神霊の提案
『――ルオン殿としては、まだあきらめていないということか』
ガルクの声を聞きながら、俺は本棚を見据える。
アカデミア内に存在する図書館。蔵書数までは把握していないが、その数はかなりのもので圧倒されるほど。
その中で先のガルクのセリフ……まあ、俺が何をやろうとしているのかはわかったのだろう。
『ルオン殿、貴殿が単独で魔王の魔法を止めるのは、難しいのではないか?』
「あくまで可能性を探るってだけだ。時間があるわけだから、調べておくのもいいだろ」
こちらの言葉にガルクは沈黙し、後は俺が発する靴音だけが響く。
視界には学生が何人も机に向かい本を読んでいる。冒険者の格好である俺は当然ながら目立つのだが、基本的に接触してくることはない。面倒事は避けたいので助かる。
ひとまず魔族や魔王に関する文献を発見したので、読み始めるが……これはあくまで人間が調べた魔族や魔王に関する考察なので、やはりここから突破口を見出すのは厳しいか。
『難しい、といった感想のようだな』
俺の内心を察したかガルクの声が聞こえる。こちらは頷く他なく、
「駄目元だから仕方がないさ……しかし、人間である俺達に対処できないものかな」
『魔王の全身全霊の策だからな』
「それもそうなんだけど……先の戦いみたいに、魔族が大地に仕込んだ策を打ち破る手法くらいはあってもいいんじゃないかと」
『もしルオン殿なら、どうしていた?』
尋ねるガルクに対し、俺は開いている本の文面をめでなぞりながら答える。
「魔族と真正面から魔法比べをするのはさすがに……というか、魔法が発動すれば危機的状況になるのだとしたら、それをさせないか予め抑えておくしかやり方がないんだよな」
『我らが魔王に対してやるのは、最初から仕込んでおくという手法だな。魔法発動自体を防ぐのは、ルオン殿の話で難しいとわかったからな』
ごもっとも……俺は唸りながらなおも語る。
「対策か……突発的に遭遇した魔族が何か仕掛けをしていたとしたら、俺は平気でも仲間は危ないよな」
『ずいぶんと対策に固執しているな』
「……なんというか、俺は基本戦闘については魔族を圧倒できるようになっているけど、仲間達もいるからな。突然のことに対応できるくらいはできないと――」
そこまで言って、俺は肩をすくめた。
「まあ半分くらいは、さらにできることを増やしたいという願望もある」
『今のままでも十分だろうに、ずいぶんと欲張りなことだ』
ガルクの言葉に俺は苦笑する。
『だが、そういう心情は重要だな……ルオン殿、そういうことならば我にも考えがある』
「考え?」
『うむ。魔族の策……先日の戦いのように大規模な魔法陣に即座に対抗するためには、相応の魔力を必要とする』
「ああ、それはわかる」
『人間は魔族や精霊と比較して魔力が少ない。それでも対抗できているのは、ひとえに魔法技術などのおかげだ。少ない魔力で対抗する術……さらに集団戦に持ち込むことで個々の力を補っている。ルオン殿は、極めて例外な立場にあるというわけだ』
「うん、それもわかる」
『だが、魔族の仕込んだ魔法陣に対抗するには厳しい。そもそも人間は大地に仕込まれた魔法を綿密に判断する能力が低いからな。まず分析をしなければ対抗できない以上、我らのような手法は使えない』
聞けば聞くほど課題ばかりだな……やっぱりそういうのはガルク達に任せるべきなんだろうか?
『しかし、だ。ルオン殿の保有する魔力は我から見ても相当なもの……この魔力を利用し、応用すればルオン殿でも瞬時に対抗できる手法を構築できる』
おお、ずいぶんと希望のある話だ。
『とはいえ、それには必要なものが二つあるためすぐには無理だが』
「構わないよ。で、その方法って?」
尋ねた俺に対し、ガルクは少々沈黙を置いた後、話した。
『最大の障害は、ルオン殿に精霊などが保有する魔力分析能力がない点だ』
「ああ、それはわかる」
『そこをどうにかすれば……というより、その点を解消さえすれば、ルオン殿の力で我らと似たようなことがやれる』
「具体的にどうすれば?」
『ルオン殿は、使い魔を生み出す手法があるだろう?』
「ああ」
『それを応用し、ルオン殿専用の精霊を生み出してしまえばいい』
……おい、今とんでもないこと言ったぞ。
『ルオン殿自身が魔力解析能力を身に着けるのは、人間の身である以上不可能に近い。だが生み出した精霊なら話は別。解析能力を我やレーフィンが教え込めば、対抗は十分に可能だ』
「せ、精霊を俺の力で生み出すのか……?」
『ルオン殿の実力をもってすれば、不可能な話ではないぞ』
「使い魔じゃだめなのか?」
『使い魔はあくまで魔法を使用する存在の命令を聞くだけだろう。ルオン殿が解析能力を保有していない以上、使い魔では意味がないだろう』
――使い魔と精霊というのは、魔力の塊であるのは同じだが、決定的に違うことがある。それは意思を持っているかそうでないか。
他にも違いはあるのだが、過去人間の歴史の中には精霊に対抗できる凄まじい使い魔を生み出した魔法使いもいるので、やりようによっては魔族に対抗できる戦力になる。ただし意思を持たず創造者の考えに基づいて動く以上、使い魔はあくまで使い魔である。
「り、理屈はわかったけど……そんな簡単に生み出せるものじゃないだろ? それに、俺がどれだけ魔力を抱えていたとしても、精霊そのものを生み出すというのは――」
『先ほど、必要な物が二つあると言ったはず。ルオン殿の指摘を補うためだ』
俺の言葉を遮ってガルクは語る。
『必要なのはまず、分析能力を教え込む存在。これについては我やレーフィンがいるので問題はない。そしてもう一つは、ルオン殿の魔力を溜めこむ物』
「溜めこむ?」
『精霊は魔力によって体を維持している。その量は人間からすればかなりのもの。常時精霊を生み出す必要はないが、生み出して維持する魔力を捻出せねばならない』
「ああ、わかった。つまり精霊を出現させ維持するために、魔力を溜めこんでおく物が必要ということか」
『いかにも』
「そんな物、簡単に見つかるかな?」
『候補はある……今我は精霊達と共に活動しているわけだが、その中に興味深い話が一つあった』
「それは何だ?」
『天使のアーティファクト……天使の魔力を溜めこむための、道具が存在するらしい』
――天使の魔力を抱えるだけの力を持っている以上、人間の魔力を溜めるなんて造作もないだろうな。
「つまり、俺はそれを探すということか」
『アーティファクトがどこにあるのかは我が調べよう。ルオン殿は、精霊を生み出す作業に入ってくれ』
「簡単に言うけどさ……」
『その辺りについては、レーフィン達からも話を聞いた方がいいだろうな』
まあそうだな……俺は頷くと共に本を閉じる。
「俺のやることは、精霊達から話を聞くってことだな」
『いかにも。我も協力するぞ』
話が大きくなってきたなあ……もっとも、魔族に対抗するためのことだから、当然と言えば当然なのかもしれないけど。
俺は図書館を出ると一目散にソフィア達のいる場所へと向かう。精霊を生み出す……それが成功するのかどうかわからないが、このアカデミアで暇することはなさそうだった。




