二人の成果
クウザが杖を手放すのはまさかの行動であったため、一瞬硬直。だがすぐに視線を戻すと、彼の左手から光が生まれていた。
「まず、これだ」
光の色は金。キラキラと仰々しく輝くそれは形を成し、俺にも明確にわかる武器に変ずる。
「弓か」
「正解だ」
クウザの左手には弓。さらに右手には矢が。ただ――
「……クウザって、弓使えたのか?」
「いや、まったく」
思わぬ返答に俺は肩を少しコケさせる。
「って、おい。使えないんだったら何で弓なんか――」
「私は魔法を使う際、両腕に魔力を溜めこんでおく」
こちらの言葉を遮り、クウザは語り出す。
「ルオンさんも知っているが、私は下級魔法を実質無詠唱で発動できる。その一番の理由は両腕に魔力を溜めこんで体の内から魔力を引き出すプロセスを省いていることにある。無論、それをすぐさま魔法に利用するために色々と手法が必要だ」
……簡単に言っているが、たぶん真似してもできないな。クウザが研究の末手に入れた技法ってところだろうか。
「で、それをさらに短縮するにはどうすればいいか――体の内ではなく、魔力を外に露出した状態で維持すればいいという結論に達した」
「それで、弓?」
「両手で使う武器はなんだと考え、さらに遠距離から攻撃する場合は……と考えたら弓しか残らなかった」
きっと両手に魔力を集められるのならどういうやり方でもよかったんだろう。弓を採用したのは、イメージのしやすさから技法習得も早かったためだな。
「で、どうするんだ?」
「それじゃあ、始める」
俺の問いにクウザは告げ――矢をつがえ構えた。
直後、弓を引いたり手を離す動作がまったくない状態で、矢は放たれた。
「ちょっと待て! クウザ自身は動かないのか!?」
「当たり前だ。そもそも弓の使い方なんてアカデミアの教練でちょっと見たくらいしか記憶がないからな」
見よう見まねですらない――とツッコミを入れようとした時、気付く。
矢が、十数本一気に放たれ、向かってくる。
「厄介な攻撃だな……!」
苦笑しつつ剣を構え矢を弾く。魔力の感触からたぶん火属性下級魔法『フレイムニードル』を応用したものだ。矢の数が多いのもそのためだろう。
続けざまにクウザは黄色い矢を放つ。これはおそらく『サンダーボルト』であり――弓矢というイメージによるものなのか、魔法全てが矢の形となっており、見た目の変化が乏しい。
「矢によって放たれるのは、あくまで下級魔法の魔力を備えたもの」
クウザが解説を行う。
「一応、普通に魔法を行使する場合と比べ魔力を圧縮しているため、威力は多少なりとも上がっているかもしれないが、それでも微々たるものだ」
語る間にさらに矢が。氷、風、炎……様々な矢が俺に向けられ、それを弾き返す。
「けど普通の魔物なら、十分に効果があるはずだ」
「確かにそうだな」
まっすぐ突き進んできた矢を弾き飛ばして俺は答える。そこで、クウザの動きが止まった。
「どうした?」
「……と、ここまでが基本的な能力」
応用もあるということだろう――と思った時、観戦していたソフィアが声を上げた。
「その矢、まさか――」
「そういうことだ、ソフィアさん。ルオンさんも、周囲の気配を探ればすぐにわかると思う」
言われ、周りを見回し――気付いた。
先ほどの矢の雨によって、地面が多少抉れていたり、矢が突き刺さった跡が見える。それらがどういう意味を持っているのか――
「……魔法陣、か?」
「陣とは言えないが、地面に私の魔力を打ち込んだ。ちょっとした仕掛けが発動できる」
言うや否や、突如足元が発光した。
反射的に障壁を張り、なおかつ光から脱しようと動く。けれど次の瞬間、足元から槍のような光が伸びた。
それは俺に追随し――すかさず剣で振り払う。目論見は成功し、なぎ払いによってどうにか対処した。
「……ただまあ、さすがにこっちは未完成だよ」
クウザが解説する間に光が消える。効果時間もずいぶん短いようだ。
「本当なら、こうした魔法を発動させ食い止める間にさらに強力な魔法を放つつもりなんだが、それもまだ未完成だ」
「今のが切り札というわけじゃないのか」
「そういうことになるな……私はこれで終わりだ。次はシルヴィだな」
あっさりとクウザは立ち位置を譲る。そうして対峙するシルヴィだが――ここで俺は考える。
彼女がもし固有上級技――ゲームでは破格の力を持っていた『一刹那』を習得していたとしたら――
「始めようか」
シルヴィが剣を抜く。好戦的な眼差しは技を試したい気持ちと、俺と戦うことができるからだろうか。
「……そっちから仕掛けるといい」
俺は一方的に告げるとシルヴィを観察。魔力を収束させているわけではないのだが……いや、俺が感じることのできないレベルで何かをしているのか?
疑問が尽きない中、シルヴィが走る。まず挨拶代りの一撃を、俺は軽く防いでみせる。
そこから流れるようにシルヴィは剣を薙ぐ。ただ全力で放っているようには見えず、牽制的な意味合いが強いのだと理解できた。
アカデミアで学んだ結果を出すタイミングを計っているということだろう。俺はシルヴィの攻撃を待つ構えをとり、剣を受け続ける。
「――ふっ!」
シルヴィが僅かな声を発し――ふいに力が増し、受け流す俺の剣にも微かに抵抗があった。
どうする気か……そう思った矢先、それまでとは比べ物にならない速度で剣が放たれた。
「おっと」
だが俺はそれを防いでみせる。一際大きな金属音と共にシルヴィの剣が止まり、一時せめぎ合う形となる。
「……力勝負や、剣の速度を上げても俺には勝てないぞ」
「わかっているさ」
シルヴィはそう答え間合いを外す。
「付き合ってくれて申し訳ない。今までと魔力の練り上げ方が異なるため、少々四苦八苦していたところなんだ」
「別に構わないが……だとすると、完成にはまだ遠いみたいだな」
「いや、そうでもないさ」
不敵な笑み。刹那、シルヴィの体が僅かに傾く。
おそらく、今までは練り上げた魔力を慣らすための動きだったのだろう。それを行った今、攻撃態勢に入った――
「勝負は一瞬だ」
シルヴィが告げる。直後、乱舞が俺へと押し寄せる。
通常の連撃系の技と比べて明らかに速い。防御に転じようとしても、並の魔物ならば何もできず一瞬で決着がついてしまうだろう。
これは彼女の最強技である『一刹那』で間違いない。完成されたものなのかは判断つきがたいが、それでも高い攻撃能力を有しているのは理解できる。
ゲームでは連撃系に属する技の一発一発はそれほど威力もなかった。その例外が彼女の『一刹那』であり、バグではないかと思われるほどの規格外の威力を持っていたが……極めれば、それに到達するのではないかという気配を漂わせていた。
俺はそれに反応し剣で受ける。だが弾いても次の剣が押し寄せ、それを弾くの繰り返し。ソフィアやクウザの目からすれば一瞬の出来事だろう。驚異的な速度のやり取りが俺とシルヴィの間で行われ――やがて彼女の剣が、止まった。
「さすがに、食らってはくれないか」
「まともに受けたら危なかったかもしれない」
「その能力を持っていて、よく言う」
苦笑するシルヴィ。剣を引き、さっぱりした表情を見せる。
「満足だ。まだ足りないところもあるが、十分だ」
「さっきの技を使う場合、いつもとは異なる魔力の練り上げ方をするのか?」
「ああ。ボク自身やったことがないから苦戦したよ。練り上げる速度を上げない限り実戦で使用するのは難しいが、鍛えたことにより他の能力も底上げされた。ボクとして満足のいく結果だ」
「そうか……」
まだ『一刹那』が実戦で使えるというわけではなさそうだった。けれど剣を受け、シルヴィの能力が確実に高まっているのは事実。
「……シルヴィ」
「どうした?」
「剣を受けて、考え付いたことがある。ただ、シルヴィ自身がどう思うか、少し考えて欲しい」
「改まってどうした?」
問い掛けるシルヴィに対し、俺は一拍置いて告げる。
「――シルヴィの目的に関する話だ。それを成すために行かなければならない場所が、このナテリーア王国領内に存在する」




