最後の確認
目的地である町へ向かう道中、俺はシルヴィへ訓練を施すことに。適当なタイミングで街道を逸れ訓練を施すわけだが――
「そらっ!」
俺はシルヴィへ『虎連砲』を放つ。シルヴィは真正面から受け止め、呻く。
「くっ!」
「回避が難しいのは当然だ。だが、これをまず防がないと話にならない」
俺は声を発しつつさらに追撃。『虎連砲』を連発し、シルヴィへと仕掛ける。
虎を模した青白い光が、真っ直ぐシルヴィへと向かう。最初の攻撃を彼女は防ぐが、続けざまに生じる二段目の衝撃に、大きくたじろいだ。
それをどうにか抑えると、さらなる衝撃――三段構えのこの技は、中級技にしては一発の威力が低いが、多段ヒットすることによってそれを補うような形となっている。
現状、シルヴィが構成する魔力障壁では完全にダメージをゼロにはできない。だからこそ、回避手段が必要となる。
攻撃が終わる。シルヴィはどうにか剣に魔力を集め防いだが、多少衝撃波が抜けたらしく僅かながら負傷していた。
俺は即座に治癒魔法を掛けて怪我を治す。その後、改めて語り出す。
「二度三度攻撃を受けてわかったと思うが、慣れるまで大変な技だろ?」
「……敵は、ルオンが放つように攻撃を放つと思うか?」
「俺は基本通りの動きしかやってないからな。使用者に合わせ癖も存在するはずだから、それについては受けてみないとわからない」
「そうか……」
シルヴィは一度深呼吸をした後、剣を構え直す。
「続けてくれ」
「わかった……いくぞ」
技を放つ――こうして、俺とシルヴィの訓練は続いた。
イベントが本当に発生するのかどうか――それについては町を訪れないとわからないのだが……少なくともゲームでは、南部侵攻が始まるまではいつでもイベントを発生させることができていた。
大陸の現在状況を考慮すると、ゲーム通りに行動すれば出会えると思うのだが……町へ近づくにつれてシルヴィの表情も硬くなっていく。
やがて訓練を一通り終えた段階で、俺達は町へ到達する。本当ならもう少しじっくり……と、考えてもいいのだが、ゲームの主人公達が色々と動き出しているという報告を受け、シルヴィ本人が速やかに戦うという意向を示した。
さて、どうなるのか……ソフィアやクウザも表面上は特段気にしている風もないが、内心では不安もあるだろう。俺自身も戦いがどう転ぶかわからない状況に一抹の不安を覚えつつ……目的地であるブラークの町に到着した。このイベント用に存在する場所であり、ゲームでは通常訪れることのない町。
「それで……ルオン、どこにいるんだ?」
町に入った直後シルヴィが問う。
「少し落ち着けって……」
逸るシルヴィを制しつつ、俺は仲間と共に歩む。ここは北部へと向かう中継地の一つでもあり、魔族侵攻の影響も大なり小なり存在する。だがここが断絶すると多少なりとも人間側にもダメージがあるためか、国も守る方針でずいぶんと騎士や兵士の姿が多い。
人通りもそこそこあり、俺達は会話をしながら歩んでいく。イベント達成条件と、シルヴィが仲間に入れば通りを歩いているだけでイベントが発生する仕組みになっていた。つまりこうして仲間と共に歩くだけで、俺達はイベントと遭遇できることになるのだが――
横を見ると、シルヴィがずいぶんと険しい顔をしていた。俺はそれをほぐすつもりで彼女の頭を軽く小突いた。
「怖い顔をするなって」
「わかっている。だが、どうしようもないんだ」
「それは理解できるが、今の状況でそれだと身が持たないぞ」
「ルオン様、どのタイミングで遭遇するんですか?」
ソフィアが問う。俺は肩をすくめ、
「遭遇、というよりすれ違うという感じかな。本当ならこうして歩いていたら自然と――」
その時だった。人混みの中から、一人の男性が目に留まる。
青いマントを羽織る、剣士風の男性。剣は竹刀袋のような筒状の白い袋にくるまれ、それを左手に持ちながら歩いている。
顔立ちはやや目が細いくらいであまり特徴がない。黒髪黒目で傍から見れば単なる傭兵だ。マントを羽織っているためわかりにくいが、設定資料集か何かの情報ではなで肩だったはず。
横を見る。シルヴィの顔が険しいを通り越して強張っている。俺は何も言わず視線を戻す。男性が俺の横を通り過ぎようとしているところだった。そしてそのまま……何事もなく、俺達はすれ違う。
「……いたな」
俺の言葉にシルヴィが小さく頷く。次いで、クウザが質問。
「さっきの、青マントの男性か?」
「ああ。確か剣の魔力に魅入られて大陸で動き回っている人物だったはずだ。シルヴィの故郷は奴の力が暴走した結果生じたこと」
「ずいぶんと静かな気配を持っていましたね」
ソフィアが言う。どこか畏怖を込めて呟くのは、敵の強さが相当であると認識したからだろうか。
「シルヴィ、ここから話は一気に進ませることもできる」
俺は、彼女へ語り始める。
「物語ではシルヴィ自身が気付き、調査を行う。その結果、現在はこの町を中心に活動していることがわかり、奴のいる店に入り話をする」
「そうして決闘を行うというわけか」
クウザの発言。俺は頷き、なおもシルヴィへ語る。
「だが、ここで一度引き返すのもありだ。相手はシルヴィのことを認識していない。つまりここで何もせずに退散しても問題はない」
「……奴は、ここにずっと滞在しているのか?」
「物語の中では今のところ、ここを拠点に活動しているという感じだ。けれど南部侵攻が始まるとここで出会えなくなることから、大規模な戦いに際し町を離れたと解釈することができる」
「わかった……ボクはどうすればいい?」
「シルヴィがいいと言うのなら、俺が決闘場所に誘い込む役を買って出る」
こちらの言葉にシルヴィは沈黙。ソフィアやクウザは見守る構えを見せ……やがて、
「……頼む」
「わかった」
「ルオン、手助けはなしだぞ」
何度目かわからない念押し。俺は頷きつつも――もし危機的状況になれば、体が勝手に動くだろうと思った。
シルヴィだってそのくらいは予想しているはずだが――と、ここで彼女は俺に口を開く。
「一つ、ルオンに問いたい」
「ああ、どうした?」
「ああやってすれ違っただけで、相当な力を持っているのがわかるくらいの存在だ。しかし、だからといって魔王に匹敵するわけではないだろう?」
「それはまあ、確かに」
「復讐相手に勝てない……確かに奴は強いだろう。だが、相手は人間。そうした相手に勝てないボクが、ルオン達と共にいて役に立つのか?」
……言いたいことはわかる。俺としては「まだレベルが足りなかっただけだろう」と一蹴できる話ではあるのだが、それを言って彼女が納得するとは思えない。
「私としては、どのような結果になろうとも共に戦って欲しいと考えています」
ここで口を開いたのは、ソフィアだった。
「仰ることはわかります。けれど私自身、この場にいる方々が戦いの大きな役目を担う……そんな予感もしますから」
「ソフィアが言うのなら、なんだか現実味のある話だな」
シルヴィは肩をすくめつつ発言する。
「まあいいさ。ボクはやりたいように動く」
「わかったよ。それじゃあ準備をする」
俺は了承し、動こうとした――が、その前に言っておかないといけないことが。
「シルヴィ、決闘の場所だが――」
「わかっているよ。実を言うとこの辺りの地理には理解があってね。どこを決闘の場所にするのかは把握している」
「念の為訊いていいか?」
確認の問いに、シルヴィは意味深な笑みを伴い答えた。
「ここから少し南へ行った所にある……『戦士の丘』と呼ばれる場所だろう?」