神霊の戦い
魔王にとって、神霊はこの大陸において何よりの天敵であり……魔王が僅かに反応したのを俺は見逃さなかった。
『……神霊と人間が手を組んだというのか?」
『その通りだ』
ガルクの声。気付けば俺の背後にガルク本体が出現していた。
『お前の暴挙はここで止めるとしよう』
『……まるで、私がやることを最初からわかっていたような口ぶりだな』
『ええ、そうね』
今度はフェウス。炎熱が突如出現し、魔王の放つ魔力に対抗する。
『あなたの策は既に看破している。望む形にはならない』
『……興味深いな。私の魔法を知り、対策を施したというのか?』
『そういうことになるわね』
『策を講じるならば、私がどのような魔法を使用するかを解明しなければならんはずだ。地底に魔力を注いだことを把握したとしても、どのような魔法なのかを理解しなければ、到底対策などできはしない』
『やっているからこそ、こうしてこの場にいるのよ』
茶化すようなフェウスの言葉。それと共にアズアの姿も出現し――魔王と神霊達が対峙する。
『……面白い』
やがて魔王はそう口にした。
『精霊達が動いている気配はあった。しかし最後までこちらに情報を渡さなかったことは、褒めてやろう』
魔王の魔力が高まる。それに呼応するかのように神霊達の魔力も強くなる。
双方の気配が平原に拡散し、渦を巻くように流れる。竜達が警戒を行い、魔王の配下達も圧倒的な魔力を感じ取り引き下がっている。
オルディアもまた後退し――俺だけが唯一、魔王や神霊達の気配を受けてもたじろがなかった。
「……レスベイル」
名を呼ぶと、精霊が俺の隣までやってくる。レスベイルの能力を利用し、魔力の流れを読み取ることができる。
いよいよ神霊と魔王の戦いが始まる――それは直接ぶつかり合うようなものとは異なる、策と策の激突。
『……魔法に気付けたとしても、これに抗えるだけの策は施したのだろうな?』
『心配せずとも、貴様の謀略は防ぎ切る』
ガルクの言葉。それと共に、とうとう魔王の魔法が発動した。
大地が鳴動する。地底に存在する膨大な力が徐々に上へと進む。
もし地表に到達すれば、凄まじい魔力の拡散が発生し、大陸各地に滅びを撒くだろう。それは敗北を意味し、当然南部で戦うソフィア達にも危害が及ぶ――自然と両の拳に力が入る。
『確かに、驚くべき力だ。魔王が入念に計画し仕込んだだけのことはある』
圧倒的な魔力の中、ガルクが言う。
『貴様の計画……神霊と呼ばれし我々でも策がなければ対抗できなかっただろう』
その言葉の直後、対抗するかのように神霊達が魔力を解放する。
『だが、我ら……いや、違うな。この大陸に住まう精霊達全ての力を結集し、貴様の計略を封じ込める』
――魔王の魔法が地中から這い上がろうとする胴長の竜だとするなら、神霊達の魔力はそれを封じ込めるための鎖と、竜を食らいつくすべく動く勇敢な獅子や狼だろうか。鎖で動きを止めつつ、獅子達が襲い掛かろうとしているような状況。
あまりにも莫大な魔力の激突。レスベイルの分析能力がなければ何もわからないまま立ち尽くす他なかっただろう。
だが、俺には理解できる。鎖が竜を拘束し、獅子や狼が竜と激突する――
『……精霊全ての、力か』
魔王が呟く。その声音に、先ほどまでの余裕はない。
『これで終わりのつもりなのかもしれないが――』
『無論、貴様の力を侮っているわけではない』
ガルクが言う。フェウスやアズアが同調するかのように魔力を放つ。
『遠大な貴様の計略に対抗するために、こちらは策を要した。だが一つ不確定な要素……魔王、貴様の力がどれほどのものなのかについては、推測し切ることはできなかった』
『最後は力勝負……だからこそ、我々がいる』
ガルクに続きアズアが言う。直後、魔王の下へ行こうとする竜が荒れ狂い、鎖を引きちぎってさらに進もうとする。
それを、神霊達が力で抑え込む――神霊三体と魔王単体。どちらの魔力量が上なのかはっきりとわからない――ただ一つ、神霊達の力に拮抗する魔王は、やはり凄まじい存在なのだろうと思う。
俺も、援護をしたいが……そう思った矢先、ガルクから声が。
『ルオン殿、援護すべきだと考えているようだな』
「……顔に書いてあるみたいだな」
『うむ。レスベイルを通し、魔力を注ぐことはできる』
その言葉の直後、俺は自身の魔力をレスベイルへ。すると、精霊は地中へ魔力を流し、神霊達と共に竜を食い止めるため動き出す。
やがて俺の魔力が竜に到達し、食い破り始め――それが均衡を破ったきっかけなのかはわからないが、地中の状況に変化が現れた。魔王の力である竜が、徐々にその力を失っていく。
『貴様の敗因は明確だ』
ガルクが語り出す。魔王はさらに力を加えたようで一度竜の動きが激しくなったが、神霊達はそれをまたも抑え込んだ。
『我らの動きを捉えることができなかったこと。精霊達の力を集めた渾身の策……事前に知っていれば、こういう結末には至らなかっただろう』
『まだ終わりではないぞ』
『いいや、終わりだ』
宣告と共に、一際ガルクの魔力が大きくなった。魔王が放つ圧倒的な気配を一瞬忘れさせるほどのもの。
『フェウス、アズア、終わらせるぞ』
その言葉と共に、魔王の竜に神霊達の力が殺到する――
『――ルオン殿、この後は人間達に託すことになるだろう』
ガルクが語る……俺は力強く頷いた。
「ああ、任せてくれ」
刹那、とうとう竜が崩壊を始める。力を失くし始めた竜にさらに神霊達の力が集中し、一気に魔力がしぼんでいく。
『大勢は、決したわね』
フェウスが断言。一方の魔王は黙し、動かない。
驚愕も、動揺も感じられない。発する魔力も変わらないが――
『……お前達の力が上回った。それは明確な事実だな』
やがて魔王は話し出す。それに俺は鋭い視線を向けつつ問う。
「ずいぶんと余裕だな。まだ手があるのか?」
『……先ほどの戦いを見るに、お前は私がどのような力を利用し攻撃を防いだか理解している様子だな』
「ああ。だからこそ、あんたを倒すのは……賢者の力を持った人間だ」
『賢者の力、神霊……それらにお前が関係しているようだな』
油断ない視線を向けられている。目の前で圧倒するほどの魔力を放つ神霊達より、俺を強く警戒している。
『本来ならばここで決着をつけたいところだが、どうやら今の私ではお前を滅することはできないようだ』
「あっさりと認めるんだな」
『自身の弱さを理解しない限り、進歩はない』
「……人間みたいなことを言う魔王だな」
ゲームではこうして会話もなかったので、意外だと感じた。
『ならば、どうするか――お前を倒せるよう力を補うしかないな』
「あるのか? そんな手が」
魔王は何も答えない……俺は相手を見据え、今後の展開を考える。
大陸崩壊の魔法は神霊達のおかげで防いだ。魔王が強化されることはないが、それでも賢者の力による魔力障壁は健在。攻撃を行う場合、賢者の血筋を持つ人物が必要となる。
その人物に、神霊達の力を集めた剣を――そこまで考えた時、魔王が動いた。
『出直すとしよう。今度こそ、大陸を闇で覆うために』
――西部と北部の軍は壊滅。南部からの脅威も人間達に抑えられ、さらに大陸崩壊の魔法まで防がれた。
しかしそれでも魔王は動じていない……いや、この状況を打開する何かが魔王にはあるのか?
様々な推測をする中で、魔王は語った。
『居城で待っているぞ』
同時、周囲が黒く染まる。ゲームにおいては影に染み込むように姿を消した――それと同じことが再現されようとしている。
やがてその姿が消え――戦いが、終わった。




