王の懸念
俺の視線の先には、ナテリーア王国の魔法使い達。接近すると、クウザとその親友であるアレーテが会話している光景が。
「というわけで、俺と君はソフィア王女を護ることが至上命題なわけだが――あ、ルオンさん」
クウザが気付く。俺はヘッダに「どうも」と挨拶をした後、彼へ言う。
「カナン王から話は聞いた。二人には世話になる」
「以前の恩を返す時がきたようで」
礼を示し、アレーテが言う。
「それはそうと、クウザから聞いたのだけれど……精霊を生み出したと」
「クウザ、話したのか?」
「口が滑った」
おい……と思ったが、もう別にバレてもいいんじゃないかと思うし、構わないか。
「神霊の力を結集させた精霊、私としては大変興味があるの」
「実を言うと、私も興味がある」
相次いで表明するアレーテとクウザ。この辺りは当然だろうけど、目が輝いている二人の様子は、ちょっと怖い。
「一度アカデミアへ行かない? あ、もちろん魔王との戦いが終わってからでいいわ」
「私としても戦いの後アカデミアを訪れるつもりだから、挨拶ということでどうだ?」
「……二人とも、目が怖いぞ」
半歩下がるような態度を見せる俺だったが、二人はどこ吹く風。
まあその反応は仕方がないけどさ……かといって下手に口約束なんかした日には何が起こるかわからない。お茶を濁そう。
「とりあえず、その話は改めて……クウザ、かなり重要な役目になる。ソフィアを守るために尽力してくれ」
「無論だ。アレーテもやる気になっている。必ず彼女を魔王の待つ場所まで送り届けよう」
「頼む」
俺は二人のもとを立ち去る。他に挨拶をする人物は……と思ったところで、俺は騎士に呼ばれた。カナンが話をしたいらしい。
何事か、と思いつつ砦に入り会議室へ。そこにはソフィアの姿はなく、カナンとボスロの二人だけだった。
「どうしましたか?」
「重要なことを確認していなかった」
深刻な表情。問題発生か、などと思った時、彼は言った。
「考えたくない話ではあるが……もしものケースを想定しておかなければならない」
「魔王を討てなかった時、ですか」
「ああ。あるいは……何か問題が生じ、戦いが困難になった場合だな」
戦いが……? 王を見据えると、難しい表情をし続けているのがわかる。
指揮を執る人間だからこそ、わかることもあるだろう。いや、もしかすると――
「何か、問題が発生しているんですか?」
「私も確たることは言えない。だが、不安要素があるのは事実だ」
それは一体――と問おうとした時、カナンは首を振った。
「魔王が何かするとして……私が最初に考えたのは、裏切り者を利用することだ」
「魔族に懐柔された人間、ですね」
「そうだ。しかし現在、そのほとんどが戦いの中で処分された。加え、今回戦線に参加する面々は多少なりとも身体検査は済ませてある。それを潜り抜けるとしても、ルオン殿を始め精鋭がいる以上、対処はできるはずだ」
「もし、カナン王を始めとした待機側が狙われるとしたら……」
「そこだ。もし攻撃を受けたとしても、無視して欲しい」
カナンの要求……俺は、小さく頷いた。
「わかりました。全ては魔王を滅せば済むことですしね」
「ああ。その決め事さえしておけば、少なくとも魔王との戦いにおいて混乱することはないだろう」
そう語るカナンだが……やはり表情は晴れない。
「出来る限り万全の態勢は整えている……が、やはり不安はつきまとうな」
「戦場の方は、何かあっても俺が対応します」
明言。するとカナンは笑みを浮かべた。
「ルオン殿の言葉には重みがあるな……わかった。ルオン殿、頼んだ」
「はい」
頷く俺――こうして王との会話が終わった。
外に出て、部屋に戻る。明日は決戦ということで、少しばかり俺も気が高ぶっているのか、なんだか落ち着かない。
『いよいよ、最後か』
ふいにガルクの声が。俺はそれに頷き、
「思えば、俺は自分が死なないように鍛えて……その終着点は、間違いなくこの戦いだな」
『感慨深いか?』
「そりゃあもちろん……物語なら魔王を倒せば終わりだけど、俺達はそういうわけにもいかない」
そう思えば、次にやることを見出したのはよかったかもしれない。
『魔王としては、非常にまずい状況だろう』
ここでガルクがまたも口を開く。
『我ら神霊が動きを封じていることに加え、ルオン殿というとんでもない戦力がいる。さらに竜を始めとして人間に協力する種族も多い。相手も周到な準備をしているはずだが、覆すことなどできない戦力差があるのは間違いない』
「油断は禁物だぞ、ガルク」
『わかっているさ……この戦い、ルオン殿とソフィア王女が魔王の下へ到達すれば勝利だ。それに我らは全力を尽くすぞ』
「ああ」
……ふと思う。ガルクに対して世話になりっぱなしだな。
「ガルクは、戦いが終わればどうするんだ? 前にチラッと話は出たけど」
『ルオン殿が気になっている事柄に付き合おう』
「さすがに本体がやってくるようなことはないよな?」
『そこまでするつもりはない。戦いが終わった後のこともあるからな』
それは――訊こうとして、ガルクが先に発言した。
『魔王を倒したからといってすぐ平和が訪れるわけでもないからな……大陸はまだまだ混乱が生じるだろう。それを是正するのもまた我の役目だ』
と、ここでガルクは息をつく。
『というより、混乱が収まらないと我の住む森にも被害が出るだろうからな』
「確かにそうだな」
思わず苦笑。理由としては自身の生活圏を守るためだが……そうであっても、協力してくれるのは嬉しい限り。
「神霊達が動いてくれれば頼もしい。フェウスやアズアはどうかな?」
『我と同じ理由で動くことになるだろうな』
「俺からも改めて言っておいた方がいいのかな」
『我からルオン殿の要望だということで伝えておこう』
……アズアとかは「断る」とか言いそうだけど……そうなったらそうなった時対処するか。
『ルオン殿、長い付き合いになりそうだが頼むぞ』
「ああ」
返事をした後、ガルクの声が途切れた。
俺はふと窓から外を眺める。せわしなく動き回る騎士達。その光景を見ながら、俺は大きく息を吐いた。
転生してから、死なないように――そして魔王を倒すために動き続けた。正直今のような展開になるとは想像できなかったが、状況は悪くない。
ゲームの中では主人公のパーティーが魔王の居城へ踏み込む際、人間側の描写はまったくといっていいほどなかった。そのため、もしかすると主人公が戦っている間に何かあったという可能性も否定できないが……カナン王を始め信頼できる人物に加え、精霊が動いている。そう問題もないか。
「さて、今日は明日に備えゆっくり休むとするか」
また激しい戦いとなるだろう……ただ南部侵攻の時のように転戦する必要はないので、身体的な負担は前より少ないとは思うけど。
しかし――今回は守るべき人物がいる。
「ソフィアを魔王の下へ連れて行き、そして守る……やることはシンプルだが、決して油断はできないな」
魔王がどのような策を打ってくるかで状況は変わる。その中で俺と賢者の血筋の面々だけは、絶対にソフィアと共に行動させるべきだろう。
決心した後、俺はベッドの端に座り込む。長かった戦いがようやく……そういう考えと共に、最後の最後で絶対に仕損じるわけにはいかないという言葉が浮かび、部屋の中で気を引き締め直した。




