シルフの女王
さすがにゲームの世界云々などといっても理解してもらえないと思ったので、この世界の物語が存在していたという風に話を変え説明。するとシルフの女王は興味ありげな表情を見せ、
「ふむ、あなたは異世界から転生した身で、元の世界ではこの世界のことが物語として存在していたと」
「ああ……ただ、物語はいくつも結末があって、この先どうなるかわからないけど」
「魔王には、賢者の血筋を持った人物が必要ですか……これは大変興味深い」
「信用するのか?」
「風は、あなたが嘘を言っていないと語っています」
それが答えだった。どうやら信用してもらえるらしい。
「なるほど……しかし、あなたの元の世界でこの世界のことが物語となっているのなら、あなたの世界とこの世界に何か因果関係があるのでしょうか?」
いや、そんな概念的なこと訊かれてもわからないよ。むしろこっちが知りたい。
俺は困った顔をする。結果、シルフはコホンと一つ咳払い。
「答えが出ない問い掛けでしたね……事情はわかりました。それで、あなたは魔王との戦いを密かに支援しようと動いていると」
「まあ、ね」
「あの従者の御方も、そうした活動の結果仲間に?」
「そうだな」
レーフィンはソフィアのことを気付いているんだろうか……疑問に思った瞬間、彼女から言葉が。
「確認ですが……彼女、ソフィーリア王女ですよね?」
「……知っているのか?」
「はい。王家特有の気配を感じ取れたので、他人の空似でないことはすぐにわかりました……私自身、大陸の情勢を確認するために飛び回っていたりしたので、その中で姿を見たことがあったのです」
「彼女、公には顔を出していないはずだけど」
「お城の中に、ちょっと」
忍び込んだのか……口調や態度は丁寧だが、悪戯っぽさはそれなりに存在するらしい。
「えっとまあ、正解だよ……物語で彼女は死んだから、王様と共に助けた」
「彼女を鍛えるのは、賢者の血筋だからですか?」
「いや、成り行きだよ……物語の筋道通りに話を進めるなら、魔王討伐は物語の主人公達に任せるのが一番だろ?」
「なるほど、賢者の血筋であっても、本当に魔王を討てるのか疑問に思っていると」
「……賢者の血筋、という要素が魔王を討つ資格に繋がるなら、ソフィアは間違いなくその資格を持っているはず。けど、試してみて失敗したでは後戻りできない以上、非常にまずい」
「理解できます」
レーフィンは頷くと、俺のことをじっと眺める。
「先ほど、高位魔族に対抗できると言いましたが……なんとなく話の口ぶりからすると、魔王とも戦える能力を持っているのですか?」
「……ご想像にお任せするよ」
といっても、こういう返答が逆に肯定しているように感じられてしまうだろうか……しかしレーフィンは「わかりました」と答え、深く言及はしなかった。
「事情は理解できました……ルオン様は、経緯があってソフィア様を鍛えることになりましたが、現在は物語に沿って世界を動かそうとしているということですね?」
その言い方だと、まるで俺が神様のように世界を操作しているような感じに聞こえるんだけど……。
「動かすとか、それほど大層かな……ひとまず主人公達の動向を探りつつ、今は様子見をしているところだな」
「様子見……なるほど。そして、あなたが表だって行動する危険性もまたわかりました……少し慎重になり過ぎているような気もしますが」
それはまあ、否定しない。けど失敗は許されないからな。
「ふむ……しかし、そうなると私も動き方を色々と考えなければなりませんね」
唐突にレーフィンは呟く。
「考える?」
「はい。この戦いは単純に魔王を討つのではなく、順序が必要となっている……しかも話を聞いてみれば、ずいぶんと複雑な道筋。私自身、色々と動くべきではないかと考えました」
女王が……もし主人公の誰かと契約するのであれば、その力は大きなものとなるだろう。
「よし、決めました」
そしてレーフィンは言う。
「あなた方についていきましょう」
……ん?
一瞬言われた意味が理解できなくて沈黙。少しして頭の中で意味を察し――
「……今の話、聞いていたか?」
「もちろん。私はあなたが語った物語の主人公ではなく、あなた方についていけば大陸を救うことができると考えたまでです」
――ここで、なんとなく言わんとしていることが理解できた。どの主人公が魔王を討つのかわからない現状、誰かにつくのはリスクがある。しかし俺達と同行すれば、少なくとも物語をコントロールして魔王を討つ存在を生み出すことができると思ったのだろう。
「……それ、断ってもついてくるんだよな?」
「話を聞いた以上は」
「なら、俺がどうこう言っても意味ないな」
「それに、お役に立ちますよ?」
レーフィンが言う。役に……確かに、精霊という存在がものの見方が違うし、俺とは異なる何かを感じ取って手助けしてくれる可能性もある。
「ただ、ルオン様と契約することはできないようなので、ソフィア様と契約することになるでしょう」
「……単独行動しているなら、ソフィアはもう別のシルフと契約しているんじゃないか?」
「それは大丈夫です。私が戻り彼女と話をするまでは契約するなと風で指示を出しています」
「それ、俺のことを気付く前だよな? とすると、最初から目をつけていたのか?」
「はい。ソフィア様は賢者の血筋を持ち……私自身、ソフィア様は潜在能力が高いと判断。魔王を討てる存在になれるのではないかと考え、契約を行おうか迷いました。そして、ルオン様の発言を受け決心を」
女王自身がそこまで言うか……けれどここで疑問が。
「住処はいいのか? 女王がいなくて」
「問題ないようにしていますよ……それに、ルオン様が色々してくださったため、竜などとも色々連携できそうですし」
俺の行動もソフィアと同行するための要因となったわけか……しかし、
「物語の中では、今より先の出来事の中でさっきみたいな悪魔がシルフの住処を襲撃したという事実はなかったし、また住処に問題があった描写はなかったが……これから魔族がさらに侵攻する以上、精霊に対しさらなる脅威があってもおかしくない。その中で女王がいなくなったら、さすがに問題じゃないか?」
「あてがありますので……ルオン様のおかげです。お手を煩わせるような真似は致しませんよ」
竜を助けたことと関係しているのだろうか……レーフィンから発せられる微笑がどことなく言い表せられない迫力を備えており――俺は、ただ頷くしかなかった。
「わかった……そこまで言うならよろしく。もし何かあったら、相談にでも乗ってくれ」
「はい……ちなみに、ソフィア様に事情は?」
「話していない。今の所、現状維持の方がいいかと思って」
「確かに、今はそうすべきでしょうね」
……あれ?
「何かあるのか?」
「多少ですが……とはいえ、ルオン様とソフィア様との間に問題があるというわけではありません。しかし気になることがあり、現時点では話さない方がいいのではないかと。無論、いずれは話してもいいと思います」
……理由を訊きたかったのだが、どうも彼女の様子から話しそうにない。こうしてこっちも事情を説明したんだからそっちも……と思ったが、彼女は無言で微笑を見せる。
話す気、なさそうだな……なんというか、化かし合いは彼女の方が上手のようだ。
「……いずれ理由についても話してもらえると助かる。ただ、レーフィンさんの素性についてはソフィアに話してくれよ」
「もちろんです」
頷くレーフィン……悪魔撃破によって、何とも変わった縁を生み出しこうしてシルフの女王を仲間にすることになるわけだが……これが今後の物語にどうつながっていくのか。
ただ個人的には、事情を知る精霊の味方というのは大きいと思う。今までに出てきた色んな問題に対しても精霊という立場からアドバイスをもらえそうだし……どれだけステータスを極めシナリオを知っていても、ゲームと現実では異なる部分も存在する。それを埋めるために、彼女の力は結構大きいだろう。
「なら、今後とも頼むよ……それじゃあ、戻るとしよう」
「はい」
彼女は承諾し、俺達は移動を開始する。
途中、先ほどの竜と遭遇し、改めてシルフ達と協力するよう指示を出し、竜も快諾。
「ありがとうございます」
改めてレーフィンが礼を述べる。俺は小さく頷き返し、彼女と共にシルフの住処へと戻ることとなった。




