結集された力
フェウスが放ったのは赤い、炎熱を想起させる魔力――その魔力を素材に押し当てると、徐々に形状が変化し始める。
「フェウス、大丈夫なのか?」
アズアの問い。それにフェウスは「もちろん」と応じる。
「心配してもらわなくとも大丈夫よ」
そう返答しながらもどんどん素材が剣の形を成していく――ここはやはり神霊のなせる技なのか。すんなりと素材は望む形状に変化する。
結果、時間にして十分ほどだろうか。神霊の手によって、見事な刃が生まれた。
「さて、ここからが本番だな」
ガルクが言う。それと同時、ソフィアと契約を行う精霊達の姿も現れた。
「私達も協力します」
代表してレーフィンが言うと、コロナが頷き話し始めた。
「私も、力を注がせてもらうわ……どうなるか楽しみね」
――おそらく、世界に二つとない力を持つ剣となるだろう。四大精霊に加え、神霊と大樹を守る精霊……この大陸において、最高の面々だ。
固唾を飲んで見守っていると、精霊と神霊達が刃を囲むようにして立つ。その姿は圧巻の一言で、周囲にいる人間達も目を見開き息を呑む。
「――この剣により、魔王との戦いに終止符を打つことを願う」
ガルクが述べた次の瞬間、一斉に魔力が刀身に注がれる。
室内が圧倒的な力によって満たされる。敵意を向けられているわけでもないのに常人ならば下手すると卒倒するのではないというくらいの魔力。この場にいる面々はどうやら大丈夫みたいだが――
「調整は私に任せなさい」
コロナが言う。素材を生み出した以上、彼女が指揮をとるらしい。
その光景を、俺はじっと眺める。ソフィアは俺の隣に来て、同じように剣を凝視したまま固唾を飲んで見守る。
圧倒的な魔力を肌で感じ……確信する。魔王を討つために生まれた剣。これはまさしく、切り札になる。
誰もが絶句し見守るしかない中で、次第に神霊達の魔力が収まってくる。正直、これだけの力を注げば素材なんて一発で砕けるのでは、などと思ってしまったが、台に置かれた剣は多量の魔力を受けても変化がなかった。
そして、完全に魔力が閉じる。誰かが大きく息を吐いた。俺もまた無意識のうちに体が緊張していたらしく、握っていた拳の力を弱めた。
「……うむ、これで完了だな」
最初に口を開いたのは、ガルク。
「ただし、魔力が完全に中へ入るまで時間が掛かるな。それが終わったら剣としての体裁を整えることにしよう」
「なんだか、あっけないものですね」
フィリが感想を述べる。それに俺は苦笑し、
「やっていることは、えげつないけどな……魔王からすれば、脅威以外の何ものでもないだろう」
「間違いなく、切り札となりますよね?」
「ああ、断言できる」
そう言葉を零し、俺はどこまでも刃を眺め続ける。剣の表面には神霊達の魔力が滞留している。力が少しずつ剣に入っている光景が俺の目にも見え、飽かずに見ることができる。
それは他の人々も同様らしく……誰もが沈黙している。横にいるソフィアもまたじっと佇んでいる中――
「……む?」
突如、ガルクが声を上げた。何か問題でもあるのか――と思った時、人間の姿の彼は俺へと振り向く。
「ルオン殿、少々いいか?」
「え? ああ、大丈夫だが」
言うや否やガルクは歩き出す。何が起こったのかと周囲の人間達が見守っていると、フェウスが「心配しないで」とフォローを入れた。
俺はガルクに追随するように外へ。そこで、
「魔王の居城に変化があった」
ガルクが述べる。
「我らが構築した障壁の中で、何やら動いている様子だ」
「……地底に残る魔族の魔力は消したのか?」
「今のところ順調に」
「それは魔王もわかっているんだよな? 妨害するつもりなのか?」
「そういうわけではないようだ。魔王がどのように行動するのかはわからないが……最後の戦いもまた激戦になると、我は予想する」
ガルクの言葉に俺は頷き返す。
「不可思議な魔力については……どう思う?」
「もし魔王がその魔力を手に入れることを目的としていたのならば、五大魔族が地底に干渉する間に多少なりとも取り出しているかもしれん」
そうだった場合……まあ、どういうやり方にしろこちらとしては全力で応じるだけか。
「また、一つ懸念がある」
「どうした?」
「魔物についてだが……魔王の居城内でおそらく相当数生み出されている可能性が高い。障壁を用いこちらが監視しているためか、城から一歩も出ていないが……一挙に外に出ると厄介なことになるだろう。さらに、魔王側が障壁に阻まれながらも何かしらの方法で指示を出しているのか……障壁外の魔物達の動きがほとんどない」
「最後の戦いの時、一気にというわけか。ガルク、そうなった場合――」
「我らが魔王の居城に踏み込めるかはわからんな。地底に存在する魔族の魔力を除去できれば障壁を解除しても問題ないと思っていたが……そうはならない可能性もある」
となれば、魔王の居城に踏み込むのは俺とソフィアを始めとした賢者の血筋だけかもしれないということか……そうしたケースを考慮して、今後行動していくべきだろう。
「わかった。ガルクは引き続き居城の観察を継続してくれ」
「うむ。剣の作成は直に終わるが、その後はどうする?」
「多少なりとも剣を扱う訓練は必要だろ……それと、決戦ならカナン王とも話し合わないといけないが……」
「準備は行っているのだろう?」
「もちろん……そう遠くない内に、戦いの日を迎えると思う」
俺の言葉にガルクは頷いた。
「ならば、竜や魔狼達に呼び掛けておこう」
……大陸を侵攻していた魔族達はいない。よって人間側は戦力を魔王の居城に向け集中できることに加え、竜達などの存在もある。盤石と言って差し支えない状況だが、果たして魔王はどう動くのか。
一通り話し合った後、ガルクと共に工房に戻る。既に魔力収束は完了し、ソフィアを始め人々が剣としての体裁を整えるべく作業をしていた。
覗き見ると、装飾なども少ない柄だった。市販で売られている剣と比べれば見た目もいいが、かといって神霊達が力を注いだ剣にしてはシンプル過ぎる気もする。
ま、これはソフィアの意向だし、機能性を優先させた結果だろう……そんなことを思った時、今度はリチャルが前に出た。
「ルオンさんから解説を受けた効果を付与するけど、それでいいかい?」
「ああ。とりあえずはそれで」
俺の言葉を受け、リチャルを始め紋章を描く面々が作業を始める。
「完成したら、早速訓練だな」
「場所はどうしましょうか?」
ソフィアがふいに口を開く。
「これほどまでに強力な剣である以上、慣れるまではかなり危険では?」
「一応、それに対する策も講じているけどね」
コロナが語り出す。どういうことだ?
「魔力というのは放出させると拡散する性質を持っている。魔法なんかは典型で、放出したらひたすら拡散していくでしょ? けど、この剣でそんなことをすれば周囲にも被害が及んでしまう。よって、拡散しないよう調整はしてある」
「……ずいぶんと興味深い対策を立てたな」
「そりゃあこの程度のことは考慮に入れているよ」
なら助かる……その時、リチャル達の作業が終わる。
「これで一応完成、かな」
剣を眺める。刀身に描き込まれた複雑な紋様。その内に眠る力は、この大陸のどの武器よりも遥かに大きい。
「訓練する場所は改めて決めるとして……ひとまず、どういった剣なのか簡単に検証しようか」
俺の言葉にソフィアは頷き――外に出た。




