを狙うというのは……何かネフメイザに吹き込まれたのか?
「こうなってしまうとは、私も悲しいな」
エクゾンが淡々とした口調で言う。するとシュオンは笑い始めた。
「意外だな。お前ならば屋敷の一室を無茶苦茶にされて怒り狂ってもおかしくないと思ったが」
「期待に反して申し訳ないが、反旗を翻した時点で屋敷が無事では済まないことくらいは理解しているさ」
エクゾンは返答しながら全身に魔力を込める。対抗する姿勢を見せたが……一騎打ちの場合、エクゾンは分が悪い。
彼の持つ『竜生石』は、竜魔石を含まない武器などによる攻撃は瞬間的に再生する。では竜魔石を含んだ武器ではどうなるかと言うと、相手の攻撃の魔力と自身の魔力が相殺され、再生スピードが減少するという形になる。
もちろん竜魔石を含んでいるにしても、竜魔石の効果が低ければ再生速度の方が上回るだろう。だがシュオンのような侯爵であればそうもいかない。相殺した分だけ魔力が削り取られる結果となり、いずれ『竜生石』の能力である再生能力も働かなくなってしまう。
勝ち筋があるとしたら、全力で再生能力を引き上げ、捨て身の攻撃を加えることか……しかし『竜刃石』は攻撃力特化の竜魔石。正面突破で挑んでもシュオンの方がやはり分があるだろうか。
「私とお前とでは、技量については互角のはずだ」
シュオンが唐突に語り出す。
「付き合いが長いからそのくらいはわかる。つまり技術的な勝負で上回ることは難しい。となれば竜魔石の力を活用した戦いとなるわけだが――」
「それでは、私が勝つことは無理だと」
わかり切ったことを聞くな、とでも言いたげなエクゾンの顔つき。
「ならば、どうする?」
シュオンの問い掛け……まあエクゾンがどうするつもりかはわかっているんだけど。
ここで俺が前に出た。
「そちらが相手か」
――ソフィア達が来ないか多少気になったが、現時点で位置が変わっていない。先ほどの攻撃による破壊音は聞こえたはずだろうし、アベルなら動くだろうと思うのだが……ここはソフィアが「ルオン様に任せましょう」といった感じで押し留めているか。まあシュオンの能力を考えると、ここに来た場合面倒になる可能性もあるので、賢明か。
「言っておくけど、俺は彼を倒すことができない」
エクゾンに言う。するとシュオンが先に反応した。
「ほう、倒せない?」
「竜魔石を含有した武器が手持ちにないからな」
「……それを隠すことが勝負の駆け引きになると思うのだが、そういうつもりはないのか?」
「どうせすぐにバレるからな」
肩をすくめる。俺の反応にどこか訝しげな態度を見せるシュオン。
「ま、戦ってみたらわかるよ……エクゾンさん、そういうわけだからトドメは頼むよ」
「わかった」
あっさりと了承するエクゾンに、シュオンはさらに疑義を強くする。とはいえ尋ねるようなことはせず、剣を構えた。
「お前の力がどれほどのものかわからないが、少なくともエクゾンから一目置かれているというのは、今の会話を聞いてわかった」
「油断してくれそうにはないな」
「当然だ」
むしろ、最大限の警戒を見せる……その目つきは、任務をしっかりと成功させるという意気込みを感じさせる。
シュオンがここに来た理由は色々あると思うが……おそらくネフメイザからエクゾンやアベルの始末を頼まれたのかもしれない。というより、最初から剣を抜く気でいたのならばそう解釈した方が妥当だ。
そして、彼はネフメイザから何かしら吹き込まれた。できれば説得して味方に引き入れたいわけだが、果たしてそれが叶うのか。
「どうした?」
シュオンは問う。攻撃する様子はない……というより、こちらの出方を窺っているのか。
まあエクゾンへ指示を出せるという時点で警戒するのは当然か。俺はシュオンを観察。こちらもまたひとまず様子見。
長々とにらみ合っても俺は別に構わないのだが……シュオンとしてはあまり長居したくはないだろう。こちらに眼差しを送りつつ、エクゾンにも注意を向けるのを忘れない。
そんな時間が、おそらく一分程度……体感的に果てしなく長い時間が経過した時、
「……仕方がないな」
シュオンが声を発し――俺へ、剣戟を見舞った。




