魔王の出現
竜達が悪魔を倒す中で、近づいてくる気配……ノストアとは比べ物にならない、その力の主は――
『そういえば、重要なことを聞いていなかったな』
ガルクが唐突に話し出す。
『魔王の名については、まったく外に出なかったな』
「ああ、確かに」
俺は頷く。
『名はあったのか?』
「一応あるみたいだな。とはいえ物語上の名前も『深淵の魔王』だったからな……」
名を明かさないというより、魔族達が「恐れ多い」という理由で名は伏せられていた。設定資料集にも「名はあるけど出さない」という徹底ぶりだったので、製作者達も意図的だったようだ。
「まあほら、名を利用して何かをする――なんて可能性もゼロじゃないから、魔王も注意したんじゃないかな」
『ふむ、そうか……しかし、間近で感じられる魔力は、さすがと言うべきか』
魔王の気配と共に敵影を発見。ノストアと同様悪魔などを率いているようだが、その数はそれほど多くない。
「魔王としては、予想外の展開ばかりだろう」
オルディアがふいに告げる。
「西部、北部と立て続けに軍がやられた上、ノストアさえ滅んだ……南部は人間が抑えているため、まともに動ける戦力は魔王自身だけだ」
「ま、それを逆転させるだけの魔法を発動しようとしているからな」
俺は言う……ここまで有利に戦況を進めてきたのは事実。魔王が動揺してもおかしくないわけだが、伝わってくる魔力からそうした感情は見受けられない。大陸を崩壊させる魔法があるからこその余裕かもしれない。
考える間にノストアの配下であった悪魔達は竜が殲滅。そして魔王の気配を感じ取ったか、大きく後方に退いた。
「……ガルク、竜達に手出しするなと伝えてくれ」
『無論やっている。ルオン殿はどうする?』
「奴の力は紛れもなく本物のはずだが……ま、俺の攻撃が通用するかどうか試してみてもいいだろ」
肩を軽く回す。そして一歩足を踏み出し、剣を強く握る。
「オルディアは下がっていてくれ」
「……死ぬなよ」
「ああ、わかってる」
頷いた直後、悪魔の雄叫びが聞こえてきた。そして数体の悪魔が突撃してくる。
――全身を血のように赤い鎧で身を固めた悪魔。頭部は山羊で、鎧と同様真紅の刃を持つ長剣を握り迫ってくる。
名は『フェイタルデーモン』。ラストダンジョンである魔王の居城に登場する悪魔であり、中々厄介な相手。
「さすが、魔王の身辺を護衛する魔物となると質が違うな」
俺は呟きつつも迫る悪魔を見据える。先陣を切る悪魔は水平に剣を薙ぎ――『ベリアルスラッシュ』を放つ。中級技だが威力はその能力もあって相当のはずだ。
しかし俺は平然と受け流すと――反撃に転じる。呼応するように『ベリアルスラッシュ』を用い――悪魔の体を容易く両断した。
続けざまにさらなる敵が飛来する。その全てがラストダンジョンに登場する魔物であったが――俺には通用しない。
光属性中級魔法『デュランダル』を発動。光の剣を豪快に一閃すると、範囲内にいた魔物はまとめて消し飛んだ。
後続からやってくる魔物も同様の結末を辿る。時折俺の横を抜けようとする者もいたが、冷静に対処。被害が出ることはなく、殲滅も時間の問題かと思われた。
その時、
『――興味深い人間だな』
くぐもった……それでいて高貴な人物を想起させる通った声。
魔物達は攻撃を中断し、後退。その間に俺の目の前に出現したのは、俺の倍はあろうかというくらいの身長と体格を持ち、漆黒の鎧を身に纏う存在。
それが大きいとみるか小さいとみるかは人それぞれだと思うが――放たれる魔力は恐ろしいほど濃く、人によっては見た目よりも遥かに巨大に映るかもしれない。
鎧については装飾などほとんどない物なのだが、魔力に反応し時折淡く発光する。そして顔は、口も目もない仮面を被っており、素顔を見ることはできない。
「……お前が、魔王か」
『いかにも』
魔王が応じる――ゲームの時と見た目は同じ。ラスボスは巨大な存在であるパターンがそれなりに多いが、このゲームに限って言えばそういうわけではない。
『人間、お前の活躍は他の者から聞いている』
「どうも。で、魔王が直々にやってきて俺を成敗しようと思ったのか?」
問い掛けに、魔王は応じない。その代わりに、右手をかざし、魔力を生み出す。
攻撃ではなく、自身の魔力を用いて剣を生み出す。その手に大剣が出現し、さらに威圧感が増す。
『お前がここに来たのは、人間達の所へ向かおうとする私を滅しに来たのだな』
「……まあ、な」
剣を構える。魔王との一騎打ち……傍から見れば無茶苦茶な構図だ。
さて、どうする――と思った直後、魔王が動いた。一瞬のうちに、俺を間合いに入れ、縦に振り下ろす。
俺は即応し横に逃れる。だが魔王は切り返し俺の動きに追随。それを真正面から受け――流した。
『ほう』
魔王の呟きと同時に反撃。持っている剣を投げ捨て『デュランダル』を発動する。
すくい上げるような斬撃。魔王はそれに応じ真正面から受けた。俺は限界まで魔力強化を施し――魔王の体を大きく弾き飛ばす。
「力では、俺の勝ちか?」
『どうだろうな』
俺は声を聞きながらさらに踏み込んで光の剣を薙ぐ。魔王の大剣は素早く反応しこちらの攻撃を受けたが、さらに押し返す。
ここで俺は魔法を解除。即座に詠唱を開始し……魔王は構えはしたが動かない。
余裕か、それとも挑発か――俺は『氷霊剣』の魔法を使用し、手に新たな剣を生み出す。
さらに詠唱を行う。まだ魔王は動かない。俺の攻撃を受け切るつもりか。
『来るがいい、人間』
なら――俺は接近し剣を放つ。それをまたも受ける魔王。またも身体強化を施した俺の一撃により、弾かれる。
そこへ、光属性上級魔法『グングニル』を叩き込んだ。
光が一瞬で収束したかと思うと、剣が弾かれ隙の生じた魔王の体に直撃する。刹那、光が周囲に拡散し、轟音が発生。衝撃波は周囲の大地をも巻き込み、一時魔王の姿を隠す。
俺は即座に後退。オルディアのいる場所まで戻ると、小さく息をついた。
「これでやられてくれると楽なんだけど……やっぱり、そう甘くはないみたいだな」
煙が晴れてくる。賢者の力を利用した魔力障壁により、魔王は健在だった。
『……より強力な魔法なら、通用するかもしれんぞ?』
「馬鹿言うなよ。そこまで余裕を見せていたらわかるさ。俺の攻撃が絶対通用しないという確信があるんだろ?」
こちらの言葉に魔王は答えないが、醸し出す気配がそうだと語っている。
『その様子だと、勘付いていたようだな』
魔王の言葉。こちらが肩をすくめると、魔王はくぐもった笑い声を上げる。
『一縷の望みをかけて、私に攻撃を仕掛けたというわけか……その力は大したものだが、見誤ったな』
魔王が語る。その直後、足元から魔力を感じ取る。
『加え、お前は一つ思い違いをしている。私がここまで来たのは、ただ戦争を仕掛けに来たわけではない』
「何か奥の手でもあるのか?」
『そういうことだ』
明らかに地底に眠る力が動いている。いよいよ魔王が魔法を発動させようとしているわけか。
「……魔王が仕込んだ策となると、人間の俺ではどうしようもないか。精霊でも連れて来いということか?」
『それでも足らないな……そうだな、神霊でも呼べば対等かもしれん』
「そうか。なら――」
俺は息をゆっくりと吸い込み、告げる。
「望みどおりにしてやるよ」
『何?』
聞き返した瞬間――神霊達の魔力が、この平原に出現した。




