侯爵との戦い
『む?』
エクゾン竜が反応を示す。俺のことを見据え、問い掛ける。
『まだいたのか。さっさと逃げた方がいいのではないか?』
「こういう場面に立ち会った以上、さすがに逃げるわけにもいかないな」
俺の言葉に竜は興味深そうに俺を見る。
『面白い人間だな。それに、私のことを恐れていない』
「あんたの持つ竜魔石の力は脅威だし、その力のせいで今の俺ではあんたを倒すことはできない」
そう断定した後、頭をかく。
「だからまあ厄介なわけだが……恐れていないのには理由がある」
『それは何だ?』
死ぬ前に最後に話でも聞いてやろうという雰囲気。そんな相手に対し、俺は言った。
「――お前よりも強いからさ」
光属性魔法『デュランダル』――発動。
一瞬で形成された光の剣が豪快に竜の胴を薙ぐ。エクゾンすらもあっけにとられ、防御することがまったくできていない。
『がっ――!?』
呻き声と同時、俺は身体強化により豪快に振り抜いた。膂力が竜の巨体を持ち上げ、一気に町とは逆方向に吹き飛ばす。
ドォン、とまるで大砲でも着弾したかのような豪勢な音と共に竜が街道で倒れ伏す。いくらでも再生するが、吹き飛ばされては立て直しに時間が必要だろう。
「お、お前は?」
アベルが言う。さすがに胴を一薙ぎして吹き飛ばす所業に驚いている様子。
「――さっきの攻撃だが」
けれど質問には答えず逆に問い掛ける。
「もう一度……あの竜を倒すことができるだけの威力を付与することはできるか?」
アベルは答えなかった。唐突な質問に面食らったようだ。
俺は返答を催促しようか一瞬迷ったのだが……やがて彼は口を開いた。
「……時間は掛かるが、可能だとは思う。さっきよりも入念にやれば――」
「なら、その準備をしてくれ。俺が時間を稼ぐ」
「時間を……?」
「俺達は竜魔石を含んだ武器を所持していないからあいつを倒すことができない。魔力的な相性から誰かに借りるわけにもいかないから、これはどうしようもない。ただ、さっきみたいに吹き飛ばすようなことをして時間を稼げるだけの実力は持っている」
アベルは信じられないといった表情――しかし先ほど平然と光の剣で吹き飛ばしたことを思い出したか、やがて頷いた。
「……あんた、名前は?」
「ルオン=マディン。ルオンでいいよ」
「ルオンさんか、俺はアベル=フォンティアス……頼む」
「ああ」
返答と同時、体勢を立て直した竜が威嚇の咆哮を上げた。それに対し俺は冷ややかな態度で言葉を投げる。
「言っておくが、吹き飛ばすためにわざと威力を下げた。本気でやれば胴体なんて両断しているぞ」
『……ずいぶんと余裕じゃないか』
エクゾンは言う――底冷えするような声音。
『先ほどの一撃、どうやら只者ではないようだが――』
「事情を説明するのは面倒だからパスさせてくれ」
『ふん……まあいい。どちらにせよお前は私が倒すべき障害というわけか』
「そういうことだ」
頷くと、竜は俺を見定めるような視線を向ける。先ほどは少なからず怒りを持っていたが、一転空気が緩んだ。
『とはいえ、その力は魅力的だな。帝国のために使ってみないか?』
「勧誘か? 悪いけど、民を虐げる存在の下で働くのは勘弁だな」
俺の言葉に――突如竜は笑い出した。
『面白い人間だな』
「そうか?」
『少なくとも、私を前にしてそんな態度を示す人間は初めて見た』
「というか、自分自身を吹き飛ばす相手と出会ったのも初めてだろ?」
問いに、エクゾンは俺を見据えた。
『そうだな……先ほど言っていたが竜魔石の武器を持っていないらしいな。最初から勝つつもりはないわけか』
「そこは後ろの方々が頑張ってくれるさ」
『私がそれをさせると思うか?』
「俺を突破できると思うのか?」
光の剣をかざす。すると竜は一際大きな咆哮を上げた。
同時、俺へ一歩で間合いを詰める。暴虐を尽くすべく仕掛けた体当たり。町なども容易に吹き飛びそうな恐ろしい攻撃――しかし、
俺は光の剣を薙いだ。その一撃がまたも竜の腹部を捉え、一気に押し返す。
『ぐうっ――!!』
呻くエクゾン。とはいえ無様に倒れ込むような結果にはならない。足で踏ん張り、体勢を立て直し反撃に転じようとする。
俺はそこへ畳み掛ける。一度『デュランダル』を解除し、続けざまに放った『ホーリーランス』が、またも腹部を捉える。
ゴアッ――重い音が耳に入った直後、巨体が易々と吹き飛んだ。竜は大きく後退し、またも竜は倒れ伏す。
「……すげえ」
後方から誰かの声がした。俺はそれを聞き流しつつ、一つ呟いた。
「中級魔法でも十分応対できる……侯爵は確かに強いが、レベル的に魔王なんかと同等というわけではないか」
さすがにそこまでの強さは持っていない……やがて、竜が起き上がる。侯爵はここまで攻撃すらできていない有様だが――
『素晴らしいな』
あくまで余裕。先ほど窮地に立たされても表情を変えない、といったことを言ったが、それを実践しているのだろうか。
もっとも、俺を避けて後方にいるアベル達を狙うというのは十分可能だ。気を引き締めないと。
「……なら、次は――」
こちらが算段を立てた瞬間、竜が動く。またも突撃――この場合は搦め手は使わんという表れだろうか。
右前足、というより右腕と言っていい部位がかざされる。先端には鋭い爪……淡い光を宿している。
『――終わりだ』
渾身の一撃。魔力を限界まで凝縮した極めてシンプルな攻撃、といったところか。
振り下ろされる。爪は鋭利で最早刃と称しても過言ではない。後方の面々がまともに食らえばアベルですら無事では済まされないだろう。場合によっては即死。
けれど、俺にとってはさして問題じゃない。
対抗するべく腰の剣を抜き放つ。魔力によって強化された刃が竜へ肉薄し、
一瞬の出来事。俺は必殺の爪を容易く弾き、一閃。
竜の右腕における肘から先を両断する。
『――があああっ!?』
声と同時、追撃。地面からすくい上げるように斬撃を放ち、剣の切っ先から風の刃を生み出す。
それが真正面から竜へ直撃し、破裂音が響くと大きく怯んだ。
「……これは、耐えられるか?」
刹那、魔力を解放する。アベル達が構築した圧倒的かつ濃密な気配にも勝るとも劣らない力が、俺から発せられる。
アベル達に対し余裕を見せていたエクゾンも、俺の魔法に対しては驚愕したようだった。
『なぜ、そのような力を――』
竜が放つ言葉は、ただの人間がなぜそこまでの力を所持しているのか、という疑問そのものだった。まあ疑問が膨れ上がるのはわかる。第一、反乱組織を潰すべく意気揚々を馳せ参じたらとんでもない相手が待っていたのだ。混乱するのも仕方がない。
とはいえ語るつもりはないし、容赦する気もまったくない。
魔力が次第に収束し、やがて弾けるような音が聞こえる。俺の目の前に金色に輝く雷光が生じた。
これは雷属性最上級魔法『トールハンマー』。金色の雷撃を相手にぶつけるという魔法。
容赦なく魔法を竜へ放つ。避けきれなかったエクゾンが雷撃を受けた瞬間、弾けるような轟音と同時、咆哮が聞こえた。
一時、視界が雷光により染まる。さらに竜の立っている場所を中心として光の柱とでも言うべきものが天へ伸びるように現れた。それはまるで絶望した世界を天から照らす一筋の光のようであり、感動すら覚えるような光景。
そして魔法が途切れ始める……俺は竜が立っていた場所を注視。
やがて見えたのは、腕が消失し、全身を焦げさせたボロボロの竜が。
『……その力は、何だ』
声を発する。俺は小さく肩をすくめ、
「悪いが、答えられないな」
その言葉の直後――竜から魔力が噴出する。とうとう『竜生石』の力が発動し、再生を開始した。




