復讐の剣
そして……夜。シルヴィが先導して町の中を歩き、郊外へ。ソフィアやクウザも付き合うとのことで、全員で赴くことになった。
正直、勝てる保証は……現実におけるジェルガの強さがどれほどなのか判然としないため非常に難しいが、一筋縄でいかないのは俺も理解できている。
やがて、俺達は戦士の丘へと辿り着いた。明かりの魔法を使用すると全景が見える。丘の頂点には大木が一つ。その根元には墓石が存在している。
ここは、過去ブラークに迫る魔物を追い払った人物が眠る場所。他には何もない場所で、ゲームでも無音という徹底ぶりだった。
そうした場所に俺達は立ち、待つ……やがて、足音が聞こえてきた。
「四人か」
男性の声。間違いなくジェルガ。闇夜の中から明かりの照らす範囲へと入り――彼の握る剣が、袋から出され既に抜身の状態で右手に握られていた。
剣の刀身は赤。おそらくそれは元々の色なんだとは思うが、今まで吸い続けてきた人間の血が見せる真紅のように見えて、闇夜の中で不気味に光る。
加え、その表情は笑みで緩んでいる。俺達を見据えるその目は、濁り切ってはいるのにどこか輝きが存在している、奇妙なもの。
ただ、その視線は俺達を見据え……獲物とでも認識しているのだろう。
「言っておくが、あんたの敵はこのボクだ」
シルヴィが前に出る。するとジェルガは肩をすくめ、
「女をやるのは趣味じゃねえな」
「……何?」
「男装していようとも誤魔化せんよ。見た目が戦士だから……そうだな、ガーナイゼにでもこもって頑張ったんだろう?」
見てもいないのに話すジェルガ……イベントの始まりを告げる会話そのまま。
ただシルヴィは冷静さを保っている……というのも、動揺するかなと思って俺が事前に伝えていたからな。精神面で後れをとることはないだろう。
「だとしたら、どうする?」
挑発的にシルヴィは告げ、剣を抜く。するとジェルガはこれ見よがしにため息を漏らした。
「お前も、どこかで俺の剣を受けたか、友人両親でも殺されたんだろ? いや、それとも村ごと焼いた生き残りか?」
「そのどれかだとは言っておくよ」
この辺りも事前に伝えていたので大した反応は見せない。ジェルガは彼女の所作を見て、どこか面白くなさそうに呟く。
「反応がないな……まあいい。必死に自制しているのかは、戦ってみればわかる」
剣を強く握る。途端、魔力が高まる。戦闘モードに入った。
「シルヴィ」
「心配するな」
俺が名を呼ぶと同時に、シルヴィは声を発した。
「手出しはするなよ」
俺は何も答えない――直後、ジェルガが走り出した。
いよいよ戦闘開始。さて、初撃はどうなるか。
ジェルガは『虎連砲』を使わず、剣を振るつもりの様子。動作から見て『血に濡れた咎』でもない。様子見の一撃といったところか。
この攻撃で死んでしまったら、拍子抜けもいいところ――などとジェルガは思っているに違いない。
「おら!」
声と共に放った彼の剣戟を、シルヴィは真正面から受け止める。金属音がこだまし、双方の剣が……止まる。
「なるほど、力比べではそれなりだな」
ジェルガが呟くとすぐさま後退しようとする。シルヴィは追撃も選択肢に入ったはずだが、ここは様子見をした。
「そして、冷静でもある……これは久しぶりに当たりを引いたか」
軽く剣を素振りしつつジェルガは言う。
「だが、俺としてはお客さんが待っている状況だからな、手早く終わらせたい」
「客とは、ボクの後ろにいる仲間達のことか?」
「ああ、そうだ。この場に来た以上、生かしておくつもりはない。全てはこの剣のために」
剣を構える。シルヴィとしてはソフィアやクウザが狙われること自体、俺がいる以上は大丈夫だと確信しているはずだが……ジェルガのやり口に苛立ちは覚えただろう。声を発した。
「残念だが、そうはならない」
「お前が、俺を倒すからか?」
「その通りだ!」
シルヴィは走る。間合いを詰めると綺麗な横薙ぎを放つ。
それをジェルガは軽く受けるが――彼女は魔力を高めたか、彼の剣を大きく弾いた。
「やるじゃないか。だがな」
と、ジェルガは醜悪な、歪んだ笑みを見せた。
「その程度じゃあ――俺は殺せない!」
絶叫。同時に彼は左手を突きだした。
『虎連砲』が来る――シルヴィは即座に構え防御の体勢に入る。直後衝撃波が彼女を襲う。光を伴った攻撃が彼女を一時包み、
「はははっ! 終わりだよ!」
ジェルガは追撃を一撃を加える。それは『血に濡れた咎』ではなく単なる斬撃。この連続攻撃は、対策をしていなければ確実にダメージが入った技だっただろう。
だが、次の瞬間ギィンと甲高い音と共にジェルガの剣が弾かれる。さらにシルヴィは衝撃波を受け流すことに成功し、無傷で剣を構え直す。
「……へええ?」
首を傾げ――それがどこか俺には狂気的に見えた。ともかく、彼にとっては驚くべきことだったのは間違いなさそうだった。
「今のを防いだか……余程俺に執着しているようだな。どうやって調べたかは知らんが」
お前の情報を全部持っているんだよ――と、俺は心の中で呟く。
ともかく訓練の成果が出た。シルヴィは今のところ無傷。だが次こそは『血に濡れし咎』を使用してくるだろう。
それを彼女が防げるかが鍵……ジェルガが動く。
「なら、これでどうだ!?」
刀身から魔力を発する。まるで血を飲ませろと言わんばかりに刀身がさらに真紅に染まり――俺は『血に濡れし咎』が来ると確信。警戒しろとシルヴィに声を発しそうになった。
しかしそれよりも前に彼女は動き出した。無論『血に濡れし咎』に対する訓練は行ったが、衝撃波を全て防ぐことはできなかった。訓練で無理であった以上、本物を完全に捉えるのは非常に難しい。
体術技である『虎連砲』は衝撃波の流れる方向が一定であるため、まだ見切り易いという特徴がある。ただそれでも訓練しないと難しいわけだが……対する『血に濡れし咎』は衝撃波が拡散する。ジェルガすらおそらくどこに分散するかわからないはずで、完全に見切るのは困難。
おそらく訓練中そういう結論に達したシルヴィは――ここで逆に踏み込んだ。
ジェルガが驚いた様子を見せる。彼女が防御するか後退するか――消極的な動きを見せるだろうと思っていたのだろう。
衝撃波の量は多く、障壁で防ごうにも限界がある。加え、避けるにしても拡散する衝撃波を全て避けるのは困難。そういう厄介な技に対し、シルヴィが決断したのは、前進。
一見無謀にも思える行動だったが、俺はシルヴィが構成する魔力障壁が一瞬一際強くなるのを理解する。
衝撃波に彼女の体が飲み込まれる――が、それも一瞬のこと。彼女は衝撃波にも構わずすれ違いざまに、ジェルガの体を斬った。これは紛れもなく『清流一閃』――
「があっ!」
ジェルガが叫ぶ。今のは確実に効いた。
「やる、じゃねえか……!」
不敵な笑みを浮かべつつジェルガはシルヴィへ体を向ける。すれ違った彼女もまた衝撃波を受け多少負傷していたが……想定していたほどではない。
このままいけるか――そう考えた時、シルヴィがジェルガに対し口を開いた。




