彼の奥義
アベル達は長期戦は不利だと思ったはず。竜に変化したエクゾンの体力は無尽蔵とまではいかないが相当なものだ。力尽きるのはアベル達の方が早いのは間違いない。
よって、持てる力を出し短期決戦に挑む――そのやり方自体は間違っていないと俺は思うし、追い詰められた彼らが打てる策はそう多くないことから、今採用できる最善の手法と言えるかもしれない。
動き出した瞬間、アベルの剣に魔力が迸る。戦いの行方を横から見る俺でさえはっきりとわかる濃密な力。
『なるほど、言うだけのことはある』
感嘆の声がエクゾンから漏れる。ただその声は、紛れもなくアベルのことを下に見ているが故の発言だ。
彼は渾身の一撃を浴びせようとしている。これが通用しなければ勝つのは無理――そう俺が考えた瞬間、周囲にいた組織の面々達が動き出し、魔力を噴出した。
『――何?』
声を発するエクゾンに対し、アベルはさらに力を振り絞ることで応じる。どうやらこれは――
「力の融合、ですか」
ソフィアが口を開いた……そう、彼らがやろうとしていることは、アベルの剣戟に他者の力を上乗せするということ。他者同士が連携をするには訓練が必要となるが……彼らはこの時に備え鍛錬していたということか。
「おおおっ!」
声を上げ彼は剣を縦に薙ぐ。地面に剣先が触れた瞬間、深海を想起させる青の魔力が津波のごとく生じ、竜を飲み込もうと迫った。
――この『エデン・オブ・ドラゴンズ』において、技や魔法については『スピリットワールド』と似通ったものは存在する。だがその上をいく――竜を倒す切り札として『創奥義』というものが存在する。
戦闘中に発動したそれはカットインなどの演出を経て魔物に降り注ぐ。威力は相当なもので、間違いなくその人物における切り札と言えるものだ。
アベルが使用する創奥義の名は『ラストオーシャン』。津波を想像させる魔力の奔流を相手へ浴びせるもので、今回これを使用したのは、短期決戦を行う上で最良の選択と言えるだろう。
『見事……!』
称賛の声がエクゾンから発せられた。同時、青が竜を一気に飲み込む。仲間達から集められた力を結集し放たれた一撃は驚愕の一言であり、能力を知る俺も驚かされるほどのものだった。
そして青の波が爆ぜる。青白い光が一帯を包み――
『――だが』
エクゾンの声。光が止むと、竜は健在だった。
『見事な一撃。まさかそうした手法を対抗手段とするとは』
解説するエクゾン。一方のアベルは疲労感からか厳しい表情をしている。
『だが、仲間達の魔力を利用しても私を倒すには及ばない……いや、この場合はまだまだ技術不足であり、技にきちんと仲間の魔力が乗らなかったことが敗因と言えるだろう』
『奴の言う通りだな』
ガルクが語る。それは――
『我にも魔力の流れがわかった……魔力の大半はアベル殿の魔力と反発してしまい、効果を成さなかった。これは推測だが、先ほどの連携はまだ未完成なのではないか?』
「……そうかもしれないな」
つまり、無駄な力を消費してしまったということか……こうなると――そう俺が思った時、アベルは笑みを浮かべた。
「確かに通用しなかった。しかし今ので、終わりだと思っているのか?」
『何?』
「悪いが、お前に順番は渡さない」
声と同時突如足元から魔力が。これは……アベルの魔力!?
「さっきの技で周囲の大地に俺の魔力が根付いた……ここからが本番だ」
声と共に発せられた圧倒的な魔力。通用しないと計算した上で二段構え――
『なるほど、大地の魔力を利用し、魔法を構築したか』
エクゾンが声を発する。その声色はどこか興味深そうな雰囲気で、してやられたという様子は見られない。
「余裕ぶっていていいのか?」
『例え窮地に陥ろうとも、腰を据えるのが私の性分だよ』
「そうか。ならそのまま――滅びろ」
最後の言葉を口にした瞬間、竜が魔力の渦に飲み込まれた。先ほどのアベルの攻撃が波なら、今度は大渦。荒れ狂う渦が竜を取り巻き、全てを粉砕しようと回転する。
「対策はしっかりとしていた、ということか」
リチャルが声を発する。俺は頷き……事の推移を見守ることにする。
強力な魔法であるのは間違いない。アベルの実力をつぶさに見ていないが、少なくとも彼が放てる攻撃の中で創奥義を上回る威力を持っているだろう。組織が四竜侯爵に対抗するため完成させた魔法……ただ――
やがて、魔力が収まっていく。これが通用しなければ、おそらく――そう思った時だった。
『……このまま放置しておくのは、さすがに危険すぎるな』
エクゾンの声。効いていない――いや、
『見事な魔法だ。しかし、最後の最後で詰めを誤ったな』
竜が姿を現す。多少なりとも負傷している様子だったが、戦闘を継続することは可能な様子。
『大地の力を引き出し、足りない魔力を補うまではよかった。だが、それに気を取られ竜魔石の力を薄めてしまったのは問題だったな』
と、ここで竜はアベルに視線を向ける。
『いや、その表情は予想以上に竜魔石の力が発揮できなかったといったところか?』
……侯爵達は竜魔石の力がなければ倒すことができない。つまり、単純に大地の力を汲み上げて利用しただけでは通用しない。例えば竜魔石の力を増幅させるようなやり方であれば、勝負はついていたかもしれない。
この奥の手もまだ未完成だったということか? もしくは、侯爵を前にして十分なパフォーマンスを発揮できなかったか。
『まあいい。その技に二度目があるのか知らないが、再度撃たせる気もない。これで終わりだな』
刹那、アベル達を囲むように組織の構成員が前に出る。
「アベル様、お逃げください」
そのうちの一人が声を上げる。
「あなたがいれば組織は立て直せます。どうか――」
「……いや、退くつもりはない」
アベルは竜を見据えながら言う。
「このまま逃げれば、最早人々の信頼を得ることは無理だろう。それにこいつのことだ。逃げたとわかれば腹いせに町の一つ滅ぼしてもおかしくない」
『ひどい言い草だな。だがまあ、間違ってはいない』
口を歪める竜。笑っているらしい。
『ここで私を止めなければ、どの道お前達の背後にある町は滅びる』
「そこまでする意味がどこにある?」
『貴様を始末しても、支持をする人間は多数いる。陛下はそういった存在こそ国の災いと断じ、消せと指示を下した。よって、私もそれに従うだけだ』
「……代替わりした皇帝に忠誠を誓うはずもないおまえが、よく言う」
皮肉を大いに込めたアベルの言葉に竜は声を上げた。笑い声なのだとかろうじてわかる。
『そうだなぁ、本音を言えば公然とこの力を行使できるのが楽しくて仕方がない。どこかで試したいのだよ。この力を』
……『竜生石』の影響を受け、攻撃的になっているのかもしれない。一つ言えるのは、どういう理由にせよここで侯爵を放っておくと、町も標的にするということ。
「お前の考えはよくわかった」
敵意を向けながらアベルは構える。組織の面々はそんな彼に退いて欲しそうな雰囲気だったが、やがて決意を新たにして竜に剣を向ける。捨て身の覚悟で彼を守る、といったところか。
さて……蚊帳の外に置かれつつある状況だが、アベル達がどうにもできない以上、俺達もまた舞台に上がらなければならないだろう。
「ソフィアとリチャルはひとまず様子を見ていてくれ」
「はい」
彼女の返事を聞き……俺は、足を前に出し竜へと接近した。




