予想外の遭遇
「さて、どこにいるかな」
洞窟の前から辺りを見渡す……残るクリムゾンデーモンは八体。それらがどこにいるか探し始める。
それと共に、背後から竜が洞窟から出てくる。何をするつもりなのか魔法で確認すると――協力したいらしい。
魔物を仲間にするようなシステムはなかったんだけどな……俺は竜に大丈夫だと返答しつつ、ちょっと考えてみる。
精霊と竜が協力すれば、防衛もしやすいだろうな……試しに竜へ精霊と協力し、さっきみたいな悪魔と戦えないかと要求する。
結果、竜自身悪魔の襲来には辟易したらしく――あっさりと了承した。精霊達とも多少ながら接したことがあるらしいので、協力は惜しまないようだ。
ふむ、これなら話は早い。今後警備などを強化すれば精霊達も十分自衛できるだろうと考えつつ、さらに周囲を観察し――発見した。
「いたな」
空飛ぶ悪魔が合計八体。さっきの二体は先発隊といったところだろうか? どちらにせよ十体という数は悪魔が一斉に動くにしては脅威だが、これで精霊達を倒す気なのか疑問に思う。
ゲーム上で言及はなかったが、今回は斥候的な意味合いで後にさらなる悪魔を差し向けるつもりだったのかもしれない。その辺り、描写はなかったけど……あるいは、物語が進むにつれて人間側も反撃し始めるので、そっちに注力し結局戦力を向けなかったのかもしれない。
俺はここで思考を中断し、悪魔を観察。隊を成しているのがわかる……クリムゾンデーモンに違いないが、後方にいる三体ほどは二体と異なり武装している。武器はあくまで拳のようだが、その武装の違いで兵卒か隊長かを判別することができるだろうか。
この辺はゲームにはない要素。記憶しておこうと思いつつ、移動魔法を使い悪魔達へ向かう……すると敵はこちらの存在を察し、近づいてくる。
分散されでもしたら面倒なことになったわけだが……話が早くて助かる。
さて、交戦するわけだが……あんまり派手な魔法を使うのもまずい気がする。周囲に精霊の気配はないが、爆音を上げてしまったら精霊が気付く可能性もゼロじゃない。
よって、接近戦を試みる……相手は八体で、隊長クラスは間違いなく通常のクリムゾンデーモンより上の能力だろうが、俺には考えがあった。
悪魔がさらに近づいてくる。空を飛んでいるがゲーム上では地上に降り立ち戦闘していたはず。さて、目の前の悪魔達はどうするのか。
一体の悪魔が急降下を開始する。すると他の七体も同じように動く。一体が先行して仕掛け、後続で仕留めるといった作戦か……ふむ、理路整然としたその動きは、精霊達も手を焼くかもしれない。
けれど俺の場合は違う――最初に突撃してきた一体の突撃を横に移動し避けると、すれ違いざまに一撃浴びせる。それによって悪魔は消滅。だが残る七体は変わらず押し寄せてくる。
同時、俺は悪魔を倒すべく魔法の詠唱に入った。
――ゲーム上、技と魔法にはそれぞれ熟練度が存在し、技の場合は威力が少し上昇し、魔法の場合は詠唱速度が上がる。詠唱に関してはゼロにはならないが、それでも俺は訓練の結果、いくつかの魔法をすぐに発動することができるようになった。
その一つが、今から発する光属性中級魔法『デュランダル』である。大剣の数倍の長さを持つ光の剣を生み出し、それを一薙ぎし魔物を切り裂く範囲攻撃魔法だ。
一人で戦い続ける場合、当然ながらパーティーを組む時よりも注意を払わなければならない箇所がたくさんある。集団戦となった場合それは顕著であり、修行中いくつも対策を重ねてきた。
その成果の一つと言えるのがこの魔法。前方を扇状に薙ぐことによって目前に迫ろうとする相手を吹き飛ばす――いや、一掃することができる。威力的にも上級魔法に片足突っ込んでおり、範囲系魔法の中では強力な部類。よって、俺が一番多用する魔法だった。
迫りくる悪魔に対し、俺は魔法を発動させ光の剣を一閃する――! 本当なら悪魔に触れた瞬間抵抗の一つもあるはずだが――何の感触もないまま、まるで紙でも切るかのように平然と突撃してきた七体を消し飛ばした。
「よし」
一つ呟き……先ほどまで悪魔がいたのが嘘のような周囲を見回す。
目的は達成した。竜については放置でいいだろうし、このままシルフの住処へ帰ることにしよう。
一応シルフには悪魔を見かけたため、警戒が必要だとアドバイスをしておこう……そんなことを思い、踵を返した。
その時、気付く。
体を反転させた真正面に――先ほど遭遇した気品のあるシルフがいた。
「……え?」
思わず声を上げてしまった。同時に、シルフは小さく会釈する。
「どうも……」
――決して、俺は気配探知能力が低いわけじゃない。というか精霊が周囲にいないかくらいは判別できるはずなのだが――
疑問に思っていると、シルフが俺の考えを読んだか、解説を行った。
「この周辺に存在する風と私は同調することができます……つまり、今まで大気と同化して身を隠していました」
そんな能力、シルフにあっただろうか……とはいえ、そんな疑問よりも先にもう一つ訊かなければならない。
「えっとだ、その、いつから?」
「あなたが同行者の方と離れてから、ずっと」
さ、最初から……? まずい、油断していた。背中から嫌な汗が出てきた。
いや、悪魔達を迎撃しただけなので、まだ誤魔化しようもあるか……? そんなことを思い口を開こうとしたのだが、
「……あなたは、何者ですか?」
あ、これ俺の能力を確信しているっぽいぞ。
「私は……その、他のシルフ……ひいては他の精霊とは違い、風を利用して魔力の多寡を計測することができます。あなたが普通の冒険者と比べ高い能力を保持しているのはなんとなく推測できていましたが……その、今の魔法を行使した瞬間、途轍もない力を感知しました」
……これはまずいぞ。俺の能力を正確に理解されているとしたら、どう頑張っても言い訳が思いつかない。
ソフィアについてはまだ、俺が強いという認識ではいるけどその力の深さを理解していないので問題ないだろう。だが目の前のシルフは違う。さて、これはどうするべきか――
こちらが無言でいると、シルフは困ったように俺へと告げる。
「正直、あなたが一瞬見せた力は……それこそ、高位の魔族と対抗できるのではないか、と感じました」
……高位魔族級か。俺の場合賢者の血筋による結界がなければ魔王を数度の攻撃で倒せるくらいだと思っているので、これでも過小評価と言えるかも。
「……えっと、だな」
言葉を絞り出す。俺とシルフの間に奇妙な沈黙が生まれる。
と、とりあえず何か理由をつけて誤魔化すか? けど、急展開に思考が上手く働かない。
ひとまず言い訳を考えるために、場所を変えようかと提案しよう……そんなことを思い口を開こうとした時、シルフが動いた。
「申し遅れました……私は、あの場でシルフを統括する女王という役目を担っている……レーフィンと申します」
――おい、この精霊今なんて言った?
「力を見せることに何か問題があるのであれば、私は黙っていますけれど……その、理由について教えて頂ければ」
……あれだな。彼女はきっと、俺が嘘をつくのだろうと推測したのだろう。で、それをしてもこちらはわかるというのを、暗に示したわけだ。
また同時に、女王だからこそ大気と同化したり嘘を見破ったりすることができるんだろうと推測する。
で、俺はどうすべきか……当然ノーコメントで押し通すのは無理だし、やるべきじゃない。とにかく角が立たないように……正直に話せば彼女も黙っていてくれそうな気配ではあるし、ならば――
どうしようか悩み、またも奇妙な沈黙。けれどさすがにずっと黙り込むわけにもいかないので、俺はとうとう口を開いた。
「……その、正直に話すとしても、信用してもらえるかわからない内容なんだけど」
「それは私が判断します」
決然とした言葉。彼女の表情は至極真面目で、どんな話もしっかり受け入れるという雰囲気が見て取れた。
……大変やりにくいが、これは話すしかなさそうだ。ただ相手が精霊であったことは幸いだろう。これはある意味勉強になった面もある。
精霊などのような人間とは違う存在はものの見方が違うので、何かの拍子で俺のような存在を認識できてしまうのだろう……魔族も魔力の質で人を判別するので、この辺りについては今後対策が必要だろう。さすがに俺の能力を看破されたら、魔王だって黙ってはいないだろうし。
今回は相手が良かったと思うことにしよう……そう心の中で呟き、俺はシルフの女王に説明を始めた。




