遺跡への同行者
天使の遺跡が地の底にあるというのは、なんだかおかしな話のようにも思える。けれど俺はなぜそんな場所に存在しているか、推測できていた。
今回行くと言い出したのには、それを確認する意味合いも含まれている。
「それじゃあソフィア、行ってくるからそっちも気を付けてくれ」
「ルオン様も」
天使の遺跡へ向かう旨を彼女に告げ、俺は騎士団の拠点を出る。ソフィアはやはり何か言いたそうだったが、レーフィンに止められたためか、それとも双方で話し合ったためなのか、口にすることはなかった。
使い魔を通し、シルヴィ達にも遺跡へ行くことは伝えてある……よって俺は高速移動魔法により、一気に向かう。その道中、俺は姿の見えないガルクに確認する。
「ガルク、魔王対策についてだけど、問題とかは?」
『今のところ発生していない』
「なら、このまま頼む」
『わかっている……それで今回の件だが、一つ気になることがある』
「気になること?」
『ルオン殿に対する疑問だ』
俺に? 首を傾げると、ガルクは言及。
『不可解な魔力について言及した時、それほど反応を示さなかった。何か思うところがあるのか?』
さすがに鋭いな、ガルク。だからこそ俺は遺跡へ向かうわけだけど――
「……推測していることがあるって話だ。もし確定したら、その時話す」
『む、我にも話せんことか』
「魔王のように緊急を要することでもないからな。ただ――」
『ただ?』
そこまで言って、俺は口が止まる。
「……まあ、話はここまでにしよう」
ガルクは沈黙。たぶん質問したいんだろうと思うけど、結局尋ねることはなかった。
――そこからの道のりについては特に語るようなこともなく、俺は大陸北部へと足を踏み入れる。北部、といっても大陸中央部から少し北へ移動した程度なので、北部と呼ばれる場所の端といったところだろうか。
遺跡近くの町、ナグトラードに到着。ただそこはもう瓦礫の山となっており、魔族の襲撃を受けたことによる悲惨さを物語っている。そこからガルクの案内を受け、地底へ行こうとしたのだが――
「待ちなさい」
呼び止められた。人がいるわけはないと思いつつ視線を転じると、赤いローブに身を包んだ女性。二十歳を越えたくらいの、赤い髪と大人びた雰囲気を持った――
「って、フェウスじゃないか」
神霊のフェウス、人間バージョンがそこにいた。
「ええ、私達が同行することになったの」
彼女の横には別の存在もいる。長く濃い青髪に加え、鎧で身を固めた男性。ちょっと面長かつ俺に向ける視線は敵意とまではいかないがあまり良い感情を持っていないのか、腕組みしながらこちらへ険しい視線を向けている。
その気配というか雰囲気によって、俺は誰であるかを察する。
「……もしかして、アズアか?」
「似合わないなどと思っているか?」
刺々しい言葉。俺が首を横に振ると、アズアは自嘲的に笑った。
「ガルクが気になった魔力に興味が湧いた。だから調査に付き合うことにした」
「……魔王の魔法対策はいいのか?」
「今のところ問題ないからこそ、ここにいるのよ」
アズアに代わってフェウスが話す。
「分身を拡散しているけれど、ここにいるのは本体。あなたにもしものことなんて考えられないけど、お目付け役みたいなものよ」
――ガルクは分身だが、神霊がこの場に揃っているという状況。精霊などが見たら卒倒しそうな状況だな。
「……わかったよ」
俺は了承し、人間の姿をした神霊を伴い地底へ向かう。
その場所は、洞窟というよりは大地の裂け目といった具合で、入ったら二度と出られないような嫌な気配を漂わせている。
「……しかし、奇妙な話だな」
入口を前にして、突如アズアが話し始める。
「天使の遺跡というのはずいぶんと大地に根差した場所に存在している。森の中や岩山の中……そういう場所に作ったのには理由があるのか?」
「今日はずいぶんと多弁ね、アズア」
フェウスが面白そうに声を発すると、アズアは顔をしかめた。
「純然たる疑問を口にしただけだ」
「あ、そう? でもそうやって声を発すること自体珍しいと思うのだけど」
「……こうした機会でもなければ話もできないだろう。会話をする気がないならばそれでいい」
ソリ合わなそうだなぁ、この神霊達……一緒に魔法対策をしていて大丈夫なのか。
『そう心配するな』
俺の心を読むように、頭の中でガルクの声が響く。
『そう言えばルオン殿、一つ言っておかなければならないことがあった』
「何だ?」
『我も天使の遺跡について気に掛かったからな。少々調査しようと思っていた』
「そうなのか。ならどうする気――」
と、俺が言おうとした時、突如ガルクの気配が体の中からなくなった。
「……おーい?」
「少しすればわかるわよ」
フェウスからの言葉。首を傾げると、彼女は言う。
「ここに来るまで私達もそうするつもりだとは知らなかったけどね」
……何を言っている? 疑問を口にしようとしたが、中断してとりあえず先に進もうと思い裂け目に入る。
明かりを生み出し洞窟内に踏み込む。少々斜面が多く歩きづらいが、奥へ進むことはできる。ただ魔法を使って高速移動できるような広さでもないので、滑り落ちたりしないよう注意しつつ先へ。
やがて、少々広い空間に出た。そこで――
「やあ、待っていたよ」
少年がいた。深い緑色――緑樹がつける濃い緑色の髪を持ち、動きやすい格好をした十歳前後の少年。
俺は確信する。この気配は――
「もしや、ガルク?」
「正解だ。よろしく」
手を上げて軽快に告げる少年ガルク。
「って、ちょっと待てよ、キャラがいくらなんでも違いすぎるぞ!」
「細かいことを気にするんだな、ルオンは」
呼び捨てになっているし。
「この姿だと性格を変えるようにしているんだよ。ほら、いつも同じ応対だと面白くないじゃないか」
「……まあ、別にいいけどさ」
「納得していないようだけど、さっさと進もう」
なんというか、生意気な態度が透けて見えるというか……まあいいや、話が進まない。
俺はガルクの案内に従って奥へと進む。神霊が全て集合するという状況で不安なんてものは一切なく、むしろ大船に乗った気分でいられるというものだ。
「それで、さっきの話だけどさ」
唐突にガルクが言い出す。アズアの言っていたことか。
「推測できる要素はいろいろあるけど、僕が主張する説はこうだ。天使は地底に存在する魔力にまつわる何かをしていたため、こういう場所に自分達の住処を建造したのではないか……というわけだ、アズア」
「理由は把握しているのか?」
「そこについては不明だよ。ただ調べるうちにわかったことが一つ。天使がこの大陸に住んでいた時、何か厄介な出来事が起こり引き上げるに至ったようだ」
正解、と俺は心の中で呟いた。
俺が抱く問題については現段階ではあくまで推測。しかしこれが当てはまっているとしたら――
そこからもどんどん地底へと進んでいく。ちなみにガルク達の話によると、この周辺の地上は魔族などによって蹂躙されてしまったが、地底は無事で魔力による汚染もなかったらしい。
「ここはあくまで通過点だったというわけだね」
ガルクが結論を話した時、前方に遺跡を発見した。
石造りのその建物は、闇の中で明かりに照らされ非現実的な様相を思わせる。よくよく見ると石の色は青。地底で空も見えないためせめて石色だけでも、などと考えたのだろうか。
「……さて、入るか」
神霊達に告げ――俺は、遺跡へと踏み込んだ。




