神霊からの発案
俺の宣言に対し、この場にいた全員が驚きにより目を丸くした。その後、最初に発言したのはシルヴィ。
「――いくらなんでも、無茶じゃないか?」
「食い止めることは十分できると思うぞ……ガルク、精霊が得た戦力というのは竜以外にどういう存在だ?」
『我のような、狼のような見た目を持つ存在……魔狼とでもいえばいいのか? 名前から悪者のようにも思えるが、元来争いを好まない性分で、今回はずいぶんと重い腰を上げての参戦だ』
「どれくらいの戦力だ?」
『力ある存在とはいえ、さすがに竜のように軍を押し留めることは無理だ。精々軍の侵攻を妨害し時間稼ぎをする程度だろう』
「指揮を行う魔族さえ倒せば魔物達の動きは大きく鈍るはず……統制を失った魔物相手ならば、勝てるか?」
『それならば可能だろう』
「なら指揮官の魔族を倒し、さらに統制を失った魔物達を魔狼達が追撃する……これならいけるかな」
『……もしや、全滅させる気か?』
「それは難しいとは思うけど……可能な限り、敵を倒すべきだと思う」
ガルクの問いにそう返答すると、カナンやボスロがさらに驚いた様子を見せる。
「とはいえ、戦い方を考えないといけないだろう。どうやって立ち回るのかは……今後、じっくり検討していかないと」
「……大丈夫、なのか?」
カナンが問う。不安があるのは理解できる。しかし、
「神霊を破った俺の実力があれば、可能ですよ」
断言に、カナンは改めて俺のことを見据えた。
「……確かに、それほどの力を有する存在であれば、不可能ではないと思うが――」
「体力や魔力なども、戦い抜くくらいの余裕はあります。修行時代無茶をしていて、その辺りのことも検証済みです」
「ルオン様……」
不安げに声を出すソフィア。俺は彼女に笑みで応じる。
「心配するだけ損だぞ。むしろ南部侵攻の方が俺としては気掛かりだ」
「……相変わらず、無茶苦茶だな」
シルヴィがやれやれといった様子で言う。
「ま、ルオン以外にこんなやり方で止めることのできる人間はいないし、それでいいんじゃないか? ただ、魔王についてはどうする?」
「ガルク達が対策を構築してくれたから、俺のことが露見して魔王が動き出してもやりようはあるだろ」
「なるほどね」
「……正直、私としては心苦しく思う」
カナンが言う――当然、一人の人間に全てを任せるなんて前例がないはずで、複雑な感情になるのは理解できる。
「そう気負う必要はないですよ」
俺が断言。カナンは再度俺へと視線を向け、
「……わかった。ならばその方針で」
決定し――会議は終了となった。
立ち上がり部屋へ戻ろうと思った時、シルヴィが近寄ってくる。
「ルオン、ボク達は動いた方がいいか?」
「いや……シルヴィは引き続きソフィアの護衛を頼む。クウザについても南部侵攻に備えろと言っておくよ」
「本当に大丈夫なのか?」
「ああ」
平然と答える俺に――シルヴィは、ため息をついた。
「心配するだけ無駄かもしれないが……注意してくれ」
「わかっているよ。俺だって死にたくないからな……で、ガルク」
『うむ』
「その魔狼達に連絡をとってくれ。ただし、まだ神霊達が活動しているという事実は魔王にバレるのはまずいと思うから、慎重に」
『その辺りは問題ないように動く。心配するな』
「頼む」
と、ここでガルクが俺のことを注視する。何事かと見守っていると、
『……ふむ、まだ戦いまでは時間はあるな』
「ああ。迎え撃つのは魔族達が軍を成し侵攻している最中だな。皮肉な話だけど、軍となり動き出した時こそ魔物達が集結し、倒しやすくなる」
『どこまでも全滅させる前提で話をするのだな』
ガルクは歎息する。俺はそれに肩をすくめて応じる。
「で、ガルク。どうしたんだ?」
『うむ、戦いまでに残された時間は少ないが、ルオン殿がこうまで無茶をするのだ。こちらとしてもできる限りのことはやっておこう』
「何をする気だ?」
質問に、ガルクは一拍間を置いてから話し始めた。
『精霊作成の話だ。以前、ルオン殿が精霊を生み出すには魔力を蓄える道具が必要だと言っただろう?』
「ああ」
『そうしたアーティファクトの所在がわかった』
おお、ついに。
『事態が動き出しているため、本来ならそれが終わってから……などと考えていたが、そうも言っていられない状況になった』
「ひとまず、アーティファクトを取りに行けばいいのか?」
『いや、我や精霊達が責任を持って遺跡から取ってくる。アーティファクトが到着したら、精霊作成に入ってくれ』
「精霊を生み出すことで……今回の戦いに利点があるのか?」
『ルオン殿は元々、魔力分析能力以外に戦闘能力を持たせるつもりだっただろう? 確かにルオン殿の力ならば少なくとも死ぬ可能性は低い。とはいえ敵を壊滅させるという目的を果たせない事態となれば相当な無茶をする気だろう? そういった事態にならないようできるだけルオン殿の負担を軽くし、余裕を生み出すべきだろう』
信用されていないな、俺。
「今、信用されていないとか思っただろう?」
シルヴィが目ざとく尋ねてくる。いや、まあ。
「ルオンの力ならば、魔族を食い止めることだって可能だとは思っているさ。だが相手は軍だ。万が一などということも十分考えられると思う。だからこそ、ガルクも提案しているんだろう」
「言いたいことはわかるけど……」
「ここは言う通り精霊を作成し、戦いの負担を少しでも減らすよう努力するべきだな」
……まあ確かに。
「わかったよ。ならガルク。アーティファクトが届くまで待機しているからな」
『うむ、任せてくれ』
というわけで会話は終了。部屋を出て廊下を歩く。
自室へ入り、状況を整理する。戦いの目的は敵軍の撃破。魔族を残したままにすると後々厄介なことになりかねないため、できるだけ戦力を減らしたいところ。
人間側の戦力は南部に集中するため、味方はガルクの言っていた魔狼だけ……彼らがどれほどの戦力になるのかは不透明なところがある。事前に話し合いをしておきたいところだな。
そして事前準備として精霊作成を行う……戦力増強手段としてはそれがベストと言えるだろう。
いよいよ佳境という感じがしてきた……とはいえ人間側の情勢は決してよくない。西部の軍は放置しておけば確実に人間側が負けるという事態に発展するだろう。それだけは、絶対に止めなければならない。
改めてやるしかないと思った時、ノックの音が聞こえてきた。聞き覚えのあるリズム。
「どうぞ」
扉が開く。現れたのはソフィアだった。
「ルオン様……」
エイナやシルヴィを伴っていない。ここで俺は質問する。
「護衛の二人は?」
「別所で仕事を……その、軽率だと思われるのは重々承知ですが……」
「俺について気になったと」
コクリと頷いたソフィアは、扉を閉め俺と向かい合う。
さっきのことについてだろうと推測しつつ言葉を待ち……やがて彼女が口を開いた。




