選ばれし人物
翌日、早速『スピリットワールド』の検証からスタートする。その結果、
「……この技法については、確かにやり方が違いますね。賢者の力が表に出ています」
レーフィンが述べる。ふむ、当たりだったようだ。
『ならばこれを基にして、検証をしていこう』
俺の肩に乗るガルクが言葉を重ね、ソフィアは試行錯誤を開始。レーフィンと共にあーでもないこーでもないと喋っているのを見ていると、ガルクが声を上げた。
『ルオン殿、現在のところ魔王は動いていない』
「それはよかった」
『……これは単純な疑問なのだが、魔王はどのような策を打ってくると思う?』
「そういうのは、ガルク自身予測しているんじゃないのか?」
『ルオン殿の意見が聞きたいのだよ』
意見ねえ……まあ、考えていないことはない。
「あくまで可能性の話だが、魔王はガルクも言っていた不可思議な力を利用しようとしているんじゃないか」
『……ほう、天使の遺跡に存在していたあの魔力か』
「そうだ。いや、それ以上に――」
俺は僅かに間を置いて、ガルクに言う。
「魔王の目的が、あの魔力そのものである可能性も……と、俺は考えている」
『根拠はあるのか?』
「いや、残念ながら。ただ、そんな予感がしているだけだ」
ガルクは何も答えない。普通、こういう根拠のない推測をした場合、首を傾げられてもおかしくないと思うのだが、そういうこともない。
というより、俺が持つゲームの知識からガルクはこの推測もあながち間違っていないのでは……などと思っているのかもしれない。
『仮にそうだとして、魔王はどういった行動をとるだろうか』
「うーん、そうだな……賢者の力を強化するために……といっても、物語の中で大陸崩壊の魔法を発動した後の魔王だって賢者の血筋の攻撃は効いていたからな……」
あるいは、賢者の力と組み合わせるのとは異なる手法だろうか?
『とはいえ、様々な可能性は考慮しておく必要がありそうだな』
「そうだな」
ソフィアの魔力が膨れ上がる。レーフィンがそれを抑えるよう指示した時、
『……魔王の目的が、魔力を手にすることだと言ったな?』
またもガルクからの言葉。
『仮にそうだとして、なぜこの大陸を蹂躙しようとする?』
「それについては……俺にもわからないな。物語の中でも語られなかった」
『物語だとしたら、むしろ魔王の目的といった細かい部分が描写されてもおかしくないと思うのだが』
「確かに、な……ただこの場合、事情が少し違うんだよな」
『事情?』
「魔王の目的そのものが、伏線になっている気がするんだよな……続編の」
頭をかきながら俺は応じる。
ガルクに言われて改めて考えてみたが、魔王の目的……それ自体が、物語の中で欠落している。
ゲームの製作者が、大陸に襲い掛かる元凶の目的を失念していたなどというのは考えにくいので、ここはわざと語らなかったということだろう。現実となった今、どのような目的であれ大陸を襲うことには変わらないので、半ば放置していた部分ではあったのだが――
『伏線、か』
ガルクが目を僅かに細め、呟く。
『そもそも、魔王はどこから来たのかもわからん状況だが……その辺りのことが関係しているのか?』
「こればっかりは調べてみないとわからないな。といっても、果たして俺達の手でどこまで調査できるのか……」
その時、ソフィアの魔力が一層強くなる。視線を送ると、彼女を中心に魔力を渦巻いていた。
『賢者の力も混ざっているが……ふむ、そういうことか』
「どうした?」
問い掛けた時、ソフィアの魔力が収まる。ここでレーフィンが声を発した。
「ガルク様、どうやらこれは――」
『うむ、そのようだな』
説明してくれと思った矢先、ガルクが声を上げた。
『賢者の力そのものは表に十分出ている。フィリ殿の力と突き合わせて検証せねばなるまいが、魔王に対抗できるほどのものであると我は思う』
「けど、問題があるのか?」
『そういうわけではない。ソフィア王女は精霊と契約しているため、多少賢者の力を出しにくい状況にあるとわかっただけだ』
ガルクの言葉に、ソフィアの表情は曇った。
「まずい、でしょうか?」
『十分なほどに賢者の力は表層に出せているから問題はないさ。ただ、少しばかりソフィア王女も注意を払って力を引き出す訓練をした方がいいという話だ』
「なるほど……ちなみにですが、賢者の力を優先的に出すにはどうすれば?」
『精霊達との契約を解消すればいい』
さすがにそれは……ソフィアもガルクの指摘については首を振る。
「私の力は、精霊達があってのものですから」
『うむ……ともあれ、やり方はわかった。残り一日と少しだが、できるところまではやるとしよう』
「はい」
ソフィアは力強く返事。俺もまた協力すべく、彼女に近寄った。
――そうして、三日目が訪れる。昼頃にコロナに呼ばれ、俺とソフィアが大樹の下へ行く。既にフィリは待っていた。
「お疲れ様です」
「お疲れ、フィリ……コロナ、彼の成果は?」
「精霊の力を利用するという技法については、ある程度体得した感じ。もっとも、魔王に対抗できる程なのかはわからないけどね。で、そっちは?」
「彼女が所持している技の中に、精霊の力と賢者の力を表に出すものが存在していた。その検証から始め……今は十分に力を発することができる」
「なら、見せてもらおうかしら」
コロナの言葉に、ソフィアが前に出る。見守るようにガルクが俺の肩に出現し、彼女は剣を抜いた。
「いきます」
「どうぞ」
言葉を受け力を発するソフィア――直後、コロナは目を大きく開けた。
「へえ……精霊の力も表層に出ているけど、賢者の力の濃さはフィリさんとほとんど変わらないかな」
これは高評価と言っていいのではないだろうか。沈黙していると、さらにコロナは声を上げる。
「うーん、これは非常に判断が迷うところね」
『拮抗していると考えていいのか?』
ガルクの問い。コロナはすぐさま頷き、
「ただ、そうね。精霊の力という観点で見た場合、ソフィアさんの方が上手かしら」
ここでソフィアとフィリが視線を交わす。結果――
「……力は、少しでも大きい方がいいと思います」
フィリが述べた。その言葉によって、どうするか結論が出た。しかし、
「私が戦線離脱した場合は、どうしますか?」
ソフィアが問う。俺が全力で守るつもりだが――
「その時は、私が対応するわ」
コロナが声を上げる。
「あくまでソフィアさんの力をベースに生み出すわけだから、賢者の力を所持している人限定になってしまうけど……私が剣に宿ることで使用者が扱えるように調整できる。もっとも、それはあくまで緊急時の話だから、ソフィアさんが直接魔王を討って欲しいわね」
「わかりました」
「――俺も一つ質問があるんだが」
ここで俺が手を上げた。
「生み出した剣なんだが……戦いが終わった後どうするんだ? 精霊達が管理するのか?」
ソフィアの力に合わせ調整された剣であるなら、放置しておいても問題ないのかもしれないが……。
「そうねえ、後の世の事を考えれば、有効活用するべきでしょうね」
コロナが言う。有効活用?
「聖樹の中に封印しておけば、ものすごくゆっくりだけど剣の性質を少しずつ変えることができる。今後大陸に危機が訪れた場合……強大な敵に対抗できるよう、剣を作り変えておくのもいいかもしれないわね」
なるほど、それなら……人間側に渡しておくよりはいいかもしれない。それに、聖樹の精霊が管理するとなれば、人間側も納得するだろう。
「質問は以上みたいね」
コロナがさらに語る。
「それでは、素材の作成に入ろうかしら……ソフィアさん、協力してもらうわね」




