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賢者の剣  作者: 陽山純樹
動き始める物語

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森奥の死闘

 蔓が届かなくなったため、キメラプラントは根を利用した足元からの攻撃を行う。ソフィアは前方を見て気付いていない――いや、


 刹那、彼女は察したのかすぐさま横へ逃れた。直後彼女が立っていた場所に根が伸びる。根の先端は鋭くなっており、膜のような魔力障壁を行使して防御しているソフィアに対しても十分な威力を発揮していたはずで……食らっていたら窮地に立たされていたかもしれない。


 一人である以上、攻撃を食らうとロクに動けずピンチに陥る……そんなことを考えていた時、ソフィアは体勢を立て直す。

 だが次の瞬間またも横へと逃れる。キメラプラントの根による追撃。それを察し、彼女は回避することに成功した。


「なるほど、厄介……」


 短く呟きながらソフィアは剣を構え、キメラプラントへと足を進める。途端、今度は蔓が彼女へと襲い掛かる。


 それを剣で一度は弾いたソフィアだったが、さすがに蔓の数が多いので全ては捌ききれず後退を余儀なくされる。そこへ今度は根の攻撃……そういえば、一人旅のやり込みプレイでキメラプラントが厄介だという話を聞いたことがあった。


 この魔物の攻撃速度がそれなりに早く、一人の場合だと集中攻撃を受けるため攻撃に転ずる隙がないというわけだ。普通のパーティー編成なら苦も無く対応できるためなんてことのないボスなのだが、縛りプレイとなると厄介になるボスということだろう。


「くうっ……!」


 ソフィアが苛立ったように声を上げる。するとそこで、蔓が真っ直ぐ彼女へと迫った。

 根に注意を払い過ぎたか、彼女の動きは一歩遅い。キメラプラントはそれを見逃さず攻撃を届かせ――ソフィアはギリギリ身を捻って避けた。いや――右わき腹を掠めた。


「っ――!!」


 痛みが生じたか短く呻く。キメラプラントの攻勢はやまない。このままでは集中攻撃を受けて負ける。なら俺が――そう思った矢先、

 ソフィアは一転して踏み込んだ。キメラプラントは即座に蔓を伸ばし彼女を狙う。


「――滅せ!」


 直後、彼女が声を発した。いつのまに詠唱を――そう思った時、彼女の周囲に赤色の光が生まれた。

 正確に言えば、それは光ではなく炎。ナイフよりも細い形状をした炎が、一斉にキメラプラントへと降り注がれる。


 これは下級魔法の一つである『フレイムニードル』だ……小さい炎を浴びせ相手に攻撃するという魔法。ゲーム上は確か五本くらいの針が敵に向かい、多段ヒットする仕様となっている。威力は炎の一番下である『ファイアボール』よりはマシという程度。


 ただ、彼女が放った針はゲームよりも遥かに小さく、それでいて数が多い。キメラプラントを倒せるような威力はないように見えるが――


 魔法が魔物へ直撃する。どうやら彼女の狙いは蔓のようで、小さいながら炎を浴びた蔓は燃え、その鋭さを失う。

 なるほど、炎で蔓自体を焼き尽くして……考える間にもソフィアがさらに間合いを詰める。同時に彼女はさらなる魔法の詠唱を始める。


 立て続けに攻撃して、畳み掛けるつもりか……とはいえ、彼女は現時点でキメラプラントに対して数度しかダメージを与えられていない。ここから畳み掛けるにしても、彼女の攻撃力では難しいのでは……俺はすぐに助けられるよう構えながら、彼女の戦いを見守る。


 蔓を焼き払ったことにより、彼女はとうとうキメラプラントに剣を当てられる位置まで到達する。そして次に放ったのは『十文字斬り』だった。正確に木の幹の中心を抉り、キメラプラントを大いに揺らす。


 効いている――そこへ新たな蔓が襲い掛かる。だが彼女は攻撃を止めない。さらに踏み込み、ダメージ覚悟で突っ走る構えを見せる。


 おい、と思わず声を上げそうになった。ソフィアは最小限の動きで蔓を避ける。だが数の多い攻撃に全て回避することはできず、脇腹や肩口など、全身を鋭利な蔓が掠める。


 それにソフィアは呻くような声を出した……けど痛みに耐え、左手を突きだした。


「――爆ぜなさい!」


 言葉と共に、彼女の左手から炎が生じた。キメラプラントに対しほぼゼロ距離で撃ち込んだため見た目上何の魔法かわからない。

 けど、俺は魔力で理解した……これは『ファイアランス』だ。対象は敵一体。炎系の下級魔法の中でもっとも攻撃力のある魔法であり、炎が弱点の相手には相当なダメージを与えることができたはず。


 炎熱が周囲を覆い、ソフィアはすぐさま後退する。ゼロ距離であった以上彼女だって火傷していてもおかしくないのだが……魔法発動時に腕の表面に存在する魔力を強くしていたのか、魔法による外傷を負っている様子はない。

 そしてキメラプラントは……直撃し幹を大きく損傷したがまだ生きている。しかし少しばかり蔓や枝が混乱でもしているのか無意味に動き回り、隙が生じた。


 本来ならここで仕掛けたいところだろうけど、ソフィア自身も怪我している。ここで彼女は手早く詠唱を行い治癒系魔法を使用。完全に傷を塞ぐことはなかったが、出血の大半が止まる。


 対するキメラプラントも体勢を立て直した。連続攻撃を受け、確実に奴のHPも減っているはず。ゲームの時と能力が同じかどうかわからないが、先ほどの『ファイアランス』は相当効いたと魔物から発する魔力から理解できる。

 そして先ほどの魔法、魔力をかなり練りこんだのだと察せられる――ゲームでは魔法の威力を調整することなんてできなかったが、現実世界ではそれも可能。さすがに下級魔法の威力を中級魔法まで引き上げることは難しいが……キメラプラント相手ならば決定打となるくらいに威力を上げることは可能なようだ。


 俺は改めて気配を探る。魔物の魔力は明らかに先ほどと比べ弱まっている。数度の攻撃によって倒せる可能性はある。


 次はどうするのか――ソフィアは走る。対するキメラプラントも彼女の動きに応じるべく蔓を差し向けた。

 先ほどと同じような構図だが、ソフィアの動きには先ほどと比べキレがない。明らかに動きが落ちている。対するキメラプラントは、魔力は弱まったが蔓の動き自体は衰えていない。


 この時点ではキメラプラント有利。加え、ソフィア自身魔力もどんどん減っているだろう。手立てがそう残されているわけではないはず。

 だからなのか、彼女は蔓を打ち払った後中距離から『ファイアランス』を放った。さすがにもう一度踏み込むような真似はできないと判断したらしい。蔓などで防御されてしまう可能性もあったが――キメラプラントに直撃。だがそれでも、倒れない。


「くっ……」


 小さく呻くソフィア。そしてキメラプラントが動き出し、ソフィアはどうにか攻撃を回避する。


 再度『ファイアランス』を放とうと詠唱を始めたようだが――するとキメラプラントは蔓を動かして先ほど以上に苛烈な攻撃。おそらく詠唱を阻むのが目的だろう。攻撃しながら詠唱できるとはいえ、ある程度集中力が必要なのは変わりない。それを防ぐために――学習能力はあるらしい。


 魔法が使えなければ接近するしかないが、蔓の猛攻をかいくぐる必要がある。怪我の具合から考えてリスクが高い……治療だってしたいはずだが、キメラプラントがその隙を逃すはずがない。


 ここは退却か……いや、それにしたって怪我をしている状態で根の攻撃から逃げられるかどうかわからない。それはソフィアも思っているのか、逃げる素振りも見せない。


 満身創痍である以上、ここは出番だろうか……そんなことを思い俺は姿を現そうとした。

 だが次の瞬間、


「……ルオン様」


 俺の名を呼ぶソフィアの声が、はっきりと聞こえた。


「どこかで、見ていらっしゃるのですよね?」


 ――俺はあやうく返事をしそうになった。え、ちょっと待て。


 いや、俺が何かしらの魔法を使って後を追っている、と考えることは予想できるか。何かをきっかけにして俺の存在を気付いたという可能性もあるけど――


「まだ、戦いは終わっていません。全ては、次の攻防を見てからご判断をお願いします」


 俺が横槍を入れるつもりだったのを看破するような発言……同時に俺はそうか、と理解する。


 ソフィアは森の入口で、どうすれば完全に納得するのか尋ねた。俺は一日と答えたわけだが……それが果たせなかった場合、彼女は最悪王の所へ行けと言われてしまうかもと、考えているのだろう。


 それは自身の目的が叶わないことを意味する。だが、なぜそうまでして俺に――問いたかったが、ぐっと堪え彼女の戦いを見守ることにした。どういう結果であれ、ここで介入するのは彼女も納得しないだろう。


 俺は彼女の横顔を眺める。決死の覚悟で魔物に挑む確固たる表情をしており、どうするかはもう決断した様子。


 ソフィアは刀身に魔力を注ぎ、走る。おそらく彼女は賭けに出た。キメラプラントはダメージを受けてはいるが、次の攻撃で倒せるかどうかはわからない。だが限界が近い彼女は最後の一撃を加えるべく走り出した。


 キメラプラントも負けじと攻撃に出る。ここまで受けたダメージによるものか動きはさすがに鈍くなっているが――それでもソフィアを倒すには十分な蔓を伸ばし、攻撃をしかける。


 傍から見て、ソフィアは魔物の攻撃を避けられないと俺は判断した。それは彼女もわかっていたようで、進路を阻むような攻撃だけは弾き、体を掠めるような攻撃については無視し突撃。ダメージと引き換えに、彼女は間合いを詰めることに成功する。


 そして――彼女は剣を縦に構えた。


「――やああああっ!!」


 裂帛(れっぱく)一閃。直後俺はソフィアが握る刀身から炎が湧き出るのを見た。これは魔導技である『火炎斬り』であり――彼女はその技を、全てを振り絞り放った。


 攻撃がキメラプラントに直撃する。それと引き換えに彼女の体に刃のような蔓がいくつも当たった。半ば相打ちのような状況。これで決まっていなければ、キメラプラントはトドメを刺すべく動くだろう。そうなったらフォローをしなければならない。


 だが次の瞬間、動いていた蔓が完全に動きを停止した。さらにキメラプラントの体がボロボロと崩れ始める。

 倒した――気付けば拳を握り締めていた俺は心の中で呟いた。同時にソフィアもまた崩れ落ち、俺は慌てて彼女に駆け寄る。


 それと共に森の瘴気が一気に引いていき、さらにキメラプラントがいた場所に残骸とでも言うべき様々な花が咲いた枝が残る。これはゲーム上の演出と同じであり、瘴気の発生源であるキメラプラントが滅んだための変化。依頼を達成したことを意味していた。


 俺は魔法を解除してソフィアに近づく。すると、


「どう、でしたか……?」


 立ち上がろうとするソフィア。俺は「無理するな」と言い、まずは魔法による治療を始めた。

 治癒魔法により、見る見る内に傷が塞がっていくソフィア。顔から苦痛が消えたのを確認すると、俺は彼女に尋ねた。


「何で……そこまで、戦おうとする?」

「……村を救いたいという思いもあります。しかし」


 と、彼女は俺と視線を合わせた。


「ルオン様自身に、認められるために」

「俺に……?」

「ルオン様と共に行動すれば、きっと魔王を倒せる力を得ることができるのでは――そう確信したのです」


 根拠は――と言いかけたが、それよりも先に彼女から言葉が来た。


「私やお父様を助けていただいた時から、この村に来る途中までに遭遇した魔物との戦い……ルオン様は並々ならぬ実力を有し、それを相当抑えて戦っているように感じられました」


 ……俺は決して演技は下手じゃないと思うんだが――いや、やっぱり見る人によってはわかるのかもしれない。

 ソフィアはその洞察力に加え、賢者の血筋により何かしら魔力的な気配を感じ取ることができる、という可能性もある。その力を感じ取り、俺を師事しようとしたってことか?


「今回の依頼、おそらくルオン様は私にあきらめさせるつもりで受けたのでしょう?」

「……えっと」

「助け出した以上、危険なことはさせたくないというのは私にもわかります……ですが」


 ソフィアはゆっくりと立ち上がる。俺もまた立ち上がり、彼女と対峙する。


「私は、魔王を倒す力を手に入れたいんです」

「……それは」


 俺は一度口をつぐむ。色々と判断する前に、一つ訊いておかなければならないことがある。


「俺に何かしら強くなる手掛かりがあるとソフィアは思ったのはいい……けど、俺でいいのか?」

「はい」

「王や君を助け出したとはいえ、数日前に出会ったばかりの人間だぞ? 信用できるのか?」


 こんなことを俺の方から訊くのもあれだけど……対するソフィアは迷わず「はい」と答えた。


「あなたが私達を救い出して下さった経緯……そして私自身、ルオン様を観察し判断しました」


 ――彼女なりに旅の道中大丈夫かを確認していたのだろう。そして師事しようと決め、俺の要求通り依頼を単独でこなし、ついにはボスまで倒してしまった。


「どう、ですか?」


 多少なりとも不安な表情を浮かべ、ソフィアは問う。怪我は治っているが衣服のあちこちは蔓によって切り裂かれ、激戦の後が窺える。


 今回の戦いだけを言えば、間違いなく満点だ。彼女は急速に成長し、魔法や技を覚え、キメラプラントを単独で撃破するにまで至った。成長能力だけを見ればフィリとも渡り合えるくらいのものであり、確実にプレイヤーキャラとしての能力は保有しているだろう。


 それに合わせて、賢者の血筋――ただ、これについては考慮しなければならない。彼女はあくまでゲーム上の主人公ではないため、彼女が魔王の結界を突破できる力を得るかどうかはわからない。


 それに関する素質はあると思うんだけど……これについては主人公達の動向を含め考えることにしよう。それより重要なのは彼女の存在が悟られない事。幹部級の魔族に彼女の存在を認知されれば、王達にも何かしら攻撃が加えられるかもしれない。よってしばらくは目立たないよう動く必要があるだろう。


 俺は彼女と目を合わせる。眼差しに感情を乗せたわけではなかったはずだが、ソフィアの顔が少しばかり顔を強張らせた。駄目だと言われると思っているらしい。


 というか、ここまでやった以上俺はノーなどと言えるはずもなく――


「……わかった。俺で良ければ。ただし、魔王の脅威もある以上、身分は絶対に明かさないようにしてくれよ。俺も、君の正体がバレないよう行動する」

「はい。従者として、よろしくお願いします」


 ソフィアは笑顔を見せる――まるで大輪の花が咲き誇ったかのような笑み。


 それにちょっとどころじゃなくドキリとしつつ、俺は一考する。まあ、現状主人公達も順調に動いている。まだ回避したい嫌なイベントはあるが、それはまだ先の話で彼女を鍛える時間はあるだろう。


 とりあえず色々と問題は出るかもしれないけれど、ここで首を振る要素は無い――よって、従者を得ることになった。




 そして――これから大変だろうと思いつつ、俺はソフィアと共に森を後にした。


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