もう一つの――
「ガルク、どういうことだ?」
俺が尋ねると、ガルクは視線をソフィアへ向けた。
『手、というよりは精霊との契約が解除されてしまったことにより、一つだけ利点があるという話だ』
利点……? それは一体――
『ソフィア王女、一度『スピリットワールド』を発動してみてくれ』
その要求に当のソフィアは戸惑った様子だが……やがて、力を入れた。
すると、魔力が一気に収束し、剣から強い気配が感じられた。
「え、これは――」
『やはりか』
声を漏らすガルク。どういうことかと尋ねようとした時、レーフィンが声を上げた。
「収束が私達が連携する時よりも早くなっていますね」
「ということは、もしや――」
『契約を解除したことにより、抑えられていた賢者の力がより表層に出てきた、というわけだな』
ガルクが語る。
『無論収束が早いのはそれだけではない。精霊達の力をまとめ収束するよりも、自分自身の魔力だけを収束した方が早いという話だ』
そう語ったガルクは、魔王を見据えた。
『威力は落ちるだろうが、どうやら技そのものは使用できる様子……これでいくしかないだろうな』
「わかった……ソフィア」
「はい」
すぐさま返事を行う彼女。魔王にとってこれは予想外だと思うのだが……それでも、相手は超然としていた。
魔王にとってこの状況は予定外……の、はずだ。けれど超然としているところを見ると、可能性を考慮していたか、それともまだ何か対応策があるのか。
策が発動し、ソフィアの『スピリットワールド』を封じた魔王だが……それでもやはり仕掛けてくる気配がない。というより、有利な状況に事を運んでいるにも関わらず、先ほど『ダークノヴァ』を放って以降動きが無い。
むしろ、まだ余裕があるようにも見えるのだが――
「誘っていると、考えていいんだろうな」
俺は声を発すると、魔王に問い掛けた。
「ずいぶんと悠長だな」
『私は長い戦いになっても構わん。時間が過ぎていくことで状況が悪くなるのはお前達だ』
……外で戦う騎士達。そして裏切りの精霊や竜。こうしている間にも外の状況は刻一刻と悪くなっているだろう。
あるいは、何かを待っているのか? 確かに外の騎士達が全滅し、魔物がこの場になだれ込むようなことになったら、さらなる混乱は必至。
ならば、早くしなければならないが……俺がガルクに問い掛ける。
「まだ何かありそうだが、どう思う?」
『……賢者の力を最も警戒する以上、それを前面に押し出して使用する技については、何かしら対抗策があるのかもしれん』
元々、賢者の力を活用した技や魔法は、ゲームにおいてイベント限定のものだった。つまりソフィアの『スピリットワールド』は例外とでも言うべきものであり……技が発動しても対策はあるのかもしれない。
『思い浮かぶ可能性は一つある』
その中で、ガルクは言う。
『この場合、ソフィア王女だけの力だけでは対抗は難しい。ルオン殿』
「ああ」
『もし我の想定通りの出来事が生じた場合、ルオン殿とレスベイルの力が必要だ』
「わかった。いくらでも協力する」
『ならば、ルオン殿も攻撃に』
ガルクの言葉に俺は頷くと、魔王が声を発した。
『作戦会議は終了したか?』
「……ああ、ソフィア」
「はい。できる限りのことはします」
彼女の言葉を受け、俺はレーフィンに指示を出す。
「レーフィン達は、仲間達を守ってくれ。レスベイルが攻撃を行う以上、守りが手薄になる」
「わかりました。ソフィア様、御武運を」
「ええ」
その言葉と共にソフィアは足を前に出す。けれど魔王は動かない。あくまでこちらが仕掛けてきたら対抗しようという構え。
『……策があったとしても、先ほどと同様接近しなければ発動しない攻撃方法なのだろう』
ガルクが、さらに語り出す。
『ソフィア王女が力を収束させる以上、魔王の策は破綻しているようにも見える……が、もし我が考える通りの状況であれば、まだ策の全てを打ち破ったことにはならない』
断言したガルクの言葉を聞きながら、俺はソフィアの隣へ。
「行くぞ……ソフィア」
言葉と同時、俺とソフィアは再度走る。賢者の力を持つ面々もまた、動き出した。
魔王は無言に徹し、迎え撃つ構えをとった。そこに先ほどと同様、オルディアがまず切り込む。
二振りの剣に対し……魔王は旋風すら生じさせるほどの剣戟で応じた。
オルディアは一撃を受けたが、流すことはできなかった。怪我はしなかったが大きく後退を余儀なくされ……そこへエイナが剣を向ける。
オルディアに対する応戦によって一時隙が生じた……が、魔王は彼女の動きに即応する。素早く大剣を引き戻すと反撃に転じた。
彼女もまたそれを防御したが……弾き飛ばされる。ここで俺は魔王を見据えた。
それこそ、本気を出したならば魔法を駆使して俺達を近づけさせないようにすることも可能なはずだ。けれどそれをしないのは、明らかに俺達を接近させるという意図がある……その狙いは、やはりソフィアか。
フィリは魔王の剣戟を見て僅かに動きを鈍らせる――その間に、俺はレスベイルと共に魔王の間合いへ踏み込んだ。
『去れ』
一言。魔王は俺へ渾身の一撃を放つ。しかし俺は動じることなく剣を――受けた。勢いのある魔王の一撃に、一瞬腕を持っていかれそうになったが――堪え、反撃に転じる。
それと共に、魔王は左腕に魔力を収束させていると理解する――それこそ、次の切り札か。
剣を押し返す。魔王は僅かにたじろぎ、隙が生じた。
それが本物なのかそれとも誘いなのか――だがソフィアは構わず踏み込む。渾身の一撃を加えるべく『スピリットワールド』を放つ――!
『精霊をはがしてもなお、それだけの威力が出るか』
感嘆ともとれる声を魔王は発する。ソフィアの刃が迫る中でその余裕は――
刹那、彼女の剣が魔王の右肩に入った。防御や回避はしなかった……できないではなく、わざと一撃を受けた。
『だが、これまでだ』
声と共に魔王は左腕に溜まった魔力を解放する。瘴気が渦巻くその力は少なくとも俺に直接的な害を与える様子は見せなかった。しかし、
「なっ……!?」
ソフィアが呻く。同時、ガルクの声が頭の中に響く。
『ルオン殿、ソフィア王女の握る剣に触れ、ありったけの魔力を込めろ!』
その指示、頭で咄嗟に理解できなかったが体は反応した。即座にソフィアの持つ剣に刃を当てる。隙が生じるわけだが、レスベイルがフォローに入るよう動く。
そして次の瞬間、剣を介し伝わってくる……ソフィアの力が、魔王の体の中へ入っていくような状況。
まさか……賢者の力を奪う気か!?
『私が賢者の魔力を取り込んだという事実を考えれば、無茶な話でもあるまい』
魔王はこちらの考えを読むかのように、発言した。
『本来は切り札を封じ、単なる攻撃技を受け奪おうとしたのだが……まさか精霊を失ってなおこれほどの力が出せるとは。封じ手がなければ危なかったかもしれんな。だがまあ、結果として考えていた策が実行できた』
冷静に魔王は言葉を紡ぐ――魔王の魔力はまるで俺やソフィアを吸いこもうとするように、渦を巻く。俺に影響はないが、斬撃を叩き込み優勢であるはずのソフィアが、苦しい表情を示す。
剣を引く選択肢もあるはずだが……いや、ソフィアは動けない様子だった。なおかつ周囲には障壁にも似た魔力の渦が生じ、他の仲間達が近づけない。
『ルオン殿、魔力を維持してくれ』
ここでガルクが話す。
『我がレスベイルを操作し、ルオン殿の魔力を利用しソフィア王女の魔力流出を防いでいる』
……神霊が創り上げた精霊だからこそ、できる芸当なのだろう。
『今は魔王とソフィア王女の魔力が渦巻き、動くことができないが……今以上に魔力を注げば、力を奪われることなく切り離せる』
「わかった――!」
ならば俺にできることは一つ……ありったけの魔力を、俺は注いだ。




