南部侵攻の始まり
俺達は騎士団の拠点へ戻り――ソフィアの存在が完全に知れ渡ったことに加え、どうやらカナン王の軍などもやって来たらしく、騎士達の士気も確実に高くなっている様子。
「とりあえずソフィアに会うか……」
ウロウロしていると、先に遭遇したのはシルヴィだった。
「ルオン、戻ったか」
「ん、シルヴィ……五大魔族との戦い、ご苦労様」
「ルオンの方も」
「で、今は何を?」
「一応、ソフィアの同行者ということで側近扱いになってしまった。エイナと共に」
まあ女性だし、選ばれてもおかしくないな。
「エイナの方がずいぶんとソフィアについて回っているから、ボクの方はあまり仕事をしていない状況だが。それに、彼女に護衛の必要性はないだろ?」
「念の為ということじゃないか? さて、俺はどうするか」
南部侵攻が差し迫る状況で、さすがに西の果てに行って剣の素材を手に入れてくるとかはしたくない。やれることとしては、使い魔を各地に派遣して魔族達の動向を探ることくらいだろうか。
「ルオン、一つ疑問があるんだが」
「……疑問?」
「戦いはいよいよ佳境を迎えようとしているのは間違いない。カナン王を始めとしてその対策を講じているのも事実だ。その中でボクやクウザは、どういう役目を担えばいい?」
「……そう構える必要はないさ。いつも通りしていればいい」
「いつも通り、か」
シルヴィは肩をすくめる。なんというか、現状に不満を感じている様子だな。
今まで五大魔族と戦ってきたといった経緯から、魔族との戦いの最前線に立っているような自覚はあっただろう。今だってそれは変わっていないのだが、騎士やカナン王を始めとした軍が前に立ち始めたため、影が薄くなってしまったように感じられるわけだ。
それに対しどう返答するか……考えていると、クウザも姿を現した。
「ああ、ルオンさん。戻っていたのか」
「ああ。何をしていたんだ?」
「少々打ち合わせだ。といっても、今後の戦いについて私やシルヴィがどう動くかの質問をしただけだが」
「どうすると騎士達は言っていた?」
シルヴィの問いに、クウザはやれやれといった様子で肩を揺らした。
「正直、あまり出てきて欲しくない雰囲気だったな」
「やはりか……ルオン、このままではボク達は隅に追いやられるぞ」
「魔王側も軍を用いて戦う気なんだ。ここはやっぱり人間側も軍で対抗しないといけないし……ただシルヴィが言うのもなんとなくわかるよ。もしカナン王がここを訪れたら、話をする」
そう語ったがやはりシルヴィは不満顔……けれど彼女は「わかった」と一つ声を上げた。
「ルオンがそう言うのなら、ここは従おう。ただ、ボクはボクなりに動くからな」
「無茶はしないでくれよ」
「当然だ。ソフィアに迷惑が掛かるようなことをするつもりはないさ」
「頼む……クウザも」
「任せろ」
二人と別れる。さて、俺は俺のやれることをしよう。
南部侵攻のイベントについても、魔族の動向を注意することにする……が、やはりすぐには起きないようで、しばらく時間が掛かるかもしれない。
もっともこちらとしても魔王の魔法対策をする必要から、時間はあった方がいい。しばらくは小康状態だと思いつつ……情報収集を行うことにした。
――しばらくは魔族側も動きを停滞させていた。もしかすると竜との交戦もあったため、さらに動きが鈍くなったのかもしれない。
そして……五大魔族を四体撃破して一ヶ月ほど経過した時、南部に魔物の存在を認めた。いよいよ始まるのだと俺も認識する。
カナン王は俺から事情を聞いていたので素早く対応を開始。さらに南部侵攻のために準備してきたと言ってもいい人間の精鋭は、彼の指揮の下驚くほど統制がとれた動きを見せた。
また、ソフィアの存在とバールクス国王が存命であったことも大きなプラス要因となった。それに俺達が救ったナテリーア王国の魔法使い達なども参戦し……着々と準備が整っているのは間違いない。
「……ひとまず、南部侵攻については十分な戦力を確保できるようですね」
そうした中、俺はレーフィンと話し合いを行う。場所は騎士団の砦。俺やシルヴィ達も滞在し続け、ここの生活にもだいぶ慣れた。
話し合いの部屋は会議室のような場所だが小さい。加えこの場にいるのは俺とレーフィンだけ。
「五大魔族の二体同時攻略については懸念もありましたが、どうにかなりそうで良かったです」
「ここはカナン王に感謝だな。俺達だけではどうにもならなかったし」
「はい、それでですが……南部侵攻の詳細な流れについて、教えていただけないでしょうか」
「詳細?」
「はい。確かルオン様は精霊作成を行った後、魔族と竜の戦いをご確認されましたよね? ああした戦力が他にもあるので……南部侵攻の戦いが本格的に開始された後、上手く利用すれば奇襲のような形にも使え、有効なのではと思いまして」
「なるほどな……ただ俺の情報はあくまで物語の中における話だ。戦いに至るまでの流れもずいぶんと変わっているから、正直当てにならないと思う」
「それでも構いませんよ」
「……わかった」
――南部侵攻における戦いは、ゲーム上で最も大規模であり、またシミュレーション的な戦いでも最大の難易度を誇っていた。
難易度の高さには理由が二つある。一つは敵の物量。数自体が多いことに加え、後続から援軍が襲来する。そのタイミングがどうにか勝利を収められそうな状況下で現れるため、プレイヤーを絶望のどん底に叩き落す。
もう一つの理由は、味方の兵。質が悪いというわけではない。だが敵の強さが跳ね上がっているため、相対的にどうしても味方の兵が弱い。
さらに、兵の種類についても少ない。ゲームではいくつかシミュレーション形式の戦争があるのだが、騎馬兵だとか魔法使いだとかで特徴的な能力を持っていた。その利点を生かし敵を倒すという戦法も使えたのだが、南部侵攻の場合は違う。
まず軍団名が『連合軍』という名称で、通常よりも強力な装備を持つ兵士が主戦力となっている。ここまでなら良い要素なのだが、魔法使いや騎馬兵と違い特徴がないため、押し寄せる敵に対する策がどうしても限定的となり、劣勢になる。
例外の戦力としてはカナン王が率いる『親衛隊』という軍団。彼らは一味異なる強さを持っており、彼らが奮戦すれば難易度も大きく変わる。また、ゲーム上の主人公もこの戦いに参戦し、能力の高さを生かして戦うことになる。ただしあまり酷使もできない。連戦すると能力がダウンするというペナルティが課されるため。
主力の親衛隊と主人公を利用しつつ基本は連合軍兵士を上手く使うことが攻略のカギになる……が、リチャルの話を聞く限りここが魔王との戦いにおける鬼門。一筋縄ではいかないだろう。
さらに、五大魔族を同時攻略した余波があるかもしれない……そう考えながらレーフィンに説明していると、ノックの音が。
「はい?」
扉を開けると兵士が一人。
「カナン王がお越しになられ……ルオン様と話がしたいと」
何かあったのか? 疑問を抱きつつ俺は頷き、カナン王のいる部屋へと移動。レーフィンもそれに追随する。
入るとそこは広めの会議室。室内にいるのはカナン王と将軍のボスロ。さらにソフィアと護衛のシルヴィだった。
エイナの姿はない……ということは、今回の話は俺の事情を知る面々だけの話だろう。
「待っていた」
そう述べるカナンの声は硬い。こちらが言葉を待っていると、やがて彼は話し始めた。
「問題が発生した……まず、現在の状況から話すことにしよう――」




