不可思議な魔力
魔物もいるにはいるのだが、瘴気の影響をそれほど受けていないためか、はっきり言って弱い。こんな場所で本当に大丈夫かと思ったりもしたのだが、少年の姿をしたガルクは「問題ない」と語る。
「相当な魔力が秘められているのは間違いないからね。魔物がその恩恵を得るのは難しいという話だよ」
「……ガルク」
「どうしたの?」
「いや、慣れないなあと思って」
少年姿で口調も変わったガルクに俺は歎息する。
フェウスやアズアはわかるんだけど……付き合いも長いし子ガルクで完全にイメージ固まってしまったからな。
「で、奥に到達したらフェウスが色々とやってくれるのか?」
「そういうことになるわね」
「ちなみにアズアは何をするんだ?」
「何かしなければいけないのか?」
「……もしや、単純に興味でここに来たのか?」
「だからどうした?」
いや……何でもないです。この場合は神霊すらも興味を抱く天使の遺跡、ということで相当な場所なのだと解釈しよう。
彼らが言うには不可解な力を秘めた場所……俺はそれを確認する意味合いでここに踏み込んだわけだが……それがどういう力なのか直に触れて調べたわけでもないから、何かしら検証は必要だろうな。
魔物を倒しつつ先へ進んでいると、確かにガルク達の言う通り何か不可思議な力を感じることができるようになってくる。神霊達はそれをしきりに気にしている様子だが……それほど経たずして、最奥へと到達した。
ずいぶんと奥行きのある部屋で、明かりにより部屋を全体を照らすことができないくらいの広さ。
「……む」
その時アズアが声を上げた。何事かと尋ねようとした時、フェウスやガルクも沈黙する。
「強い魔物でもいるのか?」
そんな問い掛け発すると、神霊達は重い表情のまま。図星のようだ。
「というか、この面子で魔物を警戒するっていうのもおかしな話だけど」
「魔力量的に大したことのない相手でも、不可解な魔力の検証はしていないから注意を払っているということよ」
フェウスが言う。顔は厳しめだが、声質はこれまでと変わらない。
「取り越し苦労だとは思うけれど」
「なるほど……で、俺は何をすればいい?」
「さて、どうしようかしら」
「ここは私達が対処を――」
そうアズアが言い掛けた時、真正面から雄叫びのような声が聞こえてくる。魔物も警戒し始めたようだ。
姿はまだ見えないが、魔力が滲み出ているのがわかる。やはりガルク達の言う不可思議な魔力を取り込んだ魔物らしい。
ふむ、それなら――
「ここは俺に任せてくれ。試したいこともある」
戦う意志を表明。神霊達は俺に視線を注いだ後、ガルクが口を開いた。
「特殊な力を抱えている。大丈夫かい?」
「魔力障壁が通用しない可能性を考慮して、攻撃を避けるよう努力はするさ。ガルク達は他に魔物がいないか注意を払ってくれ」
言葉と共に剣を抜く。一歩足を前に出すと正面から殺気が。
光の量を上げてさらに奥を照らそうとする。だがまだ見えない。その時魔物も相当警戒し始めたか、魔力がさらに濃くなる。
「ちなみにだけどガルク、この広間にいる魔物以外に不可解な魔力というのを取り込んだ魔物はいなかったけど……」
「この遺跡奥だけ、特別な場所という解釈でいいと思う。他の場所にいた魔物についてはほとんど影響なかったけど、ここだけは相当な影響を受けた……もしかすると、天使達が意図的に生み出した可能性も」
「天使が創ったということか」
「その可能性も否定できない――」
ガルクが話す間に、魔物がとうとう姿を現した。
一言でいえば、様々な魔物の複合体といった感じ。顔は悪魔のように牙を剥き出し、獅子のような体を持ち、灰色の翼を所持している。大きさは虎なんかを二回りは大きくしたくらいか。天使が生み出したなんてとても考えられない見た目。
奇怪な、様々な生物の融合体とでもいえばいいのか。仲間達が見たら気持ち悪いなどという感想が出てきてもおかしくないような存在だった。
「ずいぶんと醜いな」
アズアが言う。それに反応したのは、フェウス。
「こんな存在を天使が生み出したとは考えにくいわね。不可思議な魔力の影響を受け、自然発生したという解釈が妥当かしら」
その言葉を聞く間に、魔物が突撃を敢行する。愚直な動きだが、その巨体を考えると押し潰されそうな圧倒的勢い――
だが俺は即応し、剣を薙いだ。技の名称なども存在しない風の刃。これが通用しなければ回避する他ないのだが――魔物は避けきれず風を頭部に受け、吹き飛んだ。
「さすが」
ガルクが褒め称えるように声を発する。魔物は姿勢を崩し床に叩きつけられるように倒れ込んだが、すぐさま体勢を元に戻した。
その頭部には、明らかに傷が。通用するのは間違いない。さっきの攻撃は牽制的な意味合いもあったのでそれほど力を入れていなかった。ある程度気合を入れれば、倒すのは難しくなさそうだ。
「一気に決めるか」
俺は声を発し魔物へ走る。魔物も対抗するべく牙を剥いたようだったが――それにも構わず、俺は斬った。
大上段からの振り下ろし。魔物は俺を威嚇する体勢のまま。どうやら動きについてこれないらしい――拍子抜けするほどあっさりと頭部に斬撃を受けた魔物は、いともたやすく消滅した。
「……魔族の瘴気を受けた魔物と比べ、ちょっとばかり防御能力が高い、といった程度かな」
俺は剣を鞘に収めつつ評した。
「ガルク、とりあえず広間にいた魔物は倒したわけだけど……」
「準備に入るから少し待ってくれ」
「わかった……ちなみに、ガルク達の言う不可思議な魔力というものは、今回精霊を作成する場合取り込むのか?」
「それは排除するさ。僕らなら選別できるからね」
そう述べたガルクは、俺と視線を合わせる。
「で、何か色々と考えているようだけど……知っていることを話してはもらえないのかい?」
「まあ、今のところは……あ、一つ頼みがあるんだけど」
「何?」
「不可思議な魔力というのを、解析しておいて欲しい」
「別にいいけど、魔王との戦いで活用するのかい?」
質問に、俺は首を左右に振る。
「そういうわけじゃない……事情を話せる時がきたら、改めて言う」
「もったいぶるね。ま、ルオンの指示なら従うけどさ」
俺は「頼む」と言いながら広間を見回す。明かりで見える範囲に物などが落ちているわけでもない。ひたすら何もない空間。
天使が遺跡から引き上げる時、ここにあった物は全て持ち出したといったところか。なおかつここにはアーティファクトの類もない。
情報が無さすぎるので、この遺跡は何のために存在するのか本来ならまったくわからないわけだが――
「……あ」
その時、一つ思い浮かぶことが。
「なあガルク」
「ん? どうしたんだい?」
「確認だけど、この大陸を襲う魔王の目的はわからないよな?」
「知るわけないじゃないか。そういうルオンは?」
「物語の中で明言されていたわけじゃないからな……」
その辺り、消化不良だという意見があったのを俺も憶えている。登場する魔族にだってそれなりに設定が存在していたので、物語の鍵とも言える魔王の目的をないがしろにしていたとは思えない。
まあ魔王という存在はシナリオ終盤に姿を現すため、目的について語るような場面を入れることができなかったなんて可能性もゼロではないけど――
「この遺跡、というか不可思議な魔力と関係があると、ルオンは考えているのかい?」
ガルクが問う。俺はしばし沈黙した後――口を開いた。




