竜と魔族
遥か上空――そこに竜が。かなりの高度であるため輪郭くらいしかわからないが、直に下降してくるだろう。
いよいよ魔族と竜の戦いが……そう思った直後、魔族達も竜に気付き、声を上げた。
「ガルク、魔族はどう戦うと思う?」
『おそらくここに襲来する竜は、多少なりとも魔法耐性もある種のはずだ。基本は地力がものを言う戦いとなる……どちらにせよ、正攻法しかないだろうな』
ガルクがそう発言した直後、地上にいる魔物達の中で、上空に跳び立つ魔物の姿を認める。獅子の体と鷲の頭部を持つグリフォンを始め、飛行できる魔物達が一斉に動き出した。
『戦闘開始だな』
ガルクは言う……が、俺の目からすれば戦闘ではなく戦争だ。
翼を持つ魔物達は迷わず竜へ突き進む。一方上空にいる竜の影は旋回でもしているのか上空に留まったまま。とはいえ少しずつ影が大きくなっているので、下降はしているらしい。
さて、どうなるのか……見守っていると、上から咆哮が聞こえた。魔物ではなく、竜の声――
次の瞬間、上空に炎が生じた。おそらく炎のブレス――炸裂したその攻撃は、多くの魔物達を驚くほどあっさりと消し飛ばす。
『さすがに、あの程度の魔物でやられはしない』
ガルクが言う。だが魔物や悪魔はなおも飛び立ち、魔族達も動き始めている。
とはいえ竜の力は相当なもので、突っ込んでも魔物の数を減らすだけだろう。次はどう動く?
『――さらに来たな』
その時、ガルクの声が。何事かと思った瞬間、さらなる竜の影が西から到来するのを確認できた。
その数は、五体ほどだろうか。数にすると大したことなさそうだが、そのどれもが遠目から見て巨体である。魔族にとっても脅威に違いない。
やがて魔族側も状況に気付く。魔物達を動かし迎撃態勢を整え――上級の悪魔達も飛翔すべく翼を広げた。
そこで、とうとう竜が到来する。最初に出現した竜はまだ相当な高度を維持したままだが、五体の竜は肉眼で容易に確認できる程の高さ。しかもその内の三体が一気に下降してくる。
悪魔達は対抗すべく構えをとるが――魔族が声を上げ、悪魔の動きを止める。
ここで竜が軍と対峙するべく着地――どうやらまずは話をするようだ。
『祭りでもあるのかと思い来てみれば、何のことはない。魔物どもの集まりだったか』
三体のうち先頭に立つ竜が声を発した。紅の皮膚と鱗を持つ竜。赤色の竜はゲーム上でもいくつかいるが、そいつらは喋ったことがないので種類が違うのかもしれない。
『こんなところで集まりどんな悪だくみをするつもりだ?』
威嚇を込め唸り声を発し竜は問う。すると、
「――まさか、竜が来訪するとは思わなかったぞ」
全身を黒に包んだ魔族が、前に出て話し出した。
「しかしあいにくこちらも約束があるのだ。申し訳ないが、お引き取り願おう」
『立ち去るかどうかは、貴様達の目的によって変わる』
「ここで戦う気か?」
あくまで自信をのぞかせる魔族。
『その言葉、そっくりそのまま返そう。よもや我らを敵に回して勝てると思っているのか?』
「知性の少ないお仲間の中には、我らの眷属となった竜もいる。同じようになりたいか?」
『――くだらん言い合いはなしだ。もう一度問おう。何が目的だ?』
「この大陸に終焉をもたらすための行動だ」
冷厳な声音。竜はそれにくぐもった笑い声を上げる。
『貴様らが、この大陸を? 冗談にも程があるぞ。貴様らは人間達の都を征服していた奴らだろう? 反撃を受け逃げ帰り、どの口で終焉などとほざく?』
「楽しい宴は、これから始まるということさ」
悪魔達が殺気を発する。戦闘態勢は整った、という感じか。
『――おとなしく狼狽え逃げ帰れば、見逃してやろう』
「ふん、竜ごときが我らに対抗できると思っているとは、笑止千万」
『なら、やってみせようか? 恐怖のあまり動けなくなっても知らんぞ』
言葉の直後、俺は察した――遠目であるため魔族の表情を確認することは難しい。そして竜の方もどういう表情を示しているのかわかりづらい。
だが、俺には確信した。にらみあう竜と魔族は、共に獰猛な笑みを見せている。
「――殺せ」
魔族の宣告。同時、竜が一斉に咆哮を上げた。
『始まるぞ』
ガルクが言う。先頭で会話をしていた竜が魔族へ爪をかざす。だが相手をそれを避けると、悪魔達が殺到した。
けれど、背後にいた二体の竜の口から炎のブレスが放たれる。悪魔はそれをまともに受け――無事であった個体もいたが、さすがに低級の悪魔となると耐え切れなかったようで、消滅し数を減らす。
だが魔族も負けじと動き出す。魔物達が竜へ向かう。なおかつ上級クラスの悪魔が相次いで飛翔し、飛行しても対応できるよう動き出した。
それに対し、上空に存在する竜が攻撃を仕掛けた。一気に下降し、炎のブレスを放つ。飛翔した悪魔を地上と空とで挟撃するような形となる。
当然悪魔は回避に移った――が、ブレスの勢いは悪魔どころではなく地上にも降り注ぐ。
「おいおい、大丈夫なのか……!?」
『無論、問題ないと計算しての行動だろう』
ガルクの冷静な解説。直後、数体の悪魔が墜落する様と、地上にいる竜達が悪魔へ追撃のブレスを放つ光景が見えた。
傍から見れば、竜が一方的な展開を見せているようにも思えるが……見守っていると、さらに竜が攻勢に出る。
炎のブレスがいくつも放たれる。その攻撃範囲は脅威であり、魔物達も対応に苦慮している様子だ。
このまま押し切ることができれば――と思っていた時、一体の竜に雷撃が放たれた。
それは竜の全身を包み、一時硬直させる。魔族が放った魔法……ダメージが入ったのは間違いないが、それでも竜は反撃に転ずる。
「……この場にいる竜は、精鋭なのか?」
ふいに、俺は疑問を口にする。
「竜の強さは俺だって理解しているけど、魔族や魔物だって決して弱いわけじゃない。けれど優勢の状況――」
『ルオン殿の予想通り、強い竜が集まっているのは確かだろう』
ガルクが返答する。
『竜族全てが目の前の者達のように強いというわけではない。魔族の軍隊と戦うために集められた面々だというのは、認識してもらう必要があるだろう』
「そうか……お、魔族側は後退し始めたな」
竜達の猛攻により魔族や魔物が徐々に戦線を後退させてゆく。啖呵を切った魔族からすると面目丸つぶれといった状況だが、ここで完全に戦力をゼロにさせるわけにはいかないのだろう。見切りも早い。
『逃げるのか?』
竜が嘲笑するように声を上げる。だが魔族はそれに乗らず、無言でさらに後退を選択。
すると竜はブレスをなおも吐き出すが、前進することはなかった。引き際があっさりとしているため、罠を警戒しているのかもしれない。
魔族達の動きはさして混乱しているわけでもないので、誘い込んでいる可能性は十分ある――
「……ん?」
その時、使い魔から報告が。その使い魔は――
「ガルク」
『どうした?』
「少々問題が発生したみたいだ。今からその解決に向かうが、いいか?」
『構わないぞ。どうやら戦いは竜達の勝利のようだからな』
ガルクの言う通り、押し寄せる竜の攻撃に魔族は完全に退却を開始していた。何体かの魔族は既に戦線を離れている者もおり、最初に竜と話をした魔族はどうも殿の役目を務めるようだ。
一方的な戦いに見えたが……魔族側の動きは極めて冷静。竜が襲来し、どこまで計算して退却を選択したのだろう――
『ルオン殿、問題というのは今から移動して間に合うのか?』
さらにガルクが問う。俺はそれに頷き、
「ああ……時間は掛からない。というか、ここからすぐだ」
『すぐ? となると――』
ガルクが言い終えぬ前に、俺は大きく頷いた。
「偵察に来ていたオルディアが魔物に見つかった。俺はその援護に向かうことにする」




