とある手助け
「どうしましたか?」
俺が小さく呟いたためか、シルフが問う。彼女はどうやら魔物の存在に気付いていない。
だからこちらは「何でもない」と返答し、ソフィアへ視線を向ける。
魔物の姿……一瞬だけしか見えなかったが、あれは――
「ソフィア、少しばかり自由行動にしないか?」
唐突な提案だったためか、彼女は小首を傾げた。
「え? 自由行動ですか?」
「ああ。もしかすると俺が一緒にいるからシルフが敬遠しているのかもしれない。契約をするなら、一人の方がいいかもしれないぞ」
シルフの方は「そんなことありませんよ」とでも言いたげな様子だったが、俺の言及に反論はせず、見守る構えを見せる。
「俺も少し周辺を見て回りたいからさ……あ、迷惑をかけるつもりはないので」
「はい、いいですよ」
こちらの言葉にシルフは了承。ソフィアは首を傾げたままだったが俺は半ば強引に取り決め、二手に分かれることになった。
「さて、と」
まず周囲に精霊がいないかを確認。で、いないとわかるとささっと岩陰に隠れ、気配を消す魔法を使用して行動開始。
「山頂周辺……かな?」
気配がある場所の標高はそれほど高くないので大丈夫だろう……俺は風の魔法を使用し、移動を開始。跳ねるような動きで一気に山頂へと登る。
――この大陸には、魔王が放った魔物以外にも大陸固有の魔物が多数存在する。それは野生動物などと扱いは一緒であるが、攻撃的な存在が多いのでそれなりに警戒しなければならないのだが――
「気配の質から考えて、あんまり放置はできないよな」
一気に山頂へと到達。周囲を見回してみると……いた。シルフの住処の反対側。そこに、一頭の竜がいた。
ゲームでは竜種も敵として出現する場合があったのだが、大陸固有種と魔王の軍勢が生み出したのが存在する。で、今回のは大陸固有種。竜の中では大きくないが、それでも人間の倍の身長を持っている。名前は確か、エアードラゴンだったかな。
目の前にいる竜の姿は前世で言う所の西洋竜で、胴長ではなく人間のように四肢があるタイプ。緑色の鱗に覆われた体に長い首。人間よりも大きいが、竜の中では小型だ。
大きい竜の場合は大気中の魔力を吸い糧とする場合が多いのだが、小型の場合は動物なんかを餌としていたはず……たぶん餌を求めてさまよっていたんだとは思うが、少しばかり気になった。
「どうした?」
俺は詠唱し魔法を発動させ――問い掛ける。竜種は能力が高い程知性が増すため、目の前の竜の場合だと獣と同じくらいだとは思うが……こういう相手に対し俺は意思疎通ができる魔法を知っている。それが『マリオネット』だ。
ゲームでは敵を操るという設定だったが、実質は状態異常における混乱の上位互換で、魔法を解除するか仲間がその魔物を殴らない限り操ったままというもの。ただし大陸固有種のみにしか通用せず、なおかつ魔法使用者は他の魔法や攻撃ができなくなるということで、どちらかというと趣味の部類に入る魔法だったのだが……現実となった今ではこれを利用して魔物なんかと意思疎通ができる。
「……ふむふむ、見慣れない魔物が来て住処を追い出されたと」
どうやらこの辺りにも魔王侵攻の影響が出てきているらしい。
竜は新たな住処を探しているらしいが……ここまで関わったし、ちょっと付き合ってみるか。
「俺が魔物を退治してやるよ」
そう告げると、竜はグルルと唸り声を上げた。本当か、という感じの問い掛けだ。
「ああ。その代わり、この辺りにいるシルフ達には迷惑かけるなよ」
当然だ、とでも言わんばかりに鼻息を漏らす竜。よし。
「なら早速行ってやるけど……場所は?」
問い掛け頭の中に流れ込んできたのは、隣の山でシルフの住処とは反対側の山肌に存在する洞窟。
俺は即座にそちらへ足を向ける。同時に魔法を解除するが、竜は俺に対し従順になっており、暴走の心配はなさそうだった。
魔法を利用して一気に移動。竜もそれについてくる。ソフィアが精霊探しをしている間しか時間はないのであんまり手間はかけてられない。手早く対処することにしよう。
結果として、ものの数分で目的地へ到着。その洞窟は竜が住むサイズであるため、それなりに大きい。
で、奥から気配がする……これは紛れもなく、瘴気だ。
足を向けようとした時、ふと思う。ここまで流れで来たが、竜が追いやられてしまうくらいの魔物……もしや、悪魔の類だろうか?
その場合、俺が行動して問題はないだろうか? 仮に偵察か何かで来ているとしたら……いや、さすがに悪魔と絶えず連絡を取り合っているようなことはないか。ゲームでもそんな描写はなかったし……ただ念の為、注意することにしよう。
洞窟に侵入する。竜もそれに合わせついてくる。たぶん自分の家の状況を知りたいのだろう。
俺は竜の存在を意識しつつ先へと進む。明かりを生み出し洞窟内を照らしてみるが、瘴気のためか他の生物の気配がまったくない。
そのまま進むと、道が二手に分かれていた。瘴気がする方向が右側……と、待て。
「近づいてくる……」
剣を抜く。奇襲されようがまったく問題ないステータスではあるのだが、暗い洞窟の中で待ち構えるとなると警戒してしまうのも事実。
やがて明かりに照らされたのは……筋骨隆々の悪魔。二本の角を持ち体は赤色。顔立ちは人間のそれに近いが、眼光は真紅でひどく不気味。
赤色で角持ち……悪魔にも種類があるわけだが、こいつはシナリオ中盤に出現するクリムゾンデーモンだな。登場時期の割に攻撃力が高くてなかなかに厄介。ただ攻撃手段が拳による直接攻撃だけなので、装備が整っていればそれほど対処は難しくない。
こうした魔物が出現するようになるようなシナリオ段階ではないはずだが……いや、待て。思い出した。こいつら、精霊達を襲撃する役目を持った悪魔達だ。
魔族の中にも役割があり、人間の国を侵略する者の他、精霊に干渉しようとする者もいる。ゲームではその魔族の居城に行けば、どういう行動をしてきたかを資料などで垣間見ることができる。
それによると、精霊を襲撃するべく地水火風それぞれの精霊にクリムゾンデーモン十体を派遣したが、一体も戻ってこなかったという結果が書いてあった。ここから考えるに、悪魔を派遣したが作戦は失敗。なおかつ、派遣した悪魔と絶えず意思疎通を行っておらず、戻ってこなかったため失敗だったという判断をしている。
つまり、ここで俺が行動しても問題ないというわけだ。
「精霊達が対処するわけだから無視でも問題ないんだろうけど……ま、ここで放置して竜や精霊が犠牲になったら寝覚めが悪いな」
そんなことを呟いた時、悪魔が襲い掛かって来た。声もなく拳を振り上げこちらへと迫ってくる。
対する俺は、ひどく無造作に剣を振る――狙いは悪魔が放った右拳。剣が通過すると悪魔の肘から先から消失する。
だが悪魔は一切怯まない。即座に左腕を動かそうとして……そこへ俺は頭部目掛け縦に一閃した。
結果、悪魔は見事両断。あっさりと倒すことに成功したのだが……まだ気配があるな。とはいえ、九体全部がここにいるわけではなさそうだ。
少しするとクリムゾンデーモンが明かりの中に入ってくる。直後、悪魔は先ほどの個体と同じように拳を振りかぶり、俺へ突撃してくる。
こちらはそれを見切り、反射的に避ける。攻撃は一切効かないが、修行時代の感覚が染みついていて体が咄嗟に反応する。
即座に反撃。拳を引き戻す前に胴体へ向かって横一閃。
結果、悪魔は見事両断する……洞窟内にいたのは二体だったようだ。気配を探り瘴気が途切れているのを確認し……竜へ魔法で語りかけた。
「これでいいんだな?」
すると、竜は嬉しそうに唸る。
目的は達成したが……さすがに精霊を打倒する悪魔が二体ってわけではないだろう。俺は外へ出るべく歩き始める。
「それじゃあ……俺は周辺を確認しておくよ」
竜に告げ洞窟から出る。少しすると、またも気配がした。




