思わぬ敵
神霊達の障壁を越え、最初に激突したのはレッサーデーモンの群れだった。
色合いは銅。紛れもなく同種の中では最高の能力であり、ラストダンジョンで出現する魔物だ。今回の戦いにおいて兵卒としての役割があるのか、数もずいぶんと多い。
最初、騎士達に対応できるのかという不安もあった……けれど集団を成すことで質の高さに応じた。転戦を繰り返し、南部侵攻という死線を潜り抜けてきた騎士達の練度は相当なもので、銅色のレッサーデーモンに対抗してみせた。
「必ず複数で! 落ち着いて迎撃を!」
その中で気を吐いているのがリリシャ。槍を握り彼女は単独でレッサーデーモンに対抗している。
実力的に、魔王に挑めるレベルであることをはっきりと証明した……竜や魔狼、さらにリチャルの魔物達もまた仕掛け、対抗しているわけだが――そうした中で俺も動く。
「風よ――かの敵を滅せ!」
言葉と同時に俺は真正面に『ルーンサイクロン』を放つ。無数の風の刃が悪魔達を引き裂き、その数を確実に減らしていく。
「……ボク達の出番がないくらいだな」
苦笑するのはシルヴィ。ソフィアも同意するのか小さく頷いていたりするのだが――
「量より質といった感じだが、それでも城外にいる魔物を俺が全部倒すのは無理かな……どこかで魔物を生み出す仕掛けだってあるだろうし、どの道騎士や竜達に任せないと――」
『ルオン殿、作戦通り城へ入り込め』
エルダードラゴンが言う。竜達は上空からブレスを吐き敵を撃破している。
撃破ペースは人間達と比較できないほどなのだが、魔王側も耐久性の高い魔物を用意していることに加え、断続的に魔物が生み出されている点から思うように数が減っていない。
さて……このまま強引に突破するべきか、それともしばし魔物を殲滅するか。城の扉は閉まっているので、城外に魔物を生み出す仕掛けがあるはず。それをどうにかすれば城の周辺を制圧できるわけで……どうするべきか――
そう思った時、ガルクから報告が届く。それは、予想外の言葉だった。
『ルオン殿』
「どうした?」
『まずいことになった』
ガルクが語る――神霊が言うまずいこと――
『カナン王が言っていたな。裏切り者が何か仕掛けてくる可能性があると』
「人間側に裏切りが?」
『ルオン殿はこの戦場にいる騎士達が裏切ったという可能性を考慮しているだろう? だがそうではない』
となると、一体――そう思った矢先、上空にいるエルダードラゴンが咆哮を上げた。
「な、何だ……!?」
『察知したようだな』
ガルクの声……もしや――
『人間側の裏切り者は動いたとしても、大勢に影響はない。だが、精霊や竜となれば話は別だ』
「ちょっと待て……精霊や竜が!?」
声を荒げた瞬間、何事かと近くにいたソフィアやフィリがこちらを見る。
「ルオン様、どうしましたか!?」
『我から説明する』
ガルクが俺の右肩に。
『この戦場ではないが、後方にいる精霊や竜達の一部が裏切った』
「はあっ!?」
シルヴィが素っ頓狂な声を上げた。
「ちょっと待ってくれ! それはまずいんじゃないか!?」
『現在、同胞が抑えているような状況みたいだが、混乱している。それは人間側の部隊にも波及しており、非常にまずい』
「後方部隊が軍としての意味を成さなくなっている、ということか」
俺は苦々しく告げる。
こうなると、障壁の外側にいる魔物達が厄介となる。その狙いが俺達ではなく混乱する後方の軍だとすると、俺達は退路を断たれてしまう上、後方が窮地に。
どう動くべきか……考える間にガルクの説明は続く。
『推測だが、魔王はルオン殿などの存在により正面から戦っても大勢をひっくり返すのは難しいと悟ったのかもしれん。そこで、先の戦いで精霊や竜達を一時洗脳するような魔法を仕込み……この決戦の際に発動したと我は推測する』
「……一番の問題は、この戦場にどこまで影響が出るかです」
ソフィアが言う。そこでガルクも頷いた。
『最前線であるこの場所に裏切り者はいないようだが……後方から複数の竜がこの戦場に間もなく接近するようだ』
「他に裏切った者が来る可能性は?」
『竜以外がここに急行するのは難しいが……』
――選択肢は二つ。このまま強行突破し魔王城へ踏み込む。あるいは、一度態勢を立て直すため後退する。
ただ後退して全てが解決するかどうか保証はない。まだ魔王が仕込んだ存在がいるかもしれないし、俺達と直接戦う際に策を仕込んでいるだろう。さらに奴に時間を与えることになってしまう。
『ルオン殿、賢者の血筋と共に城へ行け。無論、我の分身は同行する』
ガルクの言葉。そこで俺は、南の方から竜が迫ってくるのを視界に入れる。
『竜達の対処はこちらでやる。加え、我ら神霊がこの場の戦いと精霊達の混乱を抑えよう』
「できるのか?」
『誰かがやらなければならんだけの話だ。それに、精霊が暴れるのを放置するのはさすがにまずい。魔王との戦いについて、ルオン殿達に任せるのは心苦しいが』
「元々、俺もガルク達の協力を借りずに戦おうという腹積もりだったよ」
俺は剣を握り直すと、ソフィアに告げた。
「このまま居城へ足を踏み入れる……騎士バルザード!」
「うむ」
近くで魔物と交戦していた彼は、剣を振り一蹴すると近づいてくる。
「俺やソフィアはこのまま居城の中へ突入します」
「わかった。賢者の血筋の面々も連れて行ってくれ」
俺は視線を転じる。フィリを始めアルトやラディとその仲間……一番後方でオルディアがいて、すぐに行動できる状況。
ソフィアに目を移す。彼女の近くには護衛のエイナとシルヴィ。さらにクウザとその横にアレーテ……戦力としては十分だ。
「……騎士バルザード。ここは頼みます」
「ああ。そう心配するな。苦境だが、乗り越えてみせる」
彼の言葉に俺は頷き――ソフィアに言う。
「覚悟は?」
「いつでも」
「よし……行くぞ!」
号令と共に、俺は前に出て魔物を撃破し始める。同時にフィリやエイナが動き出し、ソフィアを囲うようにして横から来る魔物を迎撃し始める。
「ガルク、魔王を倒したら裏切り者達は止まると思うか?」
魔法を使用しながら問い掛けると、答えはすぐにやってきた。
『裏切り、といっても魔王の策により洗脳を受けた、といったところだろう。当然魔王が消えればその魔法の効果もなくなるはずだ』
「わかった。ならばできる限り短期決戦でいきたいところだな」
どの程度混乱しているのか……俺は使役する使い魔に呼び掛けて状況を探ってみる。観察しているのはカナンがいる場所だ。
彼は現在俺達がいた砦にいるのだが、精霊や竜が攻撃しているという状況……とはいえ人間側の動きは理路整然としており、統率はきちんととれている。
もっとも、だからといって安心できるわけではない。逆に、魔王の策は後方にいるカナンの場所でさえも攻撃できるということが証明されたわけであり……被害をできる限り抑えるためには、少しでも早く動かなければならない。
俺は後方にいるソフィアを一瞥。急いで行動すればそれだけ体力を消費する。魔王との戦いに備えあまり前に出ないようしているわけだが、性急に行動して疲労させるわけにも――
「大丈夫です」
そこで、まるで俺の心を読むかのようにソフィアが言った。
「とにかく先へ……誰もが思いは一緒のはず。できる限り急ぎ、そして全身全霊をもって魔王を討つ」
近くにいたクウザが頷く。俺は小さく「わかった」と応じ、さらに前進。
魔物達は容赦なく攻め寄せてくるが……俺はそれを全て魔法で吹き飛ばし、とうとう居城の前に到達。途端、城内へ続く大扉が開いた。
誘っている……というより、俺達を倒す準備はできている、といった意思表示か。
俺は無言で城の中へ。直後城内にいた魔物が襲い掛かり――それを、魔法で一気に粉砕した。




